第14話:決戦前夜【前編】
「明日?」
「はい。ドレイク殿さえ構わなければ、ですが」
「ぼくは構いません」
奴隷戦士たちの居住区アッシュゲート。
遠征から戻ったガリノミアが告げた試合日は、明日。急とも言える決定だったが、ドレイクは狼狽えることなく首を縦に振った。
「これより先は、ミルタンに貴方の闘技補佐官となってもらいます。どのような些事でも、気兼ねなくお申し付け下さい」
「ドレイク様、よろしくお願い致します」
「は、はい! よろしくお願いします」
「ミルちゃんが補佐してくれるなら安心だね〜」
恐縮するドレイクとは対照的に、プリメッタは牢屋内に自作したベッドの上で、足をパタパタとさせながらだらけている。
壁には棚が設置され、香を始めとした怪しげな魔導具が飾られている。窮屈なはずの檻は、いつの間にか寛ぎを提供するベストプレイスへと変貌していた。
自由奔放なプリメッタを見て、ミルタンの表情が微かに綻んだ。やがて何かを決意したかのように、ドレイクへと向き直る。
「つきましてはドレイク様、少々お伝えしたい事があるのですが」
「はい、なんでしょう?」
「ご主人様、修練場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ」
「ありがとうございます。ドレイク様、申し訳ありませんが御足労願えますか?」
「はい」
キョトンとした表情のまま、ドレイクは先導するミルタンの後を付いて行く。
二人を見送り、ガリノミアは愉快そうに顎をさすった。
「ミルタンは、言うなれば旧時代の生き残りですからな。ロヴァニアの男として、ドレイク殿に伝えたい事があるのでしょう」
「ふーん……」
ガリノミアの語りかけを適当にあしらうプリメッタ。うつ伏せのままジトリと向ける視線は、ほとんど睨みつけるに等しかった。
「どうされました? 貴女にそのような顔は似合いませんよ」
「先に言っとくけど、アタイに嘘は通じないからね」
「嘘? わたくしが何か嘘を言いましたか?」
「ドレーくんの借金。一体どこまでが本当なの?」
「……なるほど。その事でしたか」
疑惑の核心を突かれたガリノミアだが、その態度には些かの動揺も見られない。まるで聞かれることを予測していたかのような冷静さに、プリメッタは眉を顰める。
「このエボル闘技場において、奴隷戦士の処遇を決める全権はわたくしにあります。つまり、借金をどうするかはわたくし次第ということです」
「そもそも、本当にドレーくんの借金って存在したの?」
「モーガンが、完済までの全てを帳簿に記しています。ご所望とあらば持ってこさせますが?」
堂々たるガリノミアの言葉に、プリメッタの表情が曇る。
帳簿を持ってくるように言ったとしても、借金の証拠を目の当たりにするだけだろう。ガリノミアが嘘をついている様子は、一切感じられない。
「……なんで、ドレーくんの借金を帳消しにしなかったのさ?」
「ドレイク殿に戦う理由を与える為です」
「戦う理由?」
「ドレイク殿はその優しさ故、決断力に欠けるお方です。戦う為には退路を断ち、誰かが背中を押す必要がありました。彼には理由が必要なのです」
「幼いドレーくんに、どうしてそこまで戦って欲しかったの?」
「ドレイク殿に戦士として途方もない価値を感じ取ったからです。その価値を高める為に、戦いが必要だったのですよ」
「その為に、6年も拘束したってわけ?」
ドレイクの商品価値を高めるために、借金を盾に奴隷戦士へと仕立てあげた。
この仕打ちに、プリメッタの表情が不機嫌に歪む。
だが、ガリノミアは毅然とした態度で静かに頷いた。
「その通りです。ですがプリメッタ嬢、わたくしも貴女と同じなのですよ」
「……何が同じだって言うのさ」
「貴女はドレイク殿に、取材対象としての価値を見出し行動を共にする事にした。そこに、わたくしとの相違は無いと思いますが?」
