26話 王太子
「国王陛下、国のために尽くすは貴族の本懐でございます」
私の言葉に国王陛下は満足気に頷きました。
「リナリア嬢、殊勝な心掛けだ」
「ですが我が義妹デイジーとアイヴィー王子殿下との結婚がどのような理由で国のためになるのか、私には解りません。何のための政略なのか、愚かな私にご説明いただけないでしょうか」
理由など、とっくに解っていますけれど。
国のためではなく、王家のためにエンフィールドの後ろ盾が欲しいのでしょう。
王子殿下たちがウィード公爵と財務大臣ドラセナ侯爵を裏切って、潜在的な敵としてしまったので、王家は権勢を削がれてしまいましたものね。
今のところドラセナ侯爵たちはじわじわ勢力を増しながら、ウィード公爵とオークリー公爵の派閥への地味な報復に終始していて、王家に明確な叛意は見せていません。
しかしドラセナ侯爵の派閥が王弟殿下と懇意にしているという噂がありますから、このままドラセナ侯爵派の力が増せば、王統が王弟殿下に移る可能性もあります。
「貴族たちの争いを収めるためだ。派閥争いにより国民の生活にも影響が出ている。貴族たちの対立を収めるために必要な政略結婚なのだ」
私の質問に、国王陛下はしかつめらしい顔で説明を始めました。
混乱の一旦を担っているであろう王弟殿下は、難しい顔をして、私と国王陛下のやり取りに耳を傾けています。
「混乱の発端は葡萄酒事件だ。あの事件で処罰された娘たちの家が、処罰の内容を不服として対立を引き起こしている」
笑止。
混乱の原因は葡萄酒事件ではなく、婚約破棄でしょう。
王子殿下たちが婚約破棄を正当化したいがために、娘たちを叛逆者として平民に落としたことが不和の原因です。
「だが葡萄酒事件の被害者デイジー嬢が王太子と結婚すれば、彼らは矛を収めるだろう。皆、被害者のリナリア嬢とデイジー嬢には謝罪の意を示しているからな」
「デイジーがアイヴィー王子殿下と結婚することで、貴族たちの対立がどうして収まりますの?」
私が無知なふりで問いかけると、国王陛下は笑顔で答えました。
「王家に慶事があれば貴族たちは行動を控える。葡萄酒事件の被害者デイジー嬢が王太子の婚約者となれば、混乱を引き起こしている貴族たちも祝意を示さぬわけにはいかぬ。彼らはきっと行動を改めるだろう。それに、平民出身のデイジー嬢が王太子妃となれば民衆は喜ぶ。民を敵に回してまで慶事を汚す愚を冒す者はおらぬ」
体裁をつくろうための、こじつけですね。
エンフィールドを味方につけて、叛意を持つ者たちを押さえたいだけでしょうに。
「デイジー嬢が王太子妃となることは、エンフィールド家にとっても悪い話ではあるまい。エンフィールド公爵は未来の国王の外戚となるのだ。エンフィールド公爵を継ぐリナリア嬢は、未来の国王の伯母となるのだ」
「ご説明いただき感謝いたします。エンフィールドが混乱を収めるお手伝いをする見返りとして、デイジーに王太子妃の位をいただけるのだと理解いたしました」
「そうだ。悪い話ではなかろう。エンフィールドは国の混乱を収める立役者となり、王太子妃の座も得るのだ」
「はい。大変名誉なお話でございます。ですが、一つ疑問がありますの」
私は小首を傾げて、不思議そうな顔をしてみせました。
「どうしてデイジーのお相手がアイヴィー王子殿下なのですか? 王家にはシスル王子殿下もいらっしゃいますのに?」
「アイヴィーが王太子だからだ。王太子と結婚させてやらねば、王太子妃の座をやれんだろう」
「それは、もしシスル王子殿下が王太子であったら、国王陛下はシスル王子殿下とデイジーとの結婚を望まれた、ということでしょうか?」
「……?!」
私の言葉に、国王は軽く驚いたように目を見開きました。
私は続けて言いました。
「デイジーはこの縁談を嫌がっております。ですがデイジーは王太子妃になるのを嫌がっているのではなく、アイヴィー王子殿下と結婚することを嫌がっていますの。ですから、陛下……」
私は眉を下げ、祈るように両手を胸のあたりで組み合わせ、悲しみの感情を表現しました。
そして政治に疎い小娘が、感情に突き動かされて無知なお願いしているような素振りで、国王陛下に懇願しました。
「他の方に王太子を交代していただけませんか?」
「リナリア嬢、そなた、自分が何を言っているかを……」
国王陛下は苦い物を噛んだかのような不愉快そうな表情を浮かべ、私に何か言おうとしました。
が、しかし、それをシスル王子殿下の鋭い声が遮りました。
「父上! 私を王太子にしてください!」
シスル王子殿下は椅子から立ち上がり、声を荒らげて国王陛下に言いました。
「兄上は私より先に生まれただけです! それだけで兄上は、王太子の地位もデイジー嬢もどちらも得ることが出来るとは、あまりに不公平ではありませんか!」
シスル王子殿下、良い仕事ぶりです。
今日この場で、国王陛下とエンフィールド家との話し合いが行われることを、デイジーに手紙を書かせて、わざわざお知らせした甲斐があったというものです。
「シスル、そなたは控えておれ」
「父上! デイジー嬢に葡萄酒を浴びせたのは兄上の婚約者ダリア嬢です! 兄上がデイジー嬢を得るために画策して、ダリア嬢に指示したに違いありません! 国内を混乱させたのは兄上です!」
アイヴィー王子殿下が格好をつけてデイジーを助ける目的ありきで、ダリア嬢にデイジーを虐めさせたという話は、父のとんでもない推理からの説ですね。
シスル王子殿下は父の戯言を信じてしまったのですか?
まあ、アイヴィー王子殿下を糾弾するために都合が良かったので、戯言と解っていて採用しただけかもしれませんが。
「私はそのようなことはしていない!」
アイヴィー王子殿下は否定の声をあげましたが、シスル王子殿下はさらに糾弾しました。
「だってあの事件で、兄上が一番、得をしているではありませんか!」
シスル王子殿下は激高してまくしたてました。
「兄上が一番悪いのに! 国内を乱した兄上がどうして今でも王太子の座に居座り、デイジー嬢まで得るのです?! 王命まで使って! 父上はどうして兄上ばかり甘やかすのです!」




