22話 激動の三か月(2)
ダリアさん、アイリスさん、ピオニーさん、エリカさんが平民に落とされた後。
国内はそぞろに乱れることとなりました。
まずエリカさんの元婚約者だった騎士オレガノ様が早々に消えました。
オレガノ様は騎士をクビになったのです。
オレガノ様に婚約破棄されたエリカさんの父クテナンテ伯爵とその派閥が「婚約者の女性を裏切ったオレガノ・ポトスは騎士道精神に反した。よって騎士にふさわしくない」と王家に猛抗議しました。
これにアイリスさんの父である財務大臣ドラセナ侯爵と、アイリスさんの伯父である宰相ディセントラ伯爵、そしてピオニーさんの父カポック伯爵も加勢しました。
彼らの抗議により、オレガノ様は騎士爵の位を剥奪されました。
悪夢の夜会で私たちの父エンフィールド公爵が脅し文句で言っていたことを、クテナンテ伯爵が現実に実行したのです。
国王陛下がこれを裁可したのはクテナンテ伯爵側に「騎士道精神に反する」という大義名分があったことと、宰相や財務大臣の派閥もこれを押したこと、対するオレガノ様は何の後ろ盾もないためクテナンテ伯爵の主張に反論する者がいなかったことによります。
オレガノ様はエリカさんと婚約破棄をして、ご自身の後ろ盾だったクテナンテ伯爵を切り捨てて、敵に回してしまわれたのですもの。
当然の結果です。
オレガノ様は悪夢の夜会で、父に脅されて浮足立ち、即座に婚約破棄を宣言しましたが、あれは愚挙でした。
エンフィールド公爵の権威を恐れたのでしょうが、あのときオレガノ様はご自分の後ろ盾を切り捨ててはいけなかったのです。
これは同じく婚約破棄をした他の三人にも言えることですが、父に脅されたからといって、後ろ盾を即座に背中から撃ったのは愚行でした。
結果的に彼らは、自分で自分の後ろ盾を切り捨て、敵を増やしてしまいました。
彼らが婚約破棄という愚挙に出たのは、直前にデイジーに、婚約者がいる者とは今後付き合わないと宣言されたからでしょう。
婚約者さえいなければデイジーと付き合える、と、下心を持ち、婚約者を障害のように思ったところへ、父の奇襲に合い口を滑らせた、といったところかしら。
父はダリアさんを悪と断じていましたから、悪と断じられた者と手を切ることが正解のように見えたのでしょう。
理性で押さえている欲望に、『誰かのため』『それが正しい』などの大義名分を与えてやると、人はあっさりと欲望に従い転がるものです。
アイヴィー王子殿下が婚約破棄をしたので、後に続いた方々は、それが糾弾から逃れる正しい道筋だと錯覚したのか、はたまた安易に真似たのか。
王子殿下たちとルピナス様は実家が太いので後ろ盾を失っても致命傷にはなりませんが、騎士でしかないオレガノ様にとって後ろ盾は生命線でしたのに。
ともあれ。
クテナンテ伯爵の怒りを買ったことを知ったオレガノ様の父ポトス男爵は、早急にオレガノ様をポトス男爵家から除籍しました。
これによりポトス男爵はクテナンテ伯爵の報復からギリギリ逃れることができました。
クテナンテ伯爵はポトス男爵に賠償金を請求しましたが、ポトス男爵家が支払える程度の金額に留め、ポトス男爵家に今後オレガノ様を援助しないことを約束させて手打ちとしました。
そしてオレガノ様は貴族社会から消えました。
消えたのはオレガノ様だけではありません。
王宮から文官たちが何人も解雇されました。
解雇されたのは、ダリアさんの実家ウィード公爵家や、ルピナス様の実家オークリー公爵家の派閥の文官たちです。
これはアイリスさんの父ドラセナ侯爵が中心となって行ったことです。
アイリスさんは財務大臣ドラセナ侯爵の娘で、宰相ディセンドラ伯爵の姪という政治的背景がありました。
それゆえ第二王子シスル殿下と婚約していたのですが、婚約破棄によりその勢力が顕在的な反ウィード公爵、反オークリー公爵となり、そして潜在的な反王家となりました。
ドラセナ侯爵には当然ピオニーさんの父カポック伯爵とエリカさんの父クテナンテ伯爵も加担しています。
ウィードとオークリーの派閥の文官が消えた後に、ドラセナ、カポック、クテナンテの派閥の者が文官として優先採用されました。
ドラセナ、カポック、クテナンテの三家は、がっちりと同盟して共闘していました。
おそらくドラセナ侯爵が指揮を執っているのでしょう。
エンフィールド公爵家はこの三家とは和解しておりましたので、つかず離れずの関係で、場合によっては影ながら支援をいたしました。
些細なことですが、支援の見返りとして私の従兄が一人、財務大臣の補佐官として採用されました。
補佐官となった従兄が言うには、財務大臣ドラセナ侯爵はウィード公爵家とオークリー公爵家に対して、民草の生活を破壊しない程度を見極めて、地味な嫌がらせもしているようです。
ウィード公爵領とオークリー公爵領の灌漑や道路整備などの土木工事に対する王家の支援金の支払いをギリギリまで遅らせたり、支援の申請をなかなか認可しなかったり、厳しく会計の監査を行ったりしているのだとか。
特定の品の流通を操作して、ウィード公爵領とオークリー公爵領には供給を少なくして値を吊り上げるということもしているそうです。
