21話 激動の三か月(1)
「アイヴィー王子殿下と結婚なんて絶対、ぜーったい、イヤです!」
父にアイヴィー王子殿下との結婚を告げられたデイジーは、盛大に拒否しました。
「やはりそうか」
父はうんうんと頷きながら言いました。
「デイジーならそう言うんじゃないかと思ったのだ。だが、王太子妃になれる縁談だからね。一応、確認しようと思って持ち帰ったのだ」
「嫌です! 断ってください!」
「本当に断って良いのか? 王太子妃になったらゆくゆくは王妃だ。この国で一番身分が高い女性になれるんだぞ? デイジーの子が国王になるんだぞ?」
この国で最高の縁談が来ましたね。
デイジーが良い家に嫁げるようにするため、私にデイジーの教育を任せたことなど、お父様はすっかり忘れているのでしょうけれど。
私が調教したデイジーが未来の王妃にと望まれました。
これは私の手腕が国一番と認められたということです。
ただし今現在、この国内最高であるはずの縁談は、皆に忌避されるものとなっています。
「それでも、お断りです!」
デイジーは憤然と言い放ちました。
「私は平民でもいいから誠実な人と結婚して、幸せに暮らしたいの! 浮気者のアイヴィー王子殿下なんか嫌です! 爛れてるわ!」
そうよね。
未来の王妃の座は魅力的ですが、相手がアイヴィー王子殿下では、その座は砂上の楼閣のようなものです。
それゆえにアイヴィー王子殿下とシスル王子殿下は、今や、誰も引き取りたがらない売れ残りなのです。
「薄情すぎるもの! あんな人と結婚したらいつ切り捨てられるか解ったものではないわ!」
デイジーのこの意見は、現在多くの者が思っていることです。
婚約破棄したアイヴィー王子殿下とシスル王子殿下に、次の婚約者が決まらない理由は、薄情で、あっさり婚約者を切り捨てる『信頼できない契約者』であるからです。
◆
――『悪夢の夜会』の後。
エンフィールド公爵は、ドラセナ侯爵、カポック伯爵、クテナンテ伯爵の三人と会談し、こちらが通行料を倍額を実行しない代わりに、三家がそれぞれ賠償金を支払うことで手打ちとしました。
そしてすぐに、アイヴィー王子殿下、シスル王子殿下、ルピナス様、オレガノ様の四人は、正式に、ダリアさん、アイリスさん、ピオニーさん、エリカさんと婚約を解消なさいました。
その一方で、バジル様と小娘が調査を進め、ダリアさんたちの所業が明らかとなりました。
それらを書き記した文書が、公的な調査報告書として国王陛下に奏上されました。
それにより、ダリアさんが、私とデイジーに葡萄酒をかけたこと、休憩室に軟禁しようとしたことが公に認められました。
アイリスさん、ピオニーさん、エリカさんが、デイジーを「平民」と罵ったことも認められました。
この件について、エンフィールド公爵と、ダリアさんたち加害者の家の家長たちの間に、国王陛下が入り仲裁をすることになりました。
ダリアさんの実家ウィード公爵家以外の家とは、すでに和解していますので、国王陛下はエンフィールド公爵とウィード公爵との和解案を提示しました。
予想通り、賠償金による和解案でしたが、エンフィールドはこれを飲んで手打ちとすることにしました。
しかし、それだけでは終わりませんでした。
ダリアさんたちは結託して、過去にアイヴィー王子殿下たちが粉をかけた女性たちに嫌がらせ行為をしていました。
標的にした令嬢のドレスに飲み物をわざと零すことも何度もあったようです。
さらに平民の血が入った養女を見つけると、憎しみをぶつけていたとのこと。
ダリアさんたちが平民の血が入った養女を憎んでいた理由は、アイヴィー王子殿下たちが、平民の血が入った養女に言い寄っていたことがあったからだそうです。
