16話 婚約破棄
「エンフィールド公爵令嬢、私が証言いたします!」
小娘は私に言いました。
「それにダリア嬢が他のご令嬢のドレスを汚したのは、今回が初めてではありません。他にも被害者がいらっしゃいます!」
なるほど。
ダリアさんがあんなことをしたのは、勝手知ったる我が家であったがゆえに甘えが出ての行動かと思っておりましたが。
常習犯で慣れていたという理由もあったのですね。
客人のドレスを汚すのも、その汚れたドレスで主催者の前に出るのも、いわば宣戦布告のようなものです。
家に戦えるだけの力がない下位の者が出来ることではありません。
ウィード公爵の娘で王太子の婚約者であるダリアさんに攻撃されたら、下位の者たちは撤退して泣き寝入りするしかなかったのでしょう。
ダリアさんは今まで成功体験を積んでいて自信をつけていたがゆえに、勝利を確信して私たちに嫌がらせをして来たのですね。
この小娘は、国王陛下の甥バジル様と我がエンフィールド公爵家の側に付けば、ウィード公爵に一矢報いることができると考えたのでしょうか。
ダリアさんの嘘を崩すための大切なカードですから、もちろん庇護しますが。
「う、嘘よ!」
泣きべそをかきながらダリアさんが小娘の発言を否定しました。
「ミモザは嘘を吐いているわ!」
小娘はミモザという名なのですか。
ダリアさんと因縁のある娘なら、夜会に招待しなければよろしかったのに。
ウィード公爵夫妻は、ミモザという小娘とダリアさんとの関係を把握していなかったのかしら。
「どちらが嘘を吐いているのか、調査する必要がありますね」
バジル様がきりっとしたお顔で言いました。
「私が責任を持って調査しましょう」
「……!」
「……っ!」
バジル様のその言葉に、ミモザは喜びの表情を浮かべ、ダリアさんは醜く顔を歪めました。
二人のその顔を見たら、調査をされて不都合なのはどちらなのか解るというもの。
遠巻きにして私たちの様子を見ている野次馬たちが、小声でヒソヒソ囁き始めました。
「ウィード公爵、この件は私から国王陛下に……」
バジル様が毅然とした態度でウィード公爵にそう言いかけた、そのとき。
「デイジー! リナリア!」
人垣の中から、私たちの父エンフィールド公爵がまろぶように飛び出しました。
「なんて酷い姿だ! 可哀想に! ウィード家の娘にやられたのか!」
父は身も蓋も無いことを叫び、私たちとウィード公爵の間に割り込みました。
「ウィード公爵! こんな酷いことをして恥ずかしくないのか!」
「エンフィールド公爵、言いがかりは止してくれたまえ」
ウィード公爵は顔色を変えずにそう言い、父を躱そうとしました。
ですが父は、先の事を考えて駆け引きができるような人ではないのです。
「君の娘はいつもデイジーのことを睨んでいたらしいな! デイジーが美人だから、嫉妬したのだろう!」
父はさらに露骨なことを言いました。
ダリアさんがデイジーに嫉妬していたことは事実ですが。
本当に身も蓋もないです。
「ウィード公爵! 君の娘はとんだ阿婆擦れだな! 君は一体、娘にどういう教育をしたのだ!」
え? お父様……?
お父様が、娘の教育についておっしゃいますの?
どの口で?
私は少々気が遠くなりかけました。
先程までこの場の主導権を握るかと思われていたバジル様も、父が露骨にウィード公爵を攻撃し始めたせいなのか、唖然として言葉を失っていらっしゃいます。
「倍返しだ!」
父は物凄い剣幕で叫びました。
「今後ウィード公爵領の者は、我がエンフィールド公爵領の通行料は倍額だ! 覚悟しておけ!」
「な……! 横暴な!」
ウィード公爵は盛大に顔色を変えました。
我がエンフィールド領には、交通上重要な街道があるのです。
もともと武家だった我が家は、行軍や物資の運搬のために、領内の街道の整備に力を入れていました。
わが領の街道は、戦に使われることがなくなった以後、商業活動の大動脈となっているのです。
「私の可愛い娘たちにこんな酷いことをしたのだ! 覚悟しておけ!」
「そんな横暴なことが許されるものか!」
「横暴なことをしたのは、そちらが先だろう。躾のなっていない君の娘がしでかしたことだ!」
「証拠もないのに言いがかりは止めてもらおうか!」
「証拠ならある!」
父は尊大な態度で言いました。
「君の娘の、その顔が証拠だ」
「何?!」
あら、お父様のくせに、解りましたの?
バジル様が調査するとおっしゃったらダリアさんが悲愴なお顔をなさったこと。
あれは自白したようなものですものね。
お父様のくせにそれが解っただなんて、少しは頭があったようですね。
と、私はそう思ったのですが。
それは幸福な誤解でした。
「君の娘は、顔が大したことないからな! その貧相な顔を見たら解る! デイジーが絶世の美人だから嫉妬したのだろう!」
「……」
よくもそこまで堂々と親馬鹿を晒して、娘を盲目に溺愛できるものです。
そしてその不用意に他を貶める発言が、娘に無駄に敵を作る行為だと気付かないのでしょうか。
気付きませんよね、お父様ですもの。
「ダリアは王太子殿下の婚約者だぞ! ダリアを侮辱することは王家に弓引く行為だと解っているのか?!」
ダリアさんを侮辱されたウィード公爵は伝家の宝刀を振りかざすかのようにそう言いました。
「ははーん、なるほど。解ったぞ」
父が何か閃いたような顔をしました。
どうせろくな閃きではないでしょう。
「おい、王家の小僧!」
父はくるっと振り向き、王太子であるアイヴィー王子殿下を指さして言いました。
「お前が仕組んだことだな」
「な……っ!」
突然、父に意味の解らないことを言われて、アイヴィー王子殿下は面食らっていらっしゃいます。
私もこれはさすがに意味が解りません。
「貴様、婚約者にデイジーを虐めさせて、デイジーが泣き出したら、格好つけて自分が助けに出るつもりだったのだろう」
「な、何を言う……! エンフィールド公爵!」
言いがかりをつけられて動転しているアイヴィー王子殿下に、父はさらに言いました。
「貴様、ずっとデイジーに粉をかけていただろうが。デイジーが貴様のことなど相手にしないから、こんなくだらない手を思いついたのだろう」
「な、な、な……」
「ふん、モテない男が考えそうなことだ」
「ち、違う! 私は関係ない!」
「関係あるだろう。貴様の婚約者がやったことだろうが!」
「婚約者だからといって、関係あるわけではない!」
「ではどうしてウィードの娘は、貴様の婚約者だからといってふんぞり返っているのかね? 大したことない顔のくせに」
「そ、それは……」
「貴様はウィードの肩を持っているのだろうが!」
「違う!」
「ウィードの不細工な娘は、うちの娘たちにこんな酷いことをしたのだぞ! こちらが反撃しようとしたら『王家に弓引く行為だ』と脅しおる! 貴様がウィードに塩を送っているのだろうが!」
「ぐ……」
アイヴィー王子殿下は苦悶に顔を歪めて唸りました。
しかしやがて顔を上げると、声を張り上げて宣言しました。
「婚約を破棄する!」
アイヴィー王子殿下はそう叫ぶと、ウィード公爵に泣きついているダリアさんをビシッと指さしました。
「ダリア・ウィード! 貴様との婚約を破棄する!」