ジャーナリスト育成録【後編】
テーブルに置かれた遊戯板に、白と黒の兵士が整列している。
まるで戦場の縮図のように、悠然と並んだ駒たちが静かに出陣を待っていた。
始まってしまったドレイクとプリメッタの真剣勝負。
困惑気味のドレイクに対し、プリメッタの表情は既に勝ち誇っていた。
「ドレーくん。チェスのルールは知ってる?」
「子供の頃に父とやったきりだけど、一応は……」
「よしよし。それじゃあ時間も限られてるし、ブリッツ形式で始めようか!」
自信ありげに白のポーンをつまみ上げ、歩を進ませる。
開戦の合図──プリメッタは腕を組み、胸を張りながらドレイクの動向を伺った。
(くっふっふ。アタイ、チェスじゃ負け無しなんだよねぇ。先を読み、瞬時に適切な判断を下す……ジャーナリストとして当然の嗜みなんだよぉ)
抑えきれぬ勝利の確信が、プリメッタの表情からありありと滲み出ている。
そんな事とは露知らず、初心者に近いドレイクは、自信なさげにポーンを手に取り、おずおずと駒を進めるのであった───。
☆
──1時間後
「チェックで」
「なぜじゃあ! なぜ勝てんッ!?」
連戦連敗。天より高い自信という壁が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
「うぅぅ〜、自信あったのにぃ……」
「だ、大丈夫?」
項垂れるプリメッタを気遣うドレイク。だが、そんなドレイクにプリメッタは、目を吊り上げて掴みかかるのであった。
「くらぁ! ドレイク! こーゆー時は、さりげなく負けて女の子に華を持たせるものなんだよぉ!!」
「ご、ごめんッ。じゃあ次は負けるから、もう一回やろう!」
「なに宣言しとんじゃい!」
ひとしきりツッコミを済ませ、プリメッタは自分の敗因を考えていた。
まるで、自分がどう動くか分かっているかのようなドレイクの指し手。初心者とは思えないその強さに、プリメッタは一つの仮説を立てていた。
(昔のロヴァニア帝国では、武力だけじゃなくて戦略・戦術に特化した人間も生まれてたんだよね。ドレーくんがオルドフェルムで生き残ってこれたのも、瞬時に戦術を組み立てる洞察力と判断力が優れているからなのかも)
今では薄れてしまった『タイロス神の加護』。
だが、ロウソクの火が最後に激しく燃えるように、消えかかっていた加護が一人に集中して発現した可能性を、プリメッタは感じていた。
(……ううん、違う。これは、ドレーくんが戦士として培ってきた力。『加護』だなんて言葉で片付けたら、失礼だよね!)
これはドレイクの努力の賜物。そう結論づけ、プリメッタは静かに微笑みを浮かべた。
そして──
「とにかく、チェスはもうおしまい! 次はこれで勝負だよぉ!」
「トランプ?」
次にプリメッタが手にしたのは、カードゲームの代名詞とでも言うべき『トランプ』だった。
崩れさったはずの自信は一瞬で修復し、プリメッタは含んだ笑いを浮かべながらカードを切っている。
「くっふっふ、ドレーくん。君に、このプリメッタ様の真髄を見せてあげるよぉ」
「い、一体何を?」
ディーラーさながらにカードを操り、プリメッタが素早く抜き取った一枚のカード。
道化師が描かれたカードをドレイクに見せつけ、プリメッタは高らかに宣言した。
「ドレーくん! ババ抜きで勝負だよぉ!」
「ババ抜きかぁ。ミレイアとやったことあるよ!」
よく知るカードゲームに安心したのか、ドレイクの表情がパッと明るくなる。
それに対し、プリメッタは口元を抑えながら笑いを堪えていた────。
☆
──1時間後
「いぇーい! またアタイの勝ち〜!」
「つ、強すぎる……ッ」