平民の血憎しで意気投合して、養女と見れば苛めに行くことが常習化していたそうです。
その攻撃力をアイヴィー王子殿下たちに向けていらしたら、良い条件や良い立場を得られたかもしれないのに。
ダリアさんたちは攻撃する相手を間違えたようです。
まあ、王子殿下たちに物申すよりは、格下の娘に圧力をかけるほうがラクですものね。
ですがその平民の血の養女苛めが、ダリアさんたちに致命傷を与えました。
かつて私はダリアさんたちに、国王陛下が貴族の娘と認めているのに、それを平民と罵ることは、国王陛下の決定に逆らう行為であり、国王陛下に叛意があるということと指摘しましたが。
それが現実化してしまいました。
国王陛下が貴族の娘と認めている養女たちを、平民と罵っていたダリアさんたちは、公的に、正式に、叛逆者とされてしまったのです。
普通なら、養女に悪口を言った程度では、そうはならなかったでしょう。
しかし二つの要因から彼女らは叛逆者となってしまいました。
一つ目の要因は、公式の文書で、記録として残る形で、国王陛下に彼女らの行いが奏上されてしまったことです。
そして二つ目の要因は、彼女らを貶めるために、アイヴィー王子殿下、シスル王子殿下、そしてルピナス様の父オークリー公爵が積極的だったことです。
ダリアさんたちが悪女でなければ、婚約破棄を宣言したアイヴィー王子殿下たちは赤っ恥となるため、彼らはダリアさんたちを貶めることに積極的になりました。
もともとアイヴィー王子殿下たちが婚約者を放置していた行動は、主に夫人たちの間で批判の対象となっていました。
そのうえダリアさんたちの行いが、罪とは言えない軽いものとなれば、婚約破棄をしたアイヴィー王子殿下たちのほうに非があることになります。
アイヴィー王子殿下の元婚約者ダリアさんだけは、公爵家の娘である私たちに葡萄酒を浴びせ、高額の賠償金を支払っていますから悪女と言えるかもしれません。
しかしシスル王子殿下、ルピナス様、オレガノ様の元婚約者であるアイリスさん、ピオニーさん、エリカさんは、ただ悪口を言ったのみでした。
しかしアイヴィー王子殿下たちの婚約破棄宣言を正当化するためには、ダリアさんたちは悪女でなければならなかったのです。
それゆえアイヴィー王子殿下、シスル王子殿下、オークリー公爵の三人は、ことさら叛逆罪だと声高にダリアさんたちを非難しました。
そして国王陛下は、ダリアさんたちに叛逆者であるという裁可を下しました。
公式の文書で国王陛下の決定に逆らっていた所業があがってきている事の他に、国王陛下は自分の息子たちの名誉にもかかわる事だからという身内贔屓もおそらくあったでしょう。
ただしダリアさんたちへの罰は、貴族籍を剥奪するのみに留まりました。
家にも処罰は無しです。
ですが叛逆者を出したことが公的な記録に残り、家名は傷つきました。
そしてダリアさんたちは平民となり、それぞれの家長の判断で修道院へ行きました。
おそらく醜聞が消えるまで、修道院で大人しくしているのでしょう。
実家が修道院にたっぷりと寄付をしているでしょうから、生活には不自由はしないことと思います。
一年か二年したら修道院を出て資産家の平民あたりと結婚するかもしれませんね。
ダリアさんたちへの国王陛下の裁可は、王家への不信感と、貴族間の不和を煽るきっかけとなりました。
ダリアさんたちの家、ウィード公爵家、ドラセナ侯爵、カポック伯爵、クテナンテ伯爵の四家は、娘を平民に落とした王家とオークリー公爵とを憎みました。
またドラセナ侯爵、カポック伯爵、クテナンテ伯爵の三家は、娘が平民に落とされるきっかけを作ったダリアさんとその実家ウィード公爵家を憎みました。
そして彼らの静かな報復が始まったのです。




