02話 エンフィールド公爵
「お父様とお話がしたいの。お父様が帰宅なさったら私に知らせて」
私はデイジーのために、仕立て屋と家庭教師の手配を使用人に命じました。
そのついでに、父と話がしたい事を家令に伝えておくように言いつけました。
私の父、エンフィールド公爵は、デイジーの実父であり養父です。
私がデイジーの世話をするにあたり、当主である父に一応伝えておく必要があります。
まあ、文句の一つや二つ、言ってやるつもりなのですが。
すると、なんとその夜、家令が私に父の帰宅を告げました。
「お嬢様、旦那様がお帰りになりました」
「まあ、珍しいこともあるのね」
あまり家に帰宅することのない父ですが、今日は帰って来たようです。
◆
「おや、リナリアか? 久しぶりだね。変わりないかね?」
「ええ、おかげさまで。お父様もお元気そうですわね」
父に会うのは一か月ぶりくらいでしょうか。
私は二言三言の挨拶を交わすと、さっそく本題に入りました。
「お父様、どうしてデイジーを虐待なさるの?」
「やぶからぼうに何を言うんだ。流行の遊びかい?」
「私は真面目な話をしていますのよ」
私は少し憤慨しながら言いました。
「デイジーに私の服を与えたでしょう」
「ああ、そのことか。服くらいいくらでもあげれば良いじゃないか」
「どうしてデイジーに新しい服を仕立ててあげないんですの?」
「好きなものを仕立てるだろう」
「誰が、デイジーに、服を仕立ててあげるんですの?」
「仕立て屋だろう?」
「誰が仕立て屋を呼ぶんですの?」
「使用人が呼ぶだろう」
「誰が使用人に指示を出しますの?」
「母親がやるだろう」
「母親?」
エンフィールド公爵夫人だった私の母は、私が十歳のときに流行り病で他界しました。
以来、我がエンフィールド公爵家には女主人がいません。
親族たちは父に再婚を勧めましたが、父は再婚を拒否して現在に至ります。
「デイジーのお母君ですか?」
私の母は故人ですので、この会話で母親といえば、デイジーの母しか思い当たりません。
「そうだ」
「デイジーのお母君も我が家にいらしているんですの?」
王都のエンフィールド公爵邸はそこそこの広さがあります。
客人が滞在していても、私が会おうと思わなければ、顔を合わせることはありません。
そもそも父と顔を合わせることが稀ですから。
「うむ。デイジー一人では不安だろうからな。母親も一緒に来てもらった」
「デイジーのお母君は、平民でいらっしゃるのよね」
「ああ、そうだ。不服かね?」
「たとえ平民でも、お父様のお客様であれば、一人や二人や十人くらい、いくらでも滞在なさっていただいて結構ですけれど。でも、お父様……」
私は父を見据えて言いました。
「平民のお母君に、デイジーの支度が整えられますの?」
「支度くらいできるだろう」
「デイジーは服の一枚も仕立ててもらっていなかったんですのよ?」
「ははは……。リナリア、私をかついでいるのかね?」
父は『その手には乗らないぞ』とでも言いたげに、余裕の笑みを浮かべました。
「服くらい、いくらでも仕立てられるだろう。カトレアだって服を着ているんだぞ?」
いきなり、知らない女性の名が出てきました。
「お父様、カトレアさんとは、どなたですか?」
「デイジーの母親だ。カトレアは今までデイジーの世話をしていたんだ。出来るに決まっているだろう」
「それが出来ていなかったから、こうしてお父様とお話をしているのです」
「……!」
父は目を丸くして、私に問い掛けました。
「何か問題があったのかね?」
「問題、大有りですわ」
「だが服くらい、使用人に任せればいいことだろう」
「それが出来ていないから、こうしてお父様に申し上げているのです」
「使用人に命令するくらい、誰にでもできるだろう」
「私は淑女教育で家政を習っていますが、使用人に指示を出すのも結構面倒なんですのよ」
「リナリアは頑張っているのだね」
「ええ、おかげさまで。でも今はデイジーのことです」
私は父にはっきり言いました。
「お父様がデイジーになさっていることは、虐待ですわ」
「虐待などしていない。ちゃんと優しくしている」
「ねえ、お父様、デイジーの家庭教師をクビにしたと聞きましたが、どうしてそんなことをなさったんですの?」
「厳しすぎるとデイジーが言ったからだ」
「その後、新しい家庭教師を雇ったんですの?」
「雇っているのではないかね?」
「指示は出しましたの?」
「……」
「お父様?」
「……出した気もするが……出さなかった気もする……」
「もう! これだから!」
「だが、だが、リナリア、誰かが手配してくれているだろう?」
「デイジーが嫌がったら使用人は強く言えませんわ。デイジーはこの家の娘になったのですもの。使用人よりデイジーのほうが立場が上なのです。お父様が指示を出していなければ、デイジーの我儘が通ってしまうのです」
「我儘くらい、聞いてやれば良いじゃないか」
「それが虐待なのです」
「な、何故だね……?!」
「我儘にふるまって、恥をかくのはデイジーですから、デイジーが悲しい思いをするのですよ? お父様はデイジーを虐めたいんですの?」
「そ、そんなことはない!」
「娘に充分な教育を与えられなければ、家の恥にもなりますのよ。娘に十分な教育を与えない、酷い親だと、皆に言われますわよ?」
「な、何故?!」
「デイジーが教育を受ける機会を、お父様が奪ったからです」
「どうすれば良いんだ!」
あたふたしはじめた父に、私は言いました。
「私がデイジーを教育します。デイジーのことは私に任せていただけませんか?」
「リナリアに任せる」
「引き受けました」