17話 掃討戦
「ダリア・ウィード、貴様のような女は王太子妃にふさわしくない。私はこの件を国王陛下に報告する。ウィードが悪事を押し通すために王家の権威を持ち出したことを知れば、国王陛下は婚約破棄を裁可してくださるだろう!」
アイヴィー王子殿下がそう言い放つと、ダリアさんとウィード公爵夫妻は壮絶に顔色を変えました。
「……っ!」
「そ、そんな……!」
アイヴィー王子殿下の言い様からは、葡萄酒事件の主犯はダリアさんであると国王陛下に報告されることが推測されます。
不利な状況に天秤が傾いたことにダリアさんとウィード公爵夫妻は狼狽えています。
「おい、小僧」
父は眉を吊り上げた険しい表情で、アイヴィー王子殿下に言いました。
「その言葉に二言はないだろうな」
「無論です。ウィード公爵令嬢とは必ず婚約破棄します。私はウィード家の悪事とは無関係です!」
これは僥倖。
アイヴィー王子殿下とウィード公爵が仲違いして潰し合ってくれれば、こちらは漁夫の利を得られますね。
父の支離滅裂な攻撃が、偶然にも上手く作用したようです。
それならば……。
「ねえ、お父様、ウィード公爵領の者たちの通行料だけを倍額にするのは、公平ではないわ」
私がそう言うと、父は少し驚いたような顔をしました。
「ウィードを許せというのか? どうした、リナリア。お前らしくないぞ。具合が悪いのか?」
「デイジーを虐めたのはダリアさんだけじゃないの。アイリスさんとピオニーさんとエリカさんもよ。彼女たちがよってたかってデイジーを虐めたの。彼女たちの家にも倍返ししなければ公平とは言えないと思うの」
「な、なんだと!」
父は驚愕の声を上げると、デイジーを振り向いて尋ねました。
「デイジー、本当か?!」
父にそう尋ねられたデイジーは『良いの?』と問いかけるように私を見たので、私は頷いてみせました。
「本当よ、お父様」
デイジーは父にすらすらと答えました。
「アイリスさんとピオニーさんとエリカさんも、ダリアさんと一緒に私を虐めたの。平民のくせにって言われたわ」
「そいつらは、どこのどいつだ!」
「ドラセナ侯爵令嬢、カポック伯爵令嬢、クテナンテ伯爵令嬢よ」
父はデイジーから彼女らの家名を聞くと、会場を振り返り怒声を上げました。
「ドラセナ、カポック、クテナンテ、覚悟しろ! 倍返しだ!」
父がそう叫ぶと、人垣の中からドラセナ侯爵、カポック伯爵、クテナンテ伯爵の三人が飛び出しました。
「ま、待たれよ! エンフィールド公!」
三人の貴族は蒼白な顔で父に訴えました。
「ご令嬢の言い分だけで通行料倍額とは、一方的すぎますぞ!」
「そ、そうです。まずは調査を!」
あら?
彼らは自分の娘が何をしたのかを知らないのかしら?
「あ……思い出した」
父は、はっと気付いた顔をしてドラセナ侯爵に言いました。
「お前の娘、王家の下の息子と婚約してなかったか?」
「あ、ああ、そうだ。我が娘アイリスは第二王子シスル殿下と婚約した……」
ドラセナ侯爵のその返答を聞くと、父はくるっと振り返り、再びアイヴィー王子殿下に言いました。
「おい、やはり王家はグルか」
「ち、違う! 誤解だ!」
「お前の弟はデイジーの敵、ドラセナの味方だろう!」
父がそう声を張り上げると、第二王子シスル殿下があたふたとしながら父の前に出ると宣言しました。
「エンフィールド公爵、私もドラセナ侯爵令嬢と婚約破棄します! 国王陛下に奏上します!」
「その言葉に二言はないだろうな」
「は、はい! 必ず婚約破棄します!」
シスル王子殿下のその宣言に、ドラセナ侯爵は顔面蒼白になりました。
王家との間に確執が生じれば、ドラセナ侯爵はウィード公爵側に付いてエンフィールドを敵に回すかしら?
それともエンフィールドに土下座して許しを乞うのかしら?
私が淑女に育て上げたデイジーを「平民」と貶してくれたドラセナ侯爵令嬢アイリスさんが、今どんな顔をしているか見物したいものです。
アイリスさんがここにいらっしゃらなくて残念。
私はさらに追撃しました。
「お父様、カポック伯爵令嬢はオークリー公爵令息ルピナス様と、クテナンテ伯爵令嬢は騎士オレガノ様と婚約しているのよ」
「私の可愛いデイジーの周りにたかってるクソガキどもの婚約者か!」
「そうよ」
「モテない男どもがよってたかって、婚約者を使い、裏で手を回してデイジーを虐めたのだな! 絶対に許さん!」
父はポンポン沸騰する薬缶のように激怒しました。
「おい、オークリー公爵家の小僧! オークリー公爵家にも倍返しだ! 覚悟しろ!」
父はオークリー公爵令息ルピナス様をビシッと指さして言いました。
「エンフィールド公爵! 私も婚約破棄します!」
ルピナス様は情けない表情で狼狽えながら父に訴えました。
「ピオニーが悪女だとは知らなかったんです! ピオニーの悪事を知りましたからには婚約破棄します!」
「その言葉に二言はないだろうな!」
「はい! 我がオークリー家は、カポック伯爵の娘ピオニーの悪事とは無関係です! 必ずや婚約破棄いたします! 縁を切ります!」
「もし婚約破棄できなかったら、お前、修道院へ行けよ? さもなくば倍返しだ」
「か、必ずや婚約破棄いたします! どうか修道院も倍返しもお許しください!」
ルピナス様から婚約破棄の言質をとると、父は次に騎士オレガノ様を攻撃しました。
「おい、騎士!」
「は、はい……!」
「お前はどこの家の息子だ」
「わ、私は、ポトス男爵が次男オレガノ・ポトスです」
「ポトス男爵か」
父は眼光を鋭くしました。
「よし、潰す」
「え、ちょ、待っ……!」
「たかが男爵家の小倅が、エンフィールドに盾突きおって。男爵家など潰してやるわ! 騎士もクビにしてやる! 覚悟しろ!」
「ま、ま、ま、待ってください! エンフィールド公爵! 私もエリカと婚約破棄します! 私は無関係です!」
「ちゃんと婚約破棄するんだろうな?」
「はい、誓って!」