またドラセナ侯爵たち三家は、娘たちがダリアさんと結託して過去に虐げた令嬢たちの家々を回って謝罪し、慰謝料を支払って和解もしました。
そして和解の場でさりげなく「ウィードの娘にそそのかされていなければ」「婚約者がきちんとエスコートしてくれていれば」と零して来ることも忘れなかったようです。
社交界の噂によれば。
切れ者のドラセナ侯爵の娘であるアイリスさんは、元々は真面目で控えめな令嬢で、下位の令嬢を虐げるような性質ではなかったそうです。
ところが第二王子シスル殿下と婚約して、シスル殿下にないがしろにされるようになると、アイリスさんは様子がおかしくなったのだとか。
そしてダリアさんと親しくなり、彼女らと一緒に下位の令嬢たちを虐げるようになったそうです。
アイリスさんはダリアさんと、同じく王子の婚約者という立場で、しかもないがしろにされているという似たような境遇です。
傷の舐め合いでもしたのでしょうか。
ダリアさんなんかに相談なさるより、切れ者のお父君に相談なさればよろしかったのに。
やり手の財務大臣であるドラセナ侯爵が、娘のアイリスさんをないがしろにしていた第二王子シスル殿下に対して、今まで何もしていなかったことが不思議なのですが。
アイリスさんはお父君ドラセナ侯爵には何の相談もせず、下手をすると何も問題ないだの、大丈夫だのと報告していたのかもしれませんね。
その一方でダリアさんには包み隠さず相談するなど、愚の骨頂です。
ピオニーさんとエリカさんにも言えることですが。
どうしてお父君に相談なさらなかったのでしょうね。
家長に相談すれば何らかの手を打ってくれたでしょうに。
彼女たちはそもそも問題を解決する気がなかったのかしら。
婚約者にないがしろにされた女性の全てが、必ずゴブリンに変貌するわけではありませんから、彼女たちはもともと何か風変りな性質を持っていらしたのかもしれません。
ドラセナ侯爵たちの地味な嫌がらせでウィード公爵とオークリー公爵がじわじわ貧する一方で、王家もまた求心力を失っていました。
今まで格式の高い夜会では、必ずアイヴィー王子殿下とシスル王子殿下が招待されていましたが、このところ夜会で彼らの姿を見かけません。
どうやら招待されていないようです。
評判の落ちたオークリー公爵令息ルピナス様が招待されないのは解るのですが、王子殿下たちも招待されなくなったようです。
王弟殿下のご子息、バジル様とその兄君ご夫妻のお姿はよくお見掛けします。
王弟殿下ご本人がいらしていることもあります。
ですが以前は夜会に引っ張りだこだったアイヴィー王子殿下とシスル王子殿下の姿をぱったりとお見掛けしなくなりました。
風の噂ですが、王弟殿下の元に宰相ディセントラ伯爵や財務大臣ドラセナ侯爵を始めとする貴族の重鎮たちが多数集まっているようです。
夜会やサロンの風景を見ても、それを実感できます。
◆
「アイヴィー王子殿下なんて絶対にイヤ!」
王家からもたらされた縁談に、デイジーは憤りました。
「それにアイヴィー王子殿下はダリアさんの元婚約者でしょう。ダリアさんが捨てたお荷物を、どうして私が拾わなきゃいけないの?! 私、使用人じゃありませんから、下げ渡しなんていらないです!」
デイジーったら。
すっかり貴族らしくなったわね。
「デイジーが嫌なら断ろう」
父はにこにこの笑顔で、いつものようにデイジーの我儘を受け入れました。
「お父様、そもそもデイジーは母親が平民ですから王子殿下とは結婚できないのではありませんか?」
私がそう質問すると、父はポカンとした顔をしました。
「そうなのか?」
「もう! これだから!」
間抜け顔を晒している父に、私は説明しました。
「本当に王家が、王子殿下とデイジーの婚姻を望んでいるのなら、それは、王室典範を変更するということです。ドラセナ侯爵に告げ口して差し上げたほうが良くてよ。宰相閣下にも了承を得ずにお父様に縁談を打診したのではないかしら。いっそウィード公爵にも教えてあげたらいかが?」
「ウィードとは絶交した!」
得意気にそう言った父を、私は諭しました。
「ダリアさんから取り上げた地位に、王家がデイジーを据えようとしていることを知ったら、ウィード公爵はきっと激怒なさるわ。人を使って、このことがウィード公爵の耳に入るようにしましょう」
「さすがはリナリアだ。リナリアに任せる」
「任されました」
私が口癖のようにそう答えると、父は何か思い出したように「あ」と声を上げました。
「明日、縁談の返答を持って王城へ行くのだが。デイジーも一緒に連れて来るように言われているのだ」
デイジーは少し考えるような顔をして、私を見ました。
「お姉様も一緒に来てくださいますか?」
「私はかまわないけれど。私は招待されていますの?」
私がそう問いかけると、父は自信満々に言いました。
「リナリアも一緒ならデイジーを連れて行くと、国王陛下に伝えよう。なに、きっと了承するさ。夜会に呼ばれなくなった王家の小僧は、デイジーに会いたくて仕方ないようだからな」




