19話 信者
私とデイジーは、父と共に夜会の会場を後にしました。
私のエスコート役のウィロウと、バジル様と、それからミモザという小娘とその父親クローブ子爵も一緒です。
私は父に、バジル様とミモザという小娘について説明しました。
バジル様が私たちと一緒にウィード公爵に抗議してくださった事。
小娘が葡萄酒事件の目撃者として名乗りをあげた事。
帰りの馬車に乗り込む前に、父は、バジル様と小娘と、小娘のエスコート役の父親クローブ子爵に改めて礼を述べました。
「娘たちが世話になったね。よくぞウィード公爵を相手に戦ってくれた。君たちの勇気に感謝する」
父は尊大な態度でバジル様と小娘に礼を述べ、それからクローブ子爵に言いました。
「ご息女は素晴らしく勇敢だな。それに美人だ。良いご息女を持ったな」
父はミモザという小娘を褒めました。
小娘は、私のデイジーに比べたら平凡ですが、それなりに可愛らしい娘です。
ですがそれはダリアさんも同じで、小娘よりダリアさんのほうが格上なだけあって装いも美しく豪奢な仕上がりでした。
父がダリアさんを不細工だの何だのと悪し様に言い、その一方で質素な小娘を美人と褒めたのは、私とデイジーの味方か敵かで識別したからに他なりません。
父はデイジーを褒める相手に対しては、男性なら賢いだの見所があるだのと褒め返し、女性なら美人だと褒め返すのです。
今までデイジーを囲っていた男性たちに対して父が何も言わなかったのは、彼らがデイジーを褒めていたからです。
今回のような事件がなければ、父は彼らを攻撃しなかったでしょう。
彼らを拒否するきっかけを作ってくれた点においては、ダリアさんに感謝です。
その代わりこちらは葡萄酒を浴びましたが。
「エンフィールド公爵、勿体ないお言葉です。我が娘がお役に立てたなら幸いに存じます」
クローブ子爵は恐縮して父の言葉を受けました。
「いやいや、大したものだ」
「いえいえ、とんでもありません」
父がクローブ子爵と歓談を始めてしまったので、バジル様は置いてけぼりにされています。
私のエスコート役のウィロウが素早くそれを察して、バジル様に自然に話しかけました。
「恐れ入ります、バジル殿、本日は私の婚約者リナリアとその妹デイジーが大変お世話になりました」
「いえ……。私は大してお役に立てず……」
少し暗い表情でそう答えたバジル様に、私も改めてお礼を述べました。
「バジル様、今日は私たちを助けてくださいましたこと、お礼申し上げます。私もデイジーも感謝しております。ね、デイジー」
「はい」
デイジーは天使の微笑みをバジル様に向けました。
「バジル様に助けられました。大変感謝しております」
「いえ、本当に……。私は何のお役にも立てず……。面目ない……」
バジル様はしょんぼりとして言葉を濁しました。
お気持ちお察しいたします。
バジル様は葡萄酒を浴びてまでデイジーに加勢してくださいましたのに。
美味しいところは全部、父が持って行ってしまいましたものね。
バジル様が身を切りながらも堅実に勝ち進めていたところに、いきなり父が最終兵器を持って現れて、一撃で全ての敵を薙ぎ払い、全ての手柄を攫ったのです。
さすがに……申し訳なく思います。
私がバジル様と会話していると、小娘はデイジーをちらちら見て何か言いたそうにそわそわしていました。
「ミモザさんにも大変感謝しております。何かお礼がしたいわ。私たちにできることがありましたら、遠慮なくおっしゃって」
「あの……」
私が話の水を向けると、小娘は戸惑いながらも口を開きました。
「デイジー様に……その、お伝えしたいことがありまして……」
「まあ、私に? 何かしら?」
デイジーが気さくな調子で小娘にそう言うと、小娘は意を決したように顔を上げ、瞳をキラキラと輝かせながら言いました。
「デイジー様! 私、ずっと、デイジー様を尊敬しておりました! デイジー様は平民のご出身なのに、いつも毅然としていて、堂々とお振舞いで、本当に格好良いです! 私、尊敬しています!」
おや、この小娘、なかなか解っているではありませんか。
もっとデイジーを褒めて良いのよ?
小娘はさらにまくしたてました。
「わ、私も、養女なのです。母は平民です。だから他のご令嬢たちに軽んじられていて、ずっと引け目を感じていました。でもデイジー様は、お母上が平民でいらっしゃって、しかも庶子でいらっしゃるのに、いつも女王のように堂々としていらして、お美しくて聡明で気品があって、ダンスもとてもお上手で、難しいステップでも軽々と優雅に踊っていらして、本当に凄いです! お生まれも境遇もものともせず、すべてにおいて優れ、堂々としていらっしゃるデイジー様は私の憧れです!」
神を崇めるような眼差しで小娘がデイジーに賛美の言葉を捧げると、今までしおれていたバジル様が急に水を得たかのように元気を取り戻しました。
「そう! そうなのです! よく解ります。デイジー嬢は凄い人です!」
今度はバジル様が熱く語り始めました。
「デイジー嬢は血筋も生まれも境遇も、すべてを超越している! 嵐にも負けず、凛として咲く野の花のように、その気高さは天然です! 平民出身でありながら王族を前にしても怯まず、堂々と振舞う姿は正に天然の王者!」
王族であるバジル様が、平民の母を持つ下位貴族の小娘と同じ目線で、デイジーを褒めるなんて。
バジル様は王子の称号を得られなかったことに、やはり引け目を感じていらっしゃったのかしら。
王子王女の称号は国王の直系の子孫に与えられる称号です。
しかしバジル様がお生まれになる数か月前に先代の国王陛下が崩御なさり、バジル様の伯父にあたる現在の国王陛下が若くして即位なさいました。
それゆえ、国王の甥としてお生まれになったバジル様は、先代国王の直系の孫たちの中で一人だけ王子の称号をお持ちではないのです。
バジル様は生き生きと目を輝かせ、普段の大人しく寡黙な姿がまるで嘘であったかのように、勢いのある早口でデイジーの賞賛を並べ立てました。
「デビュタント舞踏会でのデイジー嬢の威風堂々としたお姿を拝見して、私は感動しました! 皆の白い目も陰口もものともせず、凛として顔を上げ、堂々と歩む誇り高き『真珠姫』に圧倒されました!」
「あああ……!」
小娘が変な声を出しました。
なるほど、母親が平民なだけあって作法が未熟なようですね。
「デイジー様の伝説のデビュタント舞踏会! 地上に降臨した真珠姫! 黄金の髪の美の化身! 紫水晶の瞳の精霊姫! お噂だけ伺っております! この目で拝見したかった! 私は身分が足りなくて出席できなかったのです。くやしいです!」
真珠姫だの美の化身だの精霊姫だの、大げさね。
デイジーが一番美しかったことは事実ですけれどね。
この小娘、審美眼は確かなようです。
作法の未熟さは大目にみてあげましょう。
なかなか可愛い娘ではありませんか。
「……」
バジル様と小娘の、入り込む隙がない賛美の応酬の勢いに気圧されて、私もデイジーも微笑んだまま黙って聞かざるを得ませんでした。
ウィロウも黙っていますが、彼は微笑ましいものを見るかのようにしてバジル様と小娘を見守っています。