24話 王命
「エンフィールド公爵、よく来てくれた」
王城の中の、王族の居住区にある国王陛下の私的な応接室に私たちは案内されました。
私たちは挨拶を交わすと、椅子を勧められ、国王陛下や王族の方々と向き合って座りました。
こちらは私とデイジーと、そして父エンフィールド公爵。
あちらは国王陛下と王妃殿下と、縁談の当事者である王太子アイヴィー王子殿下。
そして、おそらく国王陛下とアイヴィー王子殿下にとっては不本意な参加者である、第二王子シスル殿下、王弟殿下、バジル様。
やはりシスル王子殿下とバジル様はいらっしゃいましたね。
王弟殿下までいらっしゃるとは予想外でしたが、王子の称号をお持ちではないバジル様の加勢でしょうか。
「アイヴィー王子殿下との縁談は、遠慮させてもらう」
尊大な態度で縁談を断った父に、国王陛下が怪訝そうな顔をしました。
「何故だね? エンフィールド公爵であれば、ウィード公爵家を恐れる必要もあるまい」
やはり、そこでしたか。
国王陛下は、アイヴィー王子殿下の我儘を聞いてデイジーを王太子妃に指名したわけではないのです。
ウィード公爵のご令嬢ダリアさんは、アイヴィー王子殿下との婚約を破棄されました。
つまり、次にアイヴィー王子殿下と婚約する令嬢とその家は、もれなくウィード公爵に逆恨みされることになるのです。
ウィード公爵は貴族にとって最も大切な面子を潰されたわけですから、当然ですね。
国王陛下としては、王太子としたアイヴィー王子殿下には妃を迎えさせたいでしょう。
ですがウィード公爵の報復を考慮すれば、アイヴィー王子殿下の妃はウィード公爵に対抗できる力がある家の娘でなければ難しい。
そしてその条件に見合う家で、年頃の釣り合う娘となると、選択肢が極端に少ないのです。
その条件に見合うアイリスさんというご令嬢がいましたが、第二王子シスル殿下の元婚約者だった彼女は叛逆者とされて貴族籍を剥奪されました。
力のある貴族の娘を、王子殿下たちの妃に選んだことが災いしたのです。
心強い味方だった彼らを、王子殿下たちは婚約破棄して背中から撃って、敵に回してしまったのですもの。
国王陛下はこれを予測されなかったのかしら。
婚約者をないがしろにしていた時点で、かなり危ない橋になっていたと思うのですが。
「ウィードなど恐れておらん」
父は堂々と言い放ちました。
何故ここでウィード公爵の名が出てきたのか、おそらく父は理解していません。
単純に、どちらが強いかという質問をされたと思っているだけです。
父の回答に、国王陛下は少し首を傾げると言いました。
「ならば何も問題はあるまい」
「断る」
「何故だ?」
国王陛下は怪訝そうに眉を寄せました。
「エンフィールド公爵は、娘は好いた男と結婚させると宣言したのだろう? デイジー嬢はアイヴィーと良好な仲だ。反対する理由はあるまい。それに平民の母親を持つ娘が王子と好き合って結婚したとあらば、民の支持も得られる。これは皆に祝福される結婚となろう」
平民の出自の娘が王太子妃となれば、たしかに民草は喜びそうです。
恋愛からの貴賤結婚は演劇でも人気の題材ですもの。
デイジーはそういう恋愛劇には興味がないようで、劇場の箱席で舟をこぎ始めてしまいますが。
民草に人気の貴賤結婚をしてみせ、民草の支持を得ることは、王家が求心力を取り戻すためには確かに有効な一手。
ですが、権力で無理やり嫌がる娘を妻にしては逆効果でしてよ?
デイジーはアイヴィー王子殿下のことを嫌っていますのに。
アイヴィー王子殿下はデイジーに好かれていると思っていらっしゃるのね。
社交辞令を真に受けるとは、愚かだこと。
勘違いしてしまうのも仕方がないことかもしれません。
私のデイジーの笑顔の仮面は、あどけない美貌も相まって完成度が高いですから。
感情を見せずいつでも優雅に微笑むことは、私がデイジーに最初から根気よく指導していたことです。
いちいち感情を見せて顔色を変えるようであっては、駆け引きはできません。
不利な状況でも平然と微笑むことができなければ貴族社会で渡り合えないのです。
父の場合は、状況を理解する頭がないので、いつでも根拠のない自信に満ち溢れているだけなのですが。
父という人物をあまり知らない人々には、その父の姿は、不測の事態にも悠然とかまえている大人物に見えるらしいです。
「デイジーは嫌がっている。デイジーが嫌がる結婚は断る」
「デイジー嬢、そなたは……」
国王陛下はデイジーに言いました。
「アイヴィーとは仲が良いのだろう?」
国王陛下のその問いかけに、デイジーは顔を上げました。
そしてきっぱりと答えました。
「アイヴィー王子殿下のことは好きではありません。結婚したくありません」
「デ、デイジー、何故……?!」
手痛い衝撃を受けたような表情でアイヴィー王子殿下がそう問うと、デイジーは無邪気な微笑みを浮かべながら答えました。
「だってアイヴィー王子殿下は婚約者を放置して、別の女性を口説くような浮気者なんですもの。それに婚約者が大変なことになったら、さっさと切り捨てるような薄情な人だもの。そんな軽薄な人を好きなわけないじゃないですか」
デイジーがそう言い放つと、アイヴィー王子殿下は愕然としました。
王妃殿下もシスル王子殿下も顔色が悪くなっています。
一方、バジル様は暗い微笑を浮かべました。
そして……。
「はっはっは……!」
王弟殿下が快活な笑い声を上げました。
「兄上、だから私は言ったのです。アイヴィーの勘違いだと」
王弟殿下は笑いながら国王陛下に言いました。
「賭けは私の勝ちです。デイジー嬢に断られたら潔く引き下がる約束ですよ」
あら?
国王陛下と王弟殿下の間ですでに話し合いが行われていたのかしら。
「まだだ……。まだ終わっておらん」
国王陛下は厳しい表情でそう言い、私たちの父エンフィールド公爵を正面から見据えました。
「エンフィールド公爵、デイジー嬢をアイヴィーの妃とする。これは王命だ」
「兄上、卑怯ですよ」
王弟殿下が苦言を呈しましたが、国王陛下は平然として答えました。
「控えろ。私は国王だ。この結婚は、現在の国内の混乱を収めるために必要な政略結婚なのだ」
国王陛下はそう王弟殿下に言うと、もう一度、父を見据えました。
「エンフィールド公爵、承知してくれような? これは国のための結婚だ。それにデイジー嬢の母親は平民だろう。公爵家の養女とはいえ平民の母親から生まれた娘に、これほどの良縁はあるまい」
重々しい口調でそう言った国王陛下に、父は憤然と言い放ちました。
「だが、断る!」




