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第6話:小さな晩餐

「なあ、二人とも。自由になった後って、どうするか考えてるのか?」



 自由という希望が見え始めたドレイクとミレイアの兄妹に、モーガンは笑顔で問いかけた。だが、二人とも困惑したような表情を浮かべている。



「そういえば、先のことは全然考えてなかったなぁ……」

「私も……」



 ドレイクにとっては、日々繰り広げられる試合を無事にこなすことで精一杯だった。そしてミレイアも、そんな兄の身を案じることしかできず、将来を考える余裕などなかった。


 どうやらモーガンも、そのことは分かっていて敢えて質問した様子だ。



「ドレイクはそのまま解放戦に臨んで、帝国軍に入って成り上がることもできるんだぜ? そうすれば、取り潰されたゼイン家の復興だって叶うかもな」



 それは、ドレイクの実力を見込んでの提案だった。

 保守派によって本質が変わりつつある闘技制度ではあるが、根本的なルールが変わったわけではない。


 奴隷からでも成り上がれるという『神の法』──それを定めたのが、戦神タイロスだ。もし帝国がこの法を無視すれば、神の加護そのものを失うことになる。

 いかに利権を貪る保守派といえども、神の加護を完全に失うことだけは禁忌としていた。

 


「ミレイアちゃんほどの治癒士なら、軍からも引っ張りだこだろ。治癒士は貴重だからな。食うには困らないと思うぜ」



 ミレイアは、魔力で他者の傷を癒すことができた。

 だが、ミレイアはこの力のことを公言してはいない。


 治癒士は極めて希少な存在……ミレイアが利用されるのを恐れたドレイクによって、固く口止めされているのだ。ミレイアが治癒魔法を使えるという事は、兄妹とモーガンの三人だけの秘密だった。



「ぼくは……軍には入りたくないな……」

「私も……お兄ちゃんと平和に暮らしたい」



 この兄妹にとって、家の再興などどうでもよかった。

 

 戦いを忘れ、平和に暮らしたい。

 そんな人並みの生活こそが、二人にとっての夢だった。



 二人の率直な考えを聞いたモーガンは、笑顔のまま何度も頷いた。





「まぁ、そう言うと思ったよ。じゃあ、自由になった暁にはさ……三人で商売でも始めないか?」

 

「え……?」

「モーガンさん……」



 二人にとってモーガンは親友であるが、あくまで借金返済までの目付け役だ。二人が自由になれば、モーガンが二人の世話をする必要はない。

 それが分かっているからこそ、二人はモーガンの言葉に耳を疑った。


 そして当のモーガンは、照れくさそうに頭をぽりぽりと掻きながら、頬を赤らめている。



「いや俺もさ、いい加減使いっ走りじゃくて自立しようと思ってたんだよ! こう見えて俺って商才あるんだぜ? 貴族と八百長の交渉をして、報酬をふんだくってきたのは俺なんだからな!」



 モーガンは大きく胸を張りながら、ビシリと親指で自分を称えた。

 そんな親友の姿が可笑しくて、兄妹の固まっていた表情が徐々にほぐれていく。





「……商売は俺が考えるよ。ドレイクは用心棒だな。そんでもって、ミレイアちゃんは看板娘だ! こんな可愛い子が店先に立ってみろよ。どんだけぼったくろうとも、成功する未来しか見えないぜ!」


「ぼったくりはよくないと思うけど……」


 

「だからお前を用心棒にするんだよ。因縁つけてきた客は、お前が叩きのめすんだぞ」


「い、イヤだなぁ……」

「ふふ」



 ────三人は笑った。


 少しずつ見え始めた未来の展望。その明るさに、三人は心の底から笑った。


 

 必ず鉄輪を外さなければならない。

 ドレイクは……笑い合うミレイアとモーガンの顔を見比べ、この顔を悲しみに染めてはいけないと密かに誓った。




 

「時間だぞ」



 看守の冷たい声が三人に降りかかる。

 現実に引き戻されたモーガンは、不愉快そうに舌打ちをして顔を顰めた。



「せっかく人生設計を話してたのによぉ。もうちょい袖の下を握らせておくんだったぜ」


「……ありがとう、モーガン。君のおかげで、自信を持って戦いに臨めそうだよ」


「お兄ちゃん。これ──」



 ミレイアが懐から取り出したのは、小さな紙包みだった。それを受け取ったドレイクが中身を確認すると、中にはチーズが一切れと、干した葡萄の粒が数個入れられていた。



「ミレイア、これ……自分の食事の分なんじゃ──」

 

「ほらほら、さっさと隠せよドレイク。見つかったらミレイアちゃんが罰を受ける羽目になるんだぜ」



 疑問を遮ったモーガンの言葉を受け、ドレイクはすぐさま背後に紙包みを隠した。

 それを確認したミレイアは立ち上がり、涙を浮かべながらドレイクと視線を交わす。



「お兄ちゃん……私、祈ってるから。お兄ちゃんが帰ってくるのを……ずっと、ずっと──」


「大丈夫だよ、ミレイア。お兄ちゃん……頑張るからね」





 そう言い残し、ミレイアはモーガンに優しく背を押され去っていった。

 

 一人になったドレイクは、隠してあった紙包みを取り出し、チーズを手に取り小さく齧り付く。

 チーズの強い塩気が味蕾を刺激するのか、ドレイクの唇が少し震えている。



「……しょっぱい」


 

 ドレイクはその味を噛み締めるように、ゆっくりと……ゆっくりと咀嚼し続けた。



「ミレイア……お兄ちゃん、頑張るからね」



 妹への誓いを再度口にし、ドレイクは時間をかけて食事を続けた。

 こそこそと隠れながら食べる質素な食事。だが、妹の想いが込められたその食事は、どんなご馳走にも勝る晩餐だった。


 

 目を閉じ、瞼に映る幸せな未来に想いを馳せながら……一人っきりの暖かな食事を堪能するのであった────。

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