第2話:プリマテラピー
「さ、お姉さんに話してごらん!」
全ての不安を払拭してくれるような笑顔に、強がる気も、誤魔化す気もなくなっていく。
胸の奥に貼りついていた重たい影が、少しずつ溶けていくような感覚だった。
「昨日……たくさん遊んだよね」
「うん」
「すごく楽しかった。でも……」
「うん」
「怖いんだ……ぼくは戦わなくちゃいけないのに……戦う気力が削がれていくようで……」
「……うん」
「戦わなくちゃいけないのにッ……ぼくは、もっと遊びたいなんて考えてる……そんなこと許されるはずないのにッ」
ミレイアの為に戦うと息巻いておきながら、ぼくは平穏に逃げようとしている。
今のぼくを見て、プリ姉は何を思うだろうか。
軽蔑するだろうか。
幻滅するだろうか。
嫌われて……しまうだろうか。
「──嫌いになったりしないよ。絶対に」
「え……」
ぼくは思わず顔を上げた。真っ直ぐに見つめ返してくるラベンダー色の瞳に、胸の奥がきゅっと熱くなる。
「昨日の思い出とミレーちゃんを、引き換えにしてもいいとドレーくんは思ってる。それで悩んでるんだよね?」
「……うん」
そうだ。だからこそ、ミレイアを蔑ろにする自分が情けなくて、プリ姉に薄情なやつと思われる事が怖くて……。
「くふふ。アタイは嬉しいんだよ、ドレーくん」
「うれしい……?」
「そうだよぉ。アタイと遊んだことで、それだけ幸せを感じてくれたのが嬉しいの! ……ミレーちゃんには少し悪いけどねッ」
プリ姉はほっぺたをほんのり紅くして、少しバツが悪そうに笑っている。
「ドレーくんは、幸せに慣れてないんだね。だから罪悪感なんて抱いちゃう。でもねドレーくん、幸せになる権利は誰にでもある。それはちっとも悪いことじゃないんだよぉ」
「でも……ぼくだけが……」
「ねぇ、ドレーくん。ミレーちゃんは、いつも笑顔だったよぉ。決して楽な暮らしじゃなかった。それなのに、ミレーちゃんは笑ってた。なんでだと思う?」
ミレイアが笑ってた理由──
ミレイアがぼくに会いに来る時は必ず笑顔だった。
兄妹の面会なのだからあまり気にした事はなかったけど、街での出来事を嬉しそうに語ってくれた。
街を綺麗にするのはやりがいがあるとか、街の人がお菓子をくれたとか……そして、最近お姉ちゃんのような親友ができたとも。
そうか。それがプリ姉だったんだ。
ぼくはミレイアが無事に過ごせてる事に安心して、話の内容は疎かにしていた。今になって気付くなんて、つくづく自分は馬鹿だと思う。
でも……決して作り笑顔じゃないミレイアの顔を見ることで、ぼくは安心して戦いに集中することができたんだ。
「ミレーちゃんは、ドレーくんからもらった生活を心の底から楽しんでた。そしてそれが、ドレーくんの為になるって分かってたんだよぉ」
……プリ姉の言う通りだ。
ミレイアの笑顔を見るだけでぼくは、戦う事ができたんだ。
「自分は苦労してるのに、笑ってるミレーちゃんを見て疎ましく思った?」
「そ、そんなことはッ──」
思うはずがない。
ぼくの望みは、ミレイアが笑って暮らせる生活……それだけだった。そのためにぼくは戦い続けてきたんだ。
「ミレーちゃんも一緒だよ。ドレーくんが楽しい時も笑えなかったら、ミレーちゃんが安心できないでしょ?」
返す言葉もない。
いや、返す必要もなかった。
まるでお母さんのように諭してくれるプリ姉の言葉に、ぼくはただゆっくりと頷いた。
「楽しい時は笑う! 幸せが明日への原動力になるッ、戦う力になるんだよぉ!」
握りしめた拳を掲げ、覇気のある声と共に足を踏み出す。鼻息を荒くして天井を仰いでいる。
「だからさ──」
掲げた拳をゆっくりと下ろしながら発せられた声は、どこまでも優しくて──
「二人でいっぱい笑って、笑顔でミレーちゃんを迎えに行こうね」
──ぼくに幸せと、戦う決意を与えてくれた。




