25話 頼まれました
「何が王命だ。格好つけおって。ただのモテない男のひがみではないか。見苦しいぞ!」
父は国王陛下に対等な口調で言い返しました。
「な……。無礼だぞ……!」
いきなり無礼な口調で、しかも訳の解らないことを言われて、国王陛下が戸惑っていらっしゃいます。
私も意味が解らず少し戸惑っています。
「何が無礼だ。汚い手を使う奴など敬えるものか。フラれたからといって、王命まで使って無理やりデイジーを嫁にしようとは。モテない男はとんでもなく汚い手を考えるものだな。そんな卑怯な手を使うから女性にモテないのだ!」
ああ、そういう意味ですか。
デイジーに嫌われているアイヴィー王子殿下を、モテないと結論付けたのですね。
解りました。
父に「モテない」と断じられたアイヴィー王子殿下が悲愴な表情をなさっておられます。
「モテない息子のために、国王の権威まで使って強引に嫁取りをしようとはな。呆れて物が言えんわ。この親馬鹿め!」
父の口から「親馬鹿」という言葉が飛び出しました。
よく言えますね。
「お前の息子は、前の婚約者にも嫌われていただろう」
アイヴィー王子殿下の前の婚約者は、私たちに葡萄酒を浴びせたウィード公爵令嬢ダリアさんです。
父はアイヴィー王子殿下をビシッと指差して言いました。
「ウィードの娘とお前が一緒にいるところを見たことがないぞ。ウィードの娘も、国王の権力で強引に婚約者にされただけで、お前のことを嫌っていたんだろう」
「違う! ダリアは私を愛していた」
「嘘を吐くな。お前いつもウィードの娘に放置されていただろう。お前がそれで他の女に必死に粉をかけてるの何回か見たことあるぞ」
「逆だ! 私がダリアを放置していたのだ」
「そうか? お前、女に言い寄ってはフラれていると評判だったそうじゃないか」
「……っ!」
アイヴィー王子殿下が言い寄った女性たちを、ダリアさんたちが影で虐めて、追い払っていたと聞いていますが。
言い寄った女性がことごとく消えていたら、たしかに、女性たちがアイヴィー王子殿下から逃げたようにも見えるでしょうね。
「モテない男がついに王権を使って、嫌がる娘を強引に嫁取りしようというのか。見下げたものだな」
父が小馬鹿にするようにそう言うと、愕然として言葉を無くしているアイヴィー王子殿下に代わって国王陛下が口を開きました。
「エンフィールド公爵、私はアイヴィーのためにデイジー嬢を差し出せと言っているのではない。これは国内を安定させるための政略だ。なればこそ、この政略結婚を王命とするのだ。公も貴族なら大義のための政略結婚は理解できよう」
国王陛下は威厳をもってそう言いましたが、父は不遜な態度で答えました。
「王命と、娘の気持ち。どちらが重いかは言わなくても解るな?」
お父様……?
おそらく娘の気持ちのほうが重いとおっしゃりたいのでしょうが。
貴族の価値観では、答えは逆ですわよ?
相手を「親馬鹿」と罵倒した舌の根も乾かぬうちに、よく親馬鹿を晒せますね。
「王命に逆らうというのか?」
国王陛下は父を脅すようにそう言いましたが、父は鋭い眼光で国王を睨み、威圧するような尊大な態度で言い返しました。
「デイジーが嫌だと言っているのだ。国王は我慢しろ。国王のほうが年上なのだから我慢くらいできるだろう」
「馬鹿げたことを。相変わらずだな。支離滅裂なことを言って煙に巻こうとしているのだろうが、その手には乗らん」
いいえ、国王陛下。
父は素直に、真っ直ぐに話しているのですわ。
元の価値観がおかしいので結果的に支離滅裂ですが。
「恐れ入ります、陛下……」
話の嚙み合わない言い合いを父と始めた国王陛下に、私は言いました。
「私はエンフィールド公爵の嫡子にございます。不肖の父に代わり、エンフィールド公爵の名代として国王陛下とお話がしとうございます。発言をお許しいただけないでしょうか」
私がそう言うと、すかさず父がけろりとした顔で言いました。
「よし! リナリアに任せる」
父のこれはいつもの癖で言っています。
家の者に任せれば上手く行くという、今までの経験則からの条件反射です。
「ふむ……」
国王陛下は値踏みするように、私と父を見比べてニヤリと笑いました。
今、私を侮りましたね?
「元より非公式の、内々の話し合いだ。自由に発言してかまわん」
国王陛下が私に発言を許可しました。
話の通じない父より、大人しそうで年若い娘のほうが丸め込みやすいと思ってくれたなら好都合。
父が娘を溺愛していることは周知ですので、娘を懐柔できれば父を自在に動かせるだろうと考える者は多いです。
デイジーに求婚している有象無象の中にもそういった輩が少なからずいます。
「政略結婚を受け入れるのは、貴族の娘の義務にございます」
私がそう言うと、国王陛下と王妃殿下とアイヴィー王子殿下の三人は笑みをにじませました。
一方、シスル王子殿下とバジル様は悲愴に顔を歪めました。
王弟殿下は難しい顔をしたまま私たちの様子を見ています。
「リナリア、デイジーが嫌がっているんだぞ?」
父が少し狼狽えて私に言いました。
デイジーは私を信頼してくれているようで、すまし顔です。
「お父様、デイジーは私にとっても可愛い義妹です。デイジーが幸せになれるよう考えがあってのことです。お任せください。お父様は、私に任せてくださったのでしょう?」
「む……」
父が口ごもると、国王陛下は悪魔を打ち取ったかのように嬉々とした笑みを浮かべました。
「エンフィールド公爵、そなたはリナリア嬢に任せたのだ。よもや娘御との約束を違えたりすまいな?」
「ぐぬぬ……」
父はくやしそうな顔をすると、私を振り向きました。
「リナリア……頼んだぞ……」
私はにっこりと父に微笑み返しました。
「はい、頼まれました」