「それはッ……そうだけど……でもアタイはッ──」
身体を起こし、反論しようとするプリメッタを制するように、ガリノミアの分厚い手が眼前に置かれる。
「一緒なのですよ、プリメッタ嬢。貴女もわたくしも、ドレイク殿の人柄に触れ、予定以上の感情を彼に抱いてしまった」
ここまで冷静さを保ってきていたガリノミアの感情に、初めて揺らぎが生じたのをプリメッタは感じ取っていた。
その揺らぎの正体は罪悪感……商人として培ってきた非情性を覆すほどの、後悔の念だった。
「わたくしは『たられば』の話をするつもりはありません。奴隷戦士としての過酷な6年が彼を創り上げ……そして、我々と出会い今があるのです」
「それでも……6年は酷すぎるよぉ」
「それでも、ドレイク殿はわたくしを恨んでいないと言い切りました。ならばこの話を蒸し返すつもりはありません。彼から奪った時間は、わたくしの行動で返していくつもりです」
布団に顔を埋め、プリメッタは押し黙った。
ガリノミアが敢えてドレイクを地獄に引き入れたのは事実。だが、その贖罪はすると宣言し、ましてやドレイク本人は気にもとめていない。
これ以上、プリメッタが詮索する意義はなかった。
「ねぇ、一つだけ教えて欲しいんだけど。ドレーくんのご両親やミレーちゃん、ニゴラって人との対戦……それに、ガリ公は関与してないの?」
「ゼイン家の悲運に関しては、全くの無関係です。そしてあの対戦カードも、わたくしは関与しておりません。ですが……」
眉を顰め、ガリノミアは顎に手を添え思案した。プリメッタが感じるガリノミアの感情は、まさに不安と困惑だった。
「運命という言葉で片付けるには、あまりにも出来すぎていると思うのです。全てが、ドレイク殿をオルドフェルムに参加させるために仕組まれたかのような。わたくしの行動も、実はその意思によって動かされていたのでは……と」
二人の思考は、自然と同じ結論へと辿り着いていた。
一連の出来事は、タイロス神の意向に沿うもの。国が堕落するのを黙認していた理由だけは分からないが、タイロス神が関与しているのは間違いない。
そして、神は現世に直接干渉はできない存在。だからこそ、それを代行する存在が必要となる。
「……神託者」
「もし神託者が存在し暗躍しているとするならば、今までの出来事にも合点がいきます。しかし……」
二人は同時に、小さなため息をついた。
仮に神託者が黒幕だと判明しても、二人にはどうすることもできない。ドレイクが望まない限り、敵対する理由もないのだから。
ミレイアを助ける為にも……ドレイクは、戦うしかないのだ。
しかしそれでも、相棒を陥れた黒幕に対して、プリメッタの怒りは収まらない。
「ぐぬぬ……ジャーナリストとして、黒幕は絶対に突き止めてやるからね!」
「わたくしもできる限りの助力はしましょう。それにしても……ほっほっほ」
「どうしたの?」
「いえ、お二人の関係が実に羨ましく思えましてね。皇帝即位の後、そのまま婚礼の儀を執り行うのが良いかもしれませんな」
「婚礼って誰の?」
「もちろん、ドレイク殿とプリメッタ嬢のですよ」
プリメッタの表情がみるみる朱に染まっていく。
それと同時に、優秀な頭脳は並列思考を可能とし、ドレイクとの新婚生活を脳内に描き始めていた。
「ちょッ……アタイらはそういう関係じゃないんだから! アタイらはただの運命共同体! 人生のパートナーなだけなんだからね!!」
「それを、一般的に夫婦と申すのでは?」
「違うの! そりゃあ、ドレー君との子供の名前は四人目まで考えてあるけど、そういうのは夫婦になってからなの!」
「えぇ……」
謎持論に混乱するガリノミアを尻目に、プリメッタの恋愛思考は更に爆走し、既に孫をあやし始めていた。
それが妄想として終わるのか、はたまた現実となるのか……二人の若者の未来を案じ、ガリノミアはただ静かに笑みを浮かべるのであった──。




