第10話:アーギルの戦士【中編】
「バルドリク、グレイ。出ろ」
衛兵から告げられた突然の言葉。
変わらぬ幽閉の日々を過ごしていた二人の戦士にとって、この言葉はまさに青天の霹靂だった。
意味が分からず、グレイは首を傾げ口をあんぐりと開いている。
「はぁ?」
「いいから出ろ」
「……どういうことだ?」
警戒するバルドリクの質問を無視し、衛兵は淡々と檻を解放していく。
試合が決まった可能性を考慮するバルドリクであったが、それはないだろうと高を括った。
なぜなら、一度だけ行われた試合でグレイが、対戦相手を圧倒的な実力差で惨殺したからだ。ロヴァニア人との試合は考えられない。
(我ら二人を同時に出房……私とグレイを戦わせる気か?)
だが、この考えもすぐに消えた。
バルドリクの鉄輪は初期の二つだが、グレイは一つ。もしバルドリクが降参すれば、グレイの鉄輪は無くなり自由となる。そのような結果を、貴族が望むはずがない。
「隊長いきましょう〜。出ろって言ってますし」
「あぁ……」
思案するバルドリクを急かし、グレイは気だるそうに衛兵の後を付いていく。
何かが起ころうとしている……そんな予感に胸をざわつかせながら、バルドリクも後に続き歩き始めた──。
★ ★ ★
衛兵に案内された通路──バルドリクにとっては初めて通る道だが、グレイには覚えがありボソリと呟く。
「闘技場の入場ゲートじゃんか」
「なに?」
「そのまま進め」
そう言い残し、衛兵は歩を止めた。
訝しみながらも、言われるままに闘技場へと進んでいく。
久しく感じていなかった太陽の光。その明るさに似つかわしくないほど、闘技場は静寂に包まれていた。
観客が一人もいない異様な静けさ、そして──
「やぁやぁ。お待ちしていましたよ」
手を広げ、友好的な雰囲気を纏いながらこちらへ歩いてくる恰幅の良い男。そしてその後ろを、老齢の執事が追従している。
「わたくしの名はガリノミア・レイス。そして、こちらが執事のミルタンです」
その身なりから、ガリノミアが上流階級の人間であることは容易に想像できた。
バルドリクは思考を巡らすが、憎むべき敵の出現にグレイは不快感をあらわにしている。
「おい、おっさん。俺らになんの用だよ?」
「実は、貴方たちと取引をしたいと思いましてね」
「取引だと?」
「えぇ、実は──」
バルドリクの問にガリノミアが答えようとするが、それを遮るようにグレイが前へ躍り出る。
パキパキと指を鳴らし、明らかな殺意をガリノミアへと向けている。
「お前らロヴァニア人と取引なんかするわけねぇだろ。とはいえ、せっかく闘技場に来たんだ。ついでに死んでいけや」
「グレイ、待てッ」
「隊長、こいつらは口先ばっかのクズ共だ。何が戦いの国だ、ぶくぶく太りやがって……ひき肉にしてやるぜッ」
ロヴァニア帝国の在り方を嫌悪するグレイにとって、ガリノミアの容姿は殺意を増幅させるに十分な理由だった。
主の危機に、後ろに控えていたミルタンがグレイと対峙する。
「ジジィのゴーレムがいるとは驚きだぜ。ま、自分じゃ戦えねぇクズにはお似合いだがな」
皮肉を込めたグレイの挑発に、ミルタンの眼が鈍く光る。一触即発の状況……だが、ガリノミアは穏やかにミルタンの肩を叩き、自らが前へと躍り出るのであった。
「ミルタン。どうやら、彼はわたくしをご所望のようです」
「御主人様、よろしいのですか? 」
闘技場での殺人は不問に処す。対峙した時点で、それはもう決闘なのだ。この免罪の場では、公爵という地位に守られることもない。
だが、ガリノミアは全てが狙い通りだと言わんばかりに、笑みを浮かべている。
「だからこそ闘技場を場に選んだのですよ。下がっていてください」
主人の命に従い、ミルタンが大人しく後方へと引き下がる。
挑発したとはいえ、これはグレイにとっても予想外の出来事だった。無言のままに首を傾げる。
「できるだけ早く商談に移りたいのです。すぐに始めましょうか」
まるで物怖じしないガリノミアに違和感を覚えながらも、グレイはこれを絶好の機会と捉え、腰を落とし構えをとった。
(このデブが特権階級なのは間違いない。なら半殺しにして、カティナ様の交換材料にしてやるぜッ!!)
次の瞬間、飛び出したグレイが、その強靭な指でガリノミアを引き裂こうと振り上げる。放たれた獣爪の如き攻撃が、ガリノミアの顔面へと襲いかかる。
……だが、その攻撃をガリノミアは最小限の動きで躱した。そして──
「がッ……ッ……!?」
肉厚な拳が、グレイの腹部へとめり込んでいた。そして、前のめりとなったグレイの後頭部を掴み取り、そのまま勢いよく地へ叩きつける。
それと同時に左腕の関節を極められ、ガリノミアの膝が背を押さえつけている。
「貴方は勘違いをしています。堕落し、加護は薄れ、かつての力は見る影も無くなった。ですが、それでもなお……『ロヴァニア帝国は大国』なのですよ」
「くッ……」
「アーギル紋は強力ですが、弱点もあります。丹田や脊髄といった魔力が集約する箇所に打撃を受けると、一時的に麻痺状態となる。特に貴方のような、身体と紋が一体化していない若者はね」
「お、おっさん……何もんだよッ」
「ただのしがない公爵ですよ」
拘束を解き、立ち上がったガリノミアは疲弊した表情で溜息をつき、噴き出た汗をハンカチで拭っている。
解放されたグレイは即座に立ち上がり構え直した。その様相に、ダメージは感じられない。
「貴方から油断と慢心は消え去り、わたくしはこの有様です。次に戦えば、わたくしは負けるでしょう。さて、続きをご所望ですかな?」
あくまで紳士的な態度に、グレイは苛立ちを隠せず歯を鳴らした。だがすぐに、腕を下ろし不機嫌なまま顔を背ける。
「……いや、いい。おっさんの勝ちだ」
このグレイの言葉に、ガリノミアは満面の笑みとなり手を打ち鳴らした。
「ほっほっほ。勝敗の如何に関わらず、戦いの結果は素直に受け入れる。貴方は実に『ロヴァニア的』ですよ」
ロヴァニアの公爵として賛辞を送り、ガリノミアはバルドリクと視線を交わした。
バルドリクに交戦の意思はない。静かにガリノミアへと歩み寄り──
「話を聞きたい」
「かしこまりました。では、商談を始めましょう──」