連戦連勝。自信という壁の上で仁王立ちし、鼻を高くするプリメッタがそこにいた。
「も〜、ドレーくん~。手加減なんてしなくていいんだよぉ?」
「もう一回! もう一回だけお願い!」
「しょうがないなぁ。お姉さんが付き合ってあげるよぉ」
感情や思考を察知することができるプリメッタに、心理戦を主とするババ抜きで勝てるはずがなかった。
だがドレイクは、何度負けても拗ねたり怒ることはなく、それどころか笑みさえ浮かべている。
勝ち負けよりも、プリメッタと賑やかに遊んでいることが何よりも楽しい。
そんな気持ちが伝わったのか、プリメッタもほのかに頬を染めて、満面の笑みでドレイクを迎え撃つのであった──。
☆
「それにしても、ドレーくんは表情に出過ぎだよぉ。そんなんじゃ、どれがババかすぐに分かっちゃうよぉ」
「自分じゃ冷静を装ってるつもりなんだけどなぁ」
「ドレーくんは皇帝になるんだから、ちょっとやそっとじゃ動揺しないようにしないと。あともう少し威厳ある態度を──」
上機嫌なプリメッタは、得意げに皇帝としての心得を説こうとした。だが、そこで新たな遊びを思いついたのであった。
「そうだ! 今のうちに、皇帝になった時の予行練習をしよう!」
「皇帝になった時の?」
「所作・立ち振る舞い、一人称から言葉遣いまで、皇帝として相応しいものを身に付けなくっちゃね!」
楽しそうに立ち上がり、プリメッタは椅子に座るドレイクの姿勢を手とり足とり変えていく。
「こ、これは?」
「くっふっふ、まずは座り方だね。ほらほら、足組んで。頬杖なんかもついちゃおうか!」
息遣いを感じるほどに密着するプリメッタに、流石のドレイクも頬を赤らめた。
フワリと鼻を撫でる石鹸の香りに、気恥ずかしさを感じて咄嗟に顔を背けてしまう。
小柄なプリメッタがドレイクの体勢を変えようというのだから、手を伸ばし密着するのもやむを得ないのだが──
「ち、近いよ。プリ姉……」
「近づいてんだよぉ! ほら、もっと背筋伸ばして」
「うん……」
(あらら、ドレーくん耳まで真っ赤。こういうので、恥ずかしがったりするんだぁ)
恥ずかしがるドレイクを見て、プリメッタの中で今までにない感情が芽生えようとしていた。
もっと恥ずかしがるドレイクを見てみたい……そんな感情が。
「よし、姿勢はこんなものかな! じゃあドレーくん、セリフ言ってみよぉ!」
「なんて言えばいいの?」
「まずは名乗りだね。『余が! ロヴァニア帝国皇帝、ドレイク・ゼイン・ロヴァニアである!』──はい、どうぞ!」
「……言わなきゃダメ?」
「だ〜めッ」
笑顔のまま拒否され、ドレイクは赤面したまま深呼吸をした。そしておずおずと口を開き──
「ぼ、ぼくが皇帝の……ど、ドレイクです……」
「こらぁ! セリフが全然違うよぉ! それに一人称は『ぼく』じゃなくて『余』だよ『余』!」
「うぅ……よっ、ヨガァ!」
「あはは! 裏返った! 緊張し過ぎだよぉ」
「は、恥ずかしいよ……プリ姉……」
(あぁん! ドレーきゅん、きゃわいい! なになに、どうしちゃったのアタイ!?)
それは母性から派生したイジりか、はたまた愛情の裏返しか……理由はさておき、プリメッタの追撃は止まらない。
「ほらほら。名乗りが終わったら、次は必殺技の詠唱いくからね。くっふっふ、沢山考えてあるから覚悟しろよぉ〜」
「そ、そんなぁ!」
決まった答えなんてつまらない。
勝敗も理由もどうでもいい。
気の合う二人の間には、チェスもトランプもただのきっかけ。
全ての動きが、言葉が……心を繋ぐ絆となる。
それを証明するかのように、二人が遊ぶ部屋からは、絶えず笑い声が聞こえていたとさ────。




