13話 デイジーの宣言
「デイジー、葡萄酒を客人に浴びせるのは貴族の風習ではなくてよ」
私は笑顔でデイジーの機転に調子を合わせました。
「客人に頭から葡萄酒を浴びせるのは、おそらくウィード公爵家の独特の歓迎のお作法でしょう」
「あ! そうだったんですね!」
「私も、夜会でこういう歓迎を受けたのは初めてよ」
「野性的な歓迎をするウィード公爵家は貴族では珍しいんですか?!」
「そうね。他ではちょっと見ない歓迎の仕方ね」
「荒くれ者が集まる冒険者の酒場みたいに野性的で素敵な歓迎ですよね! ダリアさんは冒険者ギルドに登録しているのかしら?!」
「デイジー、冒険者ギルドは物語の中の架空のギルドよ。現実には存在しないわ」
「そうなのですか?! ダリアさんたちの歓迎の仕方は冒険者の酒場にそっくりでとっても野性的ですのに!」
私とデイジーの会話に、デイジーの囲いの男性たちは事情を察したのか顔を歪めました。
冒険小説によく登場する、荒くれ者が集まる冒険者の酒場で、新人冒険者がベテラン冒険者に絡まれて、頭から麦酒をかけられて侮辱されている場面を思い浮かべているのかもしれませんね。
大扉からこちらを見ているダリアさんが泣きそうになっています。
「リナリア、その姿はどうしました?!」
「あら、ウィロウ。これは先程、休憩室で……」
私の婚約者ウィロウが人垣をかき分けてやって来ましたので、私は簡単に事情を説明しました。
私がウィロウと話していると、アイヴィー王子殿下がデイジーに話しかけました。
「デイジー、可哀想に。すぐに着替えを用意させよう」
デイジーはアイヴィー王子殿下が差し出した手を無視して、ツンとそっぽを向きました。
「もう私にかまわないでください!」
「……!」
驚いて目を丸くしているアイヴィー王子殿下に、デイジーは冷めた目で言いました。
「殿下はダリアさんのご婚約者でしょう。殿下はダリアさんと一緒に葡萄酒でも何でも浴びて冒険者の酒場ごっこをしていらして。私は野性的な習慣には馴染めそうにありませんの」
気が高ぶっているのか、ついにデイジーはアイヴィー王子殿下に言い返してしまいました。
アイヴィー王子殿下は一応、王太子という地位を持っているので、微笑んでやりすごすように言ってありましたのに。
しかしこのような事態です。
あまりの仕打ちに気が動転していた、という言い訳が通用するでしょうから良しとしましょうか。
ときには、整然とした論理よりも、感情的な言葉のほうが人々の心に刺さって影響をおよぼすことがありますものね。
それにダリアさんがアイヴィー王子殿下の婚約者であることは事実ですし、ダリアさんが冒険者の酒場で行われるような洗礼をデイジーに与えたのも事実です。
しかしそう考えると、何だかこれは凄いことのような気がしてきました。
新人に頭から麦酒をかける荒くれ者の冒険者のようなダリアさんが、次代の王妃なのですから。
ダリアさんが王妃になったら、王宮が冒険者の酒場になってしまうかもしれませんね。
「あ、デイジー、その……」
「アイビー王子殿下、ご婚約者のダリアさんが、扉のところにで殿下をお待ちになっていらっしゃるわ」
デイジーがそう言い、大扉に視線を向けると、皆の目も大扉のあたりで縮こまっているダリアさんのほうに向きました。
「……っ!」
皆の視線を浴びてダリアさんは顔面蒼白になっていらっしゃいます。
「私にお気遣いは無用です。どうぞご婚約者のダリアさんを優先して差し上げて」
「……」
アイヴィー王子殿下はデイジーの言葉に返答できずに固まりました。
「それから、アイリス様とピオニー様とエリカ様は、葡萄酒を浴びた私のこの姿を、葡萄色がお似合いって、とーっても褒めてくださったんですよぉ」
デイジーがそう言うと、彼女たちの婚約者である第二王子シスル殿下、公爵令息ルピナス様、騎士オレガノ様の三人は、不意打ちを食らったかのように慌てました。
「え……」
「……?!」
「そ、それは、どういう……?」
「ドレスって葡萄酒をかけられたほうが素敵になるんですってね! アイリスさんとピオニーさんとエリカさんが、ダリアさんに葡萄酒をかけられたら素敵になったって、私を褒めてくれましたよぉ!」
デイジーがしらじらしくそう言うと、彼女らの婚約者である三人は大きく動揺しました。
「アイリスがそんなことを……?」
「まさか……ピオニーが……?!」
「エリカが……?」
戸惑っている三人に、デイジーは朗らかに微笑みました。
「私は平民育ちなので、葡萄酒の染みがついたドレスの良さについてのお話は高度すぎて理解できませんの。シスル殿下、ルピナス様、オレガノ様、どうぞ無学な私にはおかまいなく、ご婚約者と葡萄酒の染みだらけのドレスの素晴らしさについて語らい合っていらして」
シスル殿下、ルピナス様、オレガノ様の三人は盛大に顔色を変えました。
デイジーは更に他の令息たちにも言いました。
「皆様はご婚約者をエスコートしていらっしゃったのでしょう。私には父も姉もいますので、私にお気遣いは無用です。ご婚約者がいらっしゃる皆様は、どうぞ、ご婚約者を優先なさってください」
婚約者がいる者は来るな、という意味のデイジーのこの言葉に、デイジーの囲いのうち、アイビー王子殿下をはじめとする婚約者がいる男性たちはひどく顔色を悪くしました。
逆に、婚約者がいないバジル様は喜色を浮かべました。
いつも囲いに阻まれてデイジーに近づけず、遠巻きにしている下位貴族の令息たちも、顔色を悪くしたり、逆に優位の笑みを浮かべたりしていました。
「ご婚約者のいらっしゃる方々のお時間をいただいては申し訳なく思います」
デイジーはよく通る鈴のような声で、きっぱりと宣言しました。
「ご婚約者がいらっしゃる方々のお誘いは、今後は遠慮させていただきます!」