第8話:迷いの刃
誰が相手だろうと、勝つつもりでこの場にやって来た。
全力で、最速で勝利を掴み取り、全ての鉄輪を外し自由になる。
一つだけ懸念があるとすれば、それは対戦相手の鉄輪が四つだった場合のみだ。自分の鉄輪の数によっては、今まで通り勝利を譲るのもやぶさかではない、とドレイクは考えていた。
しかし、ある理由から鉄輪が四つの者と自分が戦うことはない、とも確信していた。
だが、今日の対戦相手──ドレイクと同じく、借金によって奴隷に身分を落とした下級貴族ニゴラ。その四肢には鉄輪が嵌められ、既に息は荒く、大量に汗をかいている。
「な……なんで……どうしてッ……!?」
ドレイクは困惑した。
鉄輪が四つ同士の戦いなど、今まで一度も組まれたことがなかったからだ。
その理由は、特権階級者の思惑が大きく絡んでいる。
鉄輪が四つの者は、ドレイクのような例外を除けば、負け続けてきた『弱者』に他ならない。
そんな弱者が、四つの鉄輪という枷を嵌めた状態で戦うのだ。相手によっては、一方的な試合になるのは避けられないだろう。
つまり、四つの者は容易に勝てる相手なのだ。そのため、貴族の息がかかった者にあてがわれることになる。
間違っても、弱者同士で潰し合わせるようなことはしないはずだった。
(どうしてこんな時に限って……ッ!? 勝つことは難しくない……でも、ぼくが勝ったらあの人は──)
鉄輪が五つになった者は、強制的に『回避戦』へと参戦させられる。
三対一という圧倒的不利で行われる回避戦。この戦いでは、気絶や降参での決着は認められない。
【どちらかの死】──自分が死ぬか、三人を殺すか。この非情のルールこそが、回避戦が実質的に『劣等種の処刑』と言われる所以だった。
ドレイクの対戦相手・ニゴラは、実力的にはドレイクの足元にも及ばないだろう。だが、ドレイクが勝てばニゴラは回避戦へと突入し、間違いなく死ぬことになる。
この場を気絶で収めたとしても、ニゴラを死地に追いやることになってしまう。
直接的であれ間接的であれ、人の命を奪うことに躊躇するドレイクは、未だに状況を飲み込めず困惑し続けていた。
──ゴワアアァァァン!!
「──ッッ!?」
無慈悲にも、試合開始を告げる銅鑼の音が鳴り響く。
反射的に剣を構えたドレイクは、ニゴラへと視線を移した。ニゴラは鬼気迫る表情で咆哮をあげ、ドレイクへと突進してくる。
「ぶわあぁぁああッ!!」
ニゴラの大振りの斬撃を、ドレイクは危なげなく躱した。
剣と鉄輪に振り回され、何度もつんのめった末、ついには勢いよく倒れ込む。
嗚咽を漏らしながら、よろよろと立ち上がるニゴラ。その無様な姿に、観客席から嘲笑が飛び交った。
「ふぐッ……うぅ……ぐううぅぅ……」
だが、ドレイクはそんなニゴラの姿に同情してしまった。
このニゴラでは、絶対に回避戦を生き残ることなどできない。一時凌ぎにしかならないことは分かっている。それでも、ここは勝利を譲るべきかと考えた。
(でも……ぼくだって回避戦を生き残れるかなんて分からない。そもそもッ……三人を殺すなんてことがぼくにできるのか!?)
……負けるわけにはいかない。人を殺すことができない以上、回避戦に進んだ時点でドレイクの死が確定するのだ。
ドレイクは剣を握り直し、震えるニゴラに向き直った。
だが、死を恐れ涙を流すニゴラの顔を直視した瞬間……苦悶の表情を浮かべ後ずさってしまう。
「……ど、ドレイク」
「え……?」
突如ニゴラに名前を呼ばれ、ドレイクは剣を構えたまま動きを止めた。
「頼む……俺の足を斬り落としてくれッ」
「な、なにを……」
「どうせお前には勝てない……それに、回避戦になったら間違いなく死んじまう。なら俺は……」
「確かに鉄輪が嵌めれなくなれば、奴隷戦士からは除外されるけど……その後は……」
「分かってるッ。落伍者の烙印を押されたら、もっと悲惨な目に遭うことになるってのは。でも……それでもッ……死ぬよりはマシだ! 俺は死にたくないんだ!!」
落伍者となった者は、この国での権利を全て失う。市民にも奴隷にも戻れず、一生を差別という迫害の元に生き続けることになる。
それは見せしめ。『戦いの国・ロヴァニア帝国』における弱者の成れの果てであった。
「頼むドレイクッ。次に打ち合ったら俺は後ろに倒れる……そしたらひと思いにやってくれッ」
ドレイクの答えを待たず、ニゴラは剣を振り上げて斬りかかった。その攻撃をドレイクは剣で受けとめ、鍔迫り合いへと持ち込む。
(どうする!? ぼくは負けるわけにはいかないッ。ミレイアの為にも、ぼくは死ぬわけには──ッ!!)
「……ぐあッ!」
僅かな時間で、ドレイクは必死に思考を巡らせた。だが、考えが纏まる前にニゴラが尻餅をつき、わざとらしく左足を差し出している。
(くッ……やるしかない!!)
これはニゴラの望みでもある。そう言い聞かせ、ドレイクは大きく剣を振りかぶった。
刃こぼれした剣でも、確実に足を切り落とせるように……全ての力を込め、大きく、大きく振りかぶった。
────ドスッ
「……え?」
突如胸に感じた鋭い痛みに、ドレイクは動きを止め視線を落とした。
ニゴラの剣が、ドレイクの胸を貫いていた。流れ出る血が剣を伝い、大地を朱に染め上げていく。
内側が爆発したかのような熱い吐き気に抗いきれず、口から大量の血が漏れ出ていく。
「が……ひゅッ……ッ……」
血に溺れた声は濁りきり、言葉としての体を成していない。震える身体は力を失い、ドレイクの手から剣が力無く落下する。
ドレイクはその場で両膝をついた。そんなドレイクを見たニゴラは、滴る汗を拭いながら満面の笑みとなっていた。
「ふひ……ふぇへへへ。ありがとよ。流石は『断鎖のドレイク』だぜ」
ニゴラが剣を引き抜くと、残された血が一気に吹き出し、ドレイクの瞳から光が失われる。
「ミ……ィァ……」
夢か幻か……閉じられていく瞼に映る妹の顔は、果たしてどんな表情をしていたのか。
ドレイクの身体がぐらりと揺れ──
自らが作り出した血溜まりへと、深く沈んでいった。




