第13話:騒がしい懺悔室【後編】
懺悔を求めて練り歩くプリメッタに声をかけてきたのは、奴隷戦士となって日も浅い男だった。
消沈する男とは対照的に、プリメッタはニコニコと上機嫌で男の前へと歩み寄る。
「さぁ、悩める子羊ちゃん。この美少女シスターに何でも話してごらんなさい」
「実は……昨日から飯が喉を通らなくて……」
「そりゃあ、あんな不味いもの食べられなくて当然だよぉ。君は正しい! 名誉ロヴァニア人の称号を与えよぉ!」
「いやッ、そうじゃなくて……相手を斬った時の光景が目に焼き付いて、あの内臓スープを見ると吐き気が……」
「分かる分かる。アタイも初めてあのスープを食べた時は吐きそうだったもん。内臓の下処理くらい、ちゃんとしろっつーの!」
「だから味のことじゃないっつーの! トラウマッ、トラウマになってんの!」
「なるほど把握した! お腹が空いて、余計に精神がまいってるんだよぉ。さぁ、これを食べなさい」
「こ、これはッ……」
バスケットから取り出されたアップルパイからは、全身を刺激するほどの良い香りが漂っている。
男はゴクリと喉を鳴らし、鉄格子の隙間から震える手でアップルパイを受け取った。
「た、食べていいのかい?」
「もちろんです。野獣の如くかぶりつきなさい」
変に聖女ぶるプリメッタの言葉を受け、アップルパイに吸い込まれるように齧り付く。
ざっくりとした食感。シナモンとバターの香りが鼻をぬけ、リンゴの酸味と蜂蜜の甘みが舌を刺激する。
しっかりとした生地が心地よく腹を満たし、ナッツとレーズンが栄養食としての価値を高める。
男はそのあまりの美味さに言葉を忘れ、一心不乱にアップルパイを口に運んだ。口いっぱいに頬張り、目からは涙がこぼれ落ちる。
「こんな……こんな美味しいもの、生まれて初めて──」
「はい! じゃあこれにサインして!」
「ん?」
感動する男に差し出された一枚の紙。
文面の冒頭には、『誓約書』の文字がでかでかと書かれている。
「えーと……『甲は、乙より賜与された恩寵の対価として、ロヴァニア帝国皇帝陛下に対し、永続的な忠誠を誓うものとする。また甲は、乙を正しき聖女と認め、その名誉を損なう行為を行わず、可能な範囲でその徳を称揚するものとする』……なんだこりゃ?」
「帝国民として、皇帝に忠誠を誓うのは当然の話でしょ? まぁ後半はおまけみたいなものだから、はいサインサイン〜」
「おまけの方が長い気もするが……」
急かされ、促されるままに男は署名し拇印を押した。誓約書を受け取り、プリメッタは満足気に頷いている。
「うむうむ。それじゃあこれにて懺悔終了! 毎度あり〜!」
「懺悔ってなんだっけ」
今日も悩める奴隷戦士の心を救い、プリメッタは自分の中で聖女力が高まっていくのを感じていた。
(くっふっふ〜。ドレーくんの臣下を増やしつつ、アタイの聖女認定の肥やしとするッ! 署名が沢山あれば、異名認定もしやすいってもんよぉ)
聖女プリメッタの誕生を画策し、あらゆる方法で署名を集め、なんだかんだとその数は膨大なものになりつつあった。
異名認定士が、自分自身の異名を申請するなど前代未聞。なぜそこまでして、聖女の称号が欲しいのか?
