14話 おそろいですね
「ご婚約者がいらっしゃる方とは、もうダンスは踊りません!」
デイジーは毅然として言い放ちました。
「……っ!」
「……!」
婚約者のいる男性たちが、デイジーのはっきりした拒絶の言葉に、大きなショックを受けたかのように悲愴な顔をしました。
「デイジー嬢、私はまだ婚約しておりません。また私とダンスを踊ってくださいますか?」
バジル様がここぞとばかりにデイジーにそう言うと、デイジーは素っ気なく答えました。
「そうですね。バジル様はまだ婚約なさっていらっしゃらないものね。また踊りましょう。これからも仲良くしてください」
デイジーは台本を棒読みするような平坦な口調で言いましたが、バジル様は女神から言葉を賜ったかのごとく、あまり表情のないお顔に大きな喜びをにじませました。
「デイジー嬢にそう言っていただけるとは、光栄の極みです!」
デイジーとバジル様のその会話に、アイヴィー王子殿下を始めとする婚約者がいらっしゃる男性たちは、よほど苦い何かを噛み締めているかのような酷いお顔をなさいました。
「デイジー嬢、確認したいのですが……」
バジル様は目を爛々と輝かせてデイジーに問い掛けました。
「デイジー嬢はダリア嬢に葡萄酒を浴びせられる歓迎を受けたのですね? 相違ありませんか?」
「ええ、そうです」
「デイジー嬢の言葉を信じます! ちょっと葡萄酒を取って来るのでお待ちください」
「……?」
デイジーがバジル様の言葉に首を傾げている間に、バジル様は素早く葡萄酒のグラスを両手にして戻って来ました。
「デイジー嬢、私もダリア嬢の作法を手本にしたいと思います」
バジル様はそう言うと、両手に持っている葡萄酒のグラスを自分の頭の上に持っていき傾けました。
――パシャ、パシャ!
「……!」
バジル様は自らの手で葡萄酒を浴びました。
バジル様の髪から葡萄酒がポタポタと滴り落ちています。
礼服にも葡萄酒の真っ赤な染み。
「デイジー嬢、これでおそろいですね!」
葡萄酒まみれになったバジル様は晴れやかな笑顔で言いました。
「え、おそろいって……??」
バジル様の奇行に、デイジーの笑顔が少し引きつりました。
バジル様は、少々……、風変りな人なのかもしれませんね?
もしくは策士か……?
奇行ですが、しかし作法にかなった行動ではあるのです。
客人や淑女など、大切な誰かが失敗をしたときに、その誰か一人だけに恥をかかせないため、自分も同じことをしてみせて一緒に恥を被って助力することがあります。
必ずそうしなければならない絶対の作法ではなく、騎士道精神のような個人の裁量で行う類のものですが。
「私もウィード公爵にこのような斬新な作法を教えていただいたお礼をしたく存じます。ぜひデイジー嬢にご一緒させてください!」
自ら葡萄酒を浴びたバジル様がデイジーのエスコート役として名乗りをあげました。
私のエスコート役はウィロウがいますが、デイジーのエスコート役である父はどこかで油を売っているのか、ここにいません。
先程デイジーが、婚約者がいる男性とは付き合わないと宣言したので、バジル様は今が勝機と判断して、思い切った行動に出たのでしょうか?
「お姉様、お父様はどこにいるか解りませんもの。バジル様のご好意に甘えても良いでしょうか。バジル様はご婚約者がいらっしゃらないからエスコートをお願いしても問題にならないでしょう?」
デイジーが悪戯っぽく目を光らせて私にそう言うと、アイヴィー王子殿下を始めとするデイジーの囲いの婚約者がいる男性たちは壮絶に顔色を変えました。
デイジーは、厚かましいアイヴィー王子殿下たちに当てつけをするために、婚約者がいないバジル様を優先してみせたいのでしょうか。
バジル様は今まで、身分を笠に着ている王子殿下たちや、自信満々で積極的な方々に阻まれて、デイジーとなかなか話が出来ずにいましたものね。
格下だと思っていたバジル様をデイジーが優先したら、アイヴィー王子殿下たちはさぞや面白くないでしょう。
それに、葡萄酒を浴びてまで申し込まれたら、さすがに断り難いです……。
バジル様がどこまでお考えなのかは解りませんが。
ご自分の衣装を汚されたバジル様の行動は、夜会の主催者であるウィード公爵家の家名に泥を塗る行為です。
つまりは私たちにとって明らかな支援となります。
催しに、招待客が美々しく装って出席するのは、主催者への礼儀です。
貧相な装いで出席することは「お前にはこの程度の装いで充分」という侮辱になるからです。
ダリアさんはご自分の家が主催する夜会で、私とデイジーの、つまりは招待客の衣装を汚しました。
それにより恥ずかしい思いをするのは、私たちではなく、夜会の主催者であるウィード公爵です。
ダリアさんは私たちを攻撃したおつもりだったようですが、実は、ご自分のお父君ウィード公爵を背中から撃ち、ご自分の家名に泥を塗ったのです。
私がデイジーと共に葡萄酒まみれの姿で会場に戻ったのはそういう目的です。
葡萄酒をかけられてまで、ウィード公爵の名誉を守って差し上げる義理はありませんもの。
「デイジーがバジル様にお願いしたいなら、私は反対しなくてよ?」
バジル様は王子殿下たちより身分は劣るとはいえ、国王陛下の甥に当たるお方ですので王族です。
バジル様のお父君である王弟殿下が一代限りの公爵位を与えられていますので公爵令息です。
これからウィード公爵を相手に物申すのに、王族が陣営にいることは損ではありません。
しかも葡萄酒を浴びてご衣裳を汚して、ウィード公爵の面子を潰すお姿となってくださっていますので好都合です。
それでデイジーが、アイヴィー王子殿下たちにささやかな意趣返しができて溜飲を下げることもできるなら、一石二鳥と言うもの。
「はい!」
デイジーは嬉しそうな笑顔でバジル様に言いました。
「バジル様、よろしくお願いします」
「こ、光栄です!」
バジル様は緊張していらっしゃるのか少しぎこちない仕草で、デイジーに手を差し出しました。
デイジーが天使の微笑みでバジル様の差し出した手を取ると、アイヴィー王子殿下を始めとする婚約者がいる男性たちは何か大きな不幸に襲われたかのように愕然として、悲愴な表情となりました。
彼らの悲愴な表情は、大扉のところにいるダリアさんに負けず劣らずです。
「では、ウィード公爵にお礼をしに行きましょう」
「はい、お姉様!」




