第12話:騒がしい懺悔室【前編】
ドレイクの決意の日から、既に半月が経過していた。
他地方へと遠征し、奴隷戦士を連れてくると告げたガリノミアの言葉を信じ、ドレイクは牢屋の中で自己鍛錬に励み続けている。
奴隷戦士となって以来、欠かさず続けてきたのは、体幹を鍛えバランス感覚を養う鍛錬だった。
増減する鉄輪の重みに振り回されぬようにと、自分なりに考えた鍛錬法は理にかなっており、博識なプリメッタからもお墨付きをもらえるほどだ。
そこから更にプリメッタの助言を取り入れ、より洗練された鍛錬法で心身を鍛えあげるドレイクに余念はない。
精神を統一し、『戦う者』としての自分を見つめ直す。
一人の戦士として、来るべき戦いの日を待ち続けていた──。
☆ ☆ ☆
床は不均一で、湿気を含んだ石がわずかに傾いている。
普通に立つだけでも、無意識に重心を修正させられる場所だった。
ドレイクはまず、片脚を上げた。
膝を胸の高さまで引き上げ、もう一方の脚だけで立つ。壁にも格子にも触れない。
わずかな揺れが、足裏から脛、腰、背骨へと伝わる。
次に、目を閉じる。
視覚を奪われた瞬間、牢屋が牙を剥いた。石床の歪みが敵意を持ち、体幹が少しでも緩めば即座に傾く。
だが、ドレイクは倒れない。足首ではなく、腰で揺れを止める。
肩でも、背中でもない。
腹の芯——魔力を溜め込む場所で、全てを受け止める。
しばらくしてから、次の段階に移行した。
ゆっくりと、上げていた脚を後ろへ伸ばし、一本の棒のように体を伸ばす。
筋肉が悲鳴を上げる。だが、この鍛錬にはそれこそが好都合。更に身体を追い込むように、足の指先だけで全体重を支える。
わずかな重心のズレ。それを瞬時に察知し、修正する。呼吸の変化が、内部からバランスを破壊しに来る。
それを受け入れ、整え、流す。
やがては脚を下ろし、同じことを逆脚で繰り返す。
終わりの見えない鍛錬法……だが、鍛錬の終わりはいつも決まっていた。それは──
「やっほーい! ドレーくん頑張ってる〜?」
「あ、プリ姉」
賑やかな声に、ドレイクの顔が一気に明るくなる。プリメッタの登場が鍛錬の終わり……しかし、ドレイクはまだ片脚立ちを止めてはいない。
ではなぜ、これが鍛錬の終わりになるのかと言うと──
「よっしゃ! アタイが更なる負荷をかけてあげるよぉ!」
すぐさまドレイクの脇腹をくすぐり始める。予測不能な負荷を受けたドレイクの身体が、バランスを崩し大きく揺れ始めた。
「ぶはッ……ちょッ……プリ姉待って……ッ!!」
膝をつき崩れ落ちるドレイク。
プリメッタが何かしらのちょっかいを出し、そのまま終了する。これが二人の日課になっていた。
「くっふっふ。この程度で乱れるようじゃ、まだまだだね、ドレーくん!」
「くすぐりは卑怯だと思うんだけど」
「甘いよドレーくん! 世界には、くすぐりに特化した玉璽保持者だっているかもしれないんだよぉ!」
「殺意のこもったくすぐりとか、嫌だなぁ」
プリメッタがアッシュゲートを自由に出入りすることで、陰鬱な空気は薄まり、どこか明るげになっていた。
薄暗い地下に、突然太陽が乱入してきたかの如き熱量に、他の奴隷戦士たちも様々な反応を示している。
「今日はアップルパイを焼いてきたよぉ。はい! これはドレーくんの!」
「わぁ、美味しそう! ありがとう、プリ姉!」
一番大きく切り分けられたアップルパイを、ドレイクは笑顔で受け取る。
本来なら、自分だけ申し訳ないと考えるのがドレイクだろう。しかし、プリメッタは奴隷戦士全員の差し入れを用意していた。
これによって、ドレイクは素直にプリメッタの差し入れを享受することができたのだ。
さらに、プリメッタの作るお菓子は栄養価も考えて作られていた。
今回のアップルパイにしても、生地には全粒粉を混ぜ入れ、砕いたナッツ類とレーズンをトッピングし、甘みには蜂蜜を使用している。
心身ともに満たされるお菓子。ドレイクだけでなく、全ての奴隷戦士がプリメッタに餌付け……もとい感謝していた。
「じゃあ、アタイはお務め行ってくるね〜」
「うん、行ってらっしゃい!」
プリメッタは、セルミア教団のシスターという立場でアッシュゲートに出入りしている。
このロヴァニア帝国では既に形骸化した慣習だが、プリメッタは奴隷戦士たちの悩みを聞いて回るという役目を、自ら買って出ていた。
「懺悔〜、懺悔はいらんかね〜」
まるで物売りのように練り歩くプリメッタ。そしてそこへ──
「シスター……聞いてくれるかい?」
「はーい! 懺悔一丁入りまーす!!」
薄暗い地下に響く懺悔一丁。
シスター・プリメッタによる、賑やかなカウンセリングが始まろうとしていた。