その答えは単純だった。
プリメッタは、ドレイクの隣に立つ者として相応しい肩書きを求めたのだ。やがて『皇帝』となる者の隣に立つのならば、『聖女』くらいの称号が妥当だ、と。
とはいえ、隣に立つとはどういうことなのか、プリメッタは深く考えていない。
ただ何となくそうしたいから……それだけで、目的に向かって爆走しているのであった。
「よう、お嬢ちゃん! 勝ったぜ!」
「お~、おめでとう! あと一回勝てば、奴隷から解放だね!」
次にプリメッタに声をかけたのは、試合を終えたばかりの壮年の男だった。プリメッタの言葉通り、男に嵌められた鉄輪は残すところ一つ。
「わっはっは! 伊達に4回も奴隷戦士やってないからな。断鎖のドレイクと当たらなけりゃ、そうそう負けはしないぜッ」
「解放される度に借金こさえて奴隷になる……いっそ帝国軍に入ったら?」
「やだよ、軍属だなんて面倒臭い。それよりも借金で遊び倒して、返済に困ったら奴隷戦士になってチャラにする。これが俺の生き方よ!」
「なんという不良債権者!」
「おいおい、不良債権者はないだろう。奴隷戦士になることで、帝国が金を払ってくれるんだ。貸主は損をしてないはずだぜ? だから何度でも貸してくれるのさ」
──プリメッタの動きがピタリと止まる。男の言葉に違和感を覚え、ゆっくりと首を傾げた。
「どうした?」
「ねぇ。借金を帝国が立て替えてくれて、それを奴隷戦士になって返していくってこと?」
「ん? いやいや、奴隷戦士になった時点で借金はチャラさ。身売り金みたいなもので相殺してるんじゃないか?」
「……ふーん」
何かがおかしい。
以前から感じていた違和感が、急速に形を成していく。
男に別れを告げ、プリメッタはドレイクの元へと足早に戻り始め──
「ドレーくん」
「プリ姉、おかえり!」
「ちょっと聞きたいんだけど、ドレーくんの借金って、全部でいくら位あったの?」
「え? どうなんだろう……ぼくも子供だったし、詳しい金額は知らないんだ。それがどうかしたの?」
奴隷戦士になった時点で借金は無効になるはず。それなのに、ドレイクは不明瞭な借金で6年も拘束されていた事になる。
疑念が膨れ上がる。ドレイクが奴隷戦士となった経緯には、何か裏が……しかし、その理由までは分からない。
ドレイクを襲った数々の不幸。自決した父、病死した母、借金の存在、死を招いた対戦カード。
もしそれら全てが仕組まれたものなら、そんな事が可能なのは特権階級の者だけ。
そして、何よりも腑に落ちないのがミレイアの行方だった。ミレイアが死んだというタイロス神の言葉のみが、唯一の情報となっている。
真実を求めるジャーナリストとして、プリメッタはこれを鵜呑みにすることは出来なかった。
(モーガンが探してくれてるみたいだけど、誰もミレーちゃんを見ていない。このアタイが痕跡の一つも見つけられないなんて、そんな事ある?)
常人離れした聴覚に加え、感情の機微まで感じ取るプリメッタに一切悟られる事なく、ミレイアは忽然と姿を消した。それは、まるで『神隠し』にでもあったかのように。
そんな事が可能なのは、それこそ神にしか……。
『ガリ公とタイちゃんは、信用しない方がいいかもしれない』
そう告げようとしたが、プリメッタは口を噤んだ。代わりにおどけた笑顔を見せ──
「ほら、将来記事にするのに色々知っときたくてさ! 具体的な数字があった方が、読者も分かりやすいでしょ?」
「なるほど。じゃあ、今度ガリさんに聞いてみるよ!」
「あ、いいのいいの。アタイが聞いておくよぉ」
「そう? ぼくに答えられることだったら、なんでも聞いてね」
「うん! ありがとね、ドレーくん」
胸がずきりと痛む。
生まれて初めて感じる『怒り』の感情。それと同時に、この無垢な少年を守ってあげたいという想いが強まっていく。
(ドレーくんは、前を向いて進み始めた。それを、アタイが混乱させちゃいけない。ドレーくんを罠に嵌めた黒幕がいるのなら、アタイがそいつからドレーくんを守るんだ!)
決意をした相棒の為に。
この破天荒な少女もまた、誰にも気づかれぬまま、戦う覚悟を決めたのであった──。




