03話 父が何故デイジーを養女にしたか
「お父様、最後に一つだけ、お聞きしたいことがありますの」
私が真顔でそう言うと、父は身構えるようにしました。
「な、なんだね?」
「今になってどうして、突然デイジーを養女にしたのですか?」
私は最初、デイジーの優れた容姿を一目見て、思いました。
父は、政略結婚の駒としてデイジーを引き取ったのだろうと。
デイジーは庶子なので血筋は劣りますが、容姿が優れていますので、デイジーを妻に望む者はいるのではないかと。
ですが、デイジーの振る舞いを見て、すぐにその考えは打ち消されました。
残酷なまでに甘やかされているだけのようでしたので。
政略といえるような、上位貴族との婚姻を視野に入れているなら、淑女教育を詰め込まなければなりません。
デイジーは血筋や育ちが劣るのですから、尚更、教育には力を入れなければならないのです。
しかし父は、デイジーが平民の価値観のまま気ままに振舞うことを許していて、デイジーの機嫌を優先しています。
政略結婚の駒にしたくて養女にしたようには思えません。
ただ溺愛しているように見えます。
しかし父がデイジーを溺愛しているなら、尚更疑問なのです。
「平民育ちのデイジーは、平民のままで、今まで通り、公爵家から生活の援助金を貰って暮らしていたほうが、幸福だったのではありませんか?」
私は疑問をぶつけました。
「生活の援助はなさっていたのでしょう?」
「もちろんだ」
「どうして今更、我がエンフィールド公爵家に迎えて、デイジーにいらぬ苦労をさせようとなさったのです。お父様がなさったことは、今まで自由に空を羽ばたいていた小鳥を、突然、鳥籠に閉じ込めるようなものです。貴族の何たるかを知らないデイジーを貴族社会に放り込むことは、池の魚を海に放り込むような残酷な行為ですわ」
「デイジーは私の子だからだ。私の子としてきちんとした身分を与え、それなりの世話をしてやりたいと思った」
「世話も出来ないくせに?」
「あーあーあー……。デイジーに良い嫁ぎ先を見つけてやりたくてだな……」
父は目を泳がせながら、しどろもどろに答えました。
「平民の私生児のままでは、ろくな嫁ぎ先がない。正式に私の養女にすれば、デイジーは良い結婚ができるだろう?」
「それならもっと早くに養女にすべきだったのではありませんか? デイジーがまだ幼いうちに引き取っていれば良かったのです」
「リナリアに縁談が来たから、それで、デイジーもそろそろかなと思ってだな。デイジーの結婚について考えるようになった」
「遅すぎます……」
父の怠慢に、私は頭痛を覚えました。
「リナリア、何とかならんかね」
出ました。
父の得意技の一つ「何とかならんかね」。
ちなみにもう一つの父の得意技は「後は任せる」です。
我が家は公爵家で、金に糸目をつけずに人材を集めておりますので、優秀な使用人たちや専属の弁護士がいます。
だから父が何かやらかしても、「何とかならんかね」「後は任せる」と言えば、大抵のことは何とかなってしまうのです。
「お父様の目的は、デイジーに良い嫁ぎ先を見つける、ということでよろしいかしら?」
「ああ、そうだ」
「解りました。デイジーが良い家に嫁げるよう、私が善処いたします」
「リナリア、頼んだよ」
◆
「ふふふ……」
デイジーの教育を任されて、私は楽しくなってきました。
デイジーは素晴らしく容姿が整った美しい少女です。
デイジーの器量なら、貴族の娘として調教すれば、社交界の華となることも夢ではないでしょう。
今のデイジーは言葉遣いも振る舞いも最悪ですが、それをどこまで矯正できるかで結果は変わります。
作法の平均点をクリアできれば、庶子といえどエンフィールド公爵家の血をひいていますので、下位の貴族か裕福な商人に手堅く嫁げるでしょう。
更に上を目指して、完璧な淑女に育てあげることができれば、デイジーのあの器量なら、強く望まれて上位貴族の家に嫁げる芽もあります。
どこまでデイジーを育て上げることができるか。
どこまで家格の高い家に嫁がせることができるか。
それはデイジーの世話を任された私の腕次第なのです。
「この私が、デイジーをビシビシ鍛えて、必ず良い家に嫁がせてあげるわ」
私はデイジーの育成に闘志を燃やしました。
しかしこのときの私は、後の結果を見るに、自分の手腕をかなり過小評価していたと言えます。
デイジーを伯爵家あたりに嫁がせることができれば上々、くらいに思っておりましたので。
しかし私は自分が思っていた以上に優秀な導き手でした。
デイジーもまたとても優秀で、そして私が思っていた以上に、異性にとっては強烈な魅力を備えた少女でした。
このときの私は、まだ、夢にも想像していませんでした。
まさかデイジーが、すでに婚約者がいる王太子の心を撃ち抜いてしまうほどの破壊力を持った傾国の令嬢に進化してしまうことを。