第5話:鎖を断つ者
死んでしまった両親の代わりに、妹を守るために、奴隷として戦い続けてきた少年・ドレイク。
辛く苛烈な日々を生き抜いてきたドレイクの未来に、ついに一筋の光が差し込み始めた。
長年ドレイクを縛ってきた莫大な借金。それが全て返済されたのだと、目付け役であるモーガンが告げたのだった。
「ほ……ほんとに? 全部終わったの……モーガン……?」
「……ッ、お兄ちゃん!」
涙を浮かべ呆然とするドレイクの手を、ミレイアが涙を流しながら握りしめる。
二人の間を阻む鉄格子が、抱きしめ合うことを許さない。それでもミレイアは、祈るように兄の手に額を擦り付けた。
「あぁ。八百長とはいえ、一歩間違えば死の危険だってある。気が緩まないよう、残額のことは黙ってたが……もう言っても構わないだろう。長いこと本当にご苦労だったな、ドレイク」
後見人として二人の行く末を見守ってきたモーガンは、いつしか心を通わせ親友として二人を支えてきた。その証拠に、二人の肩に手を置くモーガンの目にも、涙が滲んでいた。
「……ありがとう、モーガン。君がいなかったら……ぼくらはどうなっていたか……」
「なに言ってんだよ水くさい。でもなドレイク、まだ全てが終わったわけじゃないんだからな」
モーガンの言葉を受け、ドレイクは表情を引き締めて頷いた。
奴隷戦士として戦い続けてきたドレイクは、このモーガンの言葉の意味をしっかりと理解していた。
「奴隷戦士として登録された人間が解放される条件は、『全ての鉄輪を外す』か『死』しかない。四肢を失って鉄輪すら嵌められなくなった奴もいるが、そいつは落伍者の烙印を押されて物乞いにでもなるしかない。お前はこれから、誰が相手だろうと勝ち続けて鉄輪を全て外すんだ」
鉄輪を全て外すことができれば、闘技場のルールに則って『奴隷』ではなくなる。解放戦に臨み上を目指すこともでき、市民に戻ることも可能だ。
ドレイクに解放戦へ臨む意思はない。つまり、鉄輪を全て外した時点でドレイクは自由となるのだ。
だが、モーガンには一つだけ懸念があった。
「……お前は優しいからな。鉄輪が四つの相手と当たると、勝ちを譲っちまうだろ。どんな形であれ人を殺したくないという、お前とミレイアちゃんの想いは分かってる」
「……うん」
ドレイクは、依頼とは関係なく、相手によっては勝利を譲ることがあった。この闘技場には、ドレイクと同じく借金で奴隷戦士を強要されている者も多くいる。
そんな彼らが生き延びられるように、ドレイクは自分の勝利を譲り続けてきたのだ。
「リーチ同士の戦いなんて、これまでもなかったから杞憂だとは思うが……とにかく次は全力で勝て。鉄輪を三つに減らせば、後はお前の判断に任せるからさ」
「分かったよ。でも……そううまく勝てるか分からないけど……」
ドレイクは、苦笑しながら両手を上げた。
その手首には、鈍く光る鉄輪が一つずつ。同じものが両足首にもあり、合計四つ。
鉄輪の重さは約5kg。つまり、20kgの重りを付けたまま、ドレイクは次戦を戦わなければならないのだ。
だが、不安げなドレイクとは対称的に、モーガンは微塵も心配していない様子だ。
「そんな鉄輪、お前にとっちゃハンデにもならないだろ。いいかドレイク……お前は強い。誰よりも強いんだ。八百長試合だって、お前の強さの裏付けなんだよ。誰にだってできるわけじゃないんだ」
「モーガン……」
「俺も長いこと闘技場で戦士を見てきたけど、お前より強い奴は見たことないぜ。お前に足りないのは自信だけだ。ミレイアちゃんのためにも、自分を信じて戦え。そうすれば、お前は誰にも負けないさ」
モーガンの言葉には、心からの信頼が込められていた。事実、ドレイクは武闘派だった父に仕込まれた戦闘技術ゆえか、それとも生まれ持った才能なのか、類稀なる戦闘力を有していた。
そんな親友からの熱を感じたドレイクは、照れくさそうに頬を掻いている。
「ったく。控えめなのがお前の良いところでもあるんだが、闘技場ではちゃんとしてくれよ? 【断鎖のドレイク】さんよ」
「……その呼び名、あんまり好きじゃないんだけどなぁ」
【断鎖のドレイク】──このエボル闘技場において、観客がドレイクに付けた異名である。
一見すれば屈強な戦士を彷彿とさせる異名だが、その真の意味は揶揄的なものだった。
ドレイクは、時として勝利を譲る戦士だ。それを観客も、他の奴隷戦士も知っている。
特に鉄輪が四つの戦士との戦績は、勝率0%……全て敗北している。
闘技場での勝敗は賭けの対象にもなっている。観客からしてみれば、ドレイクほど勝敗を予想しやすい戦士はいない。
そして同じ奴隷戦士からしても、ドレイクは鉄輪を減らせる絶好の相手だった。
敵の鉄輪を外してくれる者……『鎖を断ってくれる者』としての異名。
それは賞賛でも誇りでもない。
優しすぎる……甘すぎる傀儡の戦士への嘲笑。
これこそが、『断鎖のドレイク』の真の意味だった────。