終章:嫉妬の皇帝【後編】
「ガバッ……ゴッ……ッ────ッッ!?」
容器内は液体で満たされ、アクエリアは空気を吐き出しながら激しくもがいている。
──このままでは死ぬ。
それは最期のあがき。アクエリアは認識したばかりの共鳴魔力『水』を操り、容器を破壊しようとイメージした。
だが──
「その液体を操ろうとしても無駄だよ。様々な物質と魔力が入り交じったこの液体は、強力な共鳴阻害を引き起こす。それらと純水を選り分ける繊細な魔力操作は……君には無理だろうね」
「共鳴魔力には『吸収』・『操作』・『生成』の三つがありまス。あなたが出来るのは操作だけで、水を魔力に変えることも、魔力を水に変えることも出来ませン」
希望が消えていく。代わりに、燃えるような感情が芽生え始めていた。
恐怖、怒り……そして殺意。際限なく溢れ出す感情に、自身の身体が張り裂けそうな窮屈感を感じる。
そしてそれを抑え込むような……強い圧迫感も。
「魔力とは魂から生み出される力。だが、本当に重要なのはそれを抑え込む『器』なのだ。つまり、器は魔力の増減に耐えうる堅牢性を持たねばならない」
「今あなたが入っている容器やゴーレムも、それを想定して造られていまス」
「生物史上、『感情』を魔力に変える事が出来るのは人間だけだ。それはあのM・Dでも叶わぬ奇跡。そして、数ある感情の中で最も魔力を生み出すのが……殺意なのだよ」
容器越しに、もがき苦しむアクエリアの胸をトントンと叩き、クラウリーは心臓を握りつぶすかのように拳を握りしめた。
「身を焦がす程の殺意から生み出される魔力は、肉体という器のキャパシティを容易に超えてしまう。殺意を抑えるための器……それは、殺意をもって生み出すしかない」
アクエリアの身体に無数の裂け目が生じ、血と共に黒い瘴気が溢れ出す。
だが、それが拡散することはなく、まるで抑えつけられるようにアクエリアの身体を包み込んでいく。
「その器こそが魂の武具レガリア。だが、未熟な者はレガリアを形成できずに、魂の変質がもたらす極限の痛みと共に、怪物へと変貌してしまう。今の君のようにね」
歪になっていくアクエリアだったモノ。
肌を刺すような殺意が、容器を越えて部屋に充満する。
しかし、クラウリーにもグラディアにも焦りはない。
それどころか、クラウリーは両手を広げて恍惚の表情を浮かべていた。
「だが安心したまえ! 君が怪物に変貌することはない!! きっちり私がコントロールしてみせるさ。君の髪も、眼も、感情もッ……余すことなく魔力に変換して器に収めてあげよう!」
昂っていく感情が、クラウリーの身体から魔力となって漏れ出していく。
そして、回避戦で金色に変化したドレイクの瞳のように、クラウリーの瞳も金色へと変化していた。
「弱者だった君は生まれ変わるッ! そう、君は──殺意の結晶として生まれ変わるのだよッ!!」
容器内は瘴気と気泡で満たされ、もがき暴れる音も聞こえない。
ただただ、広がろうとする力を抑えつけ圧縮する……不快な圧壊音だけが響きわっていた──。
「陛下、瞳が変色してますヨ。興奮し過ぎだロ」
「おっと、すまない。神域に至った者は、感情の昂りで瞳が金色に変貌してしまう……こればかりはどうにもね。あと、言葉遣いには気をつけたまえグラディア君」
音が止み、容器内では排水が始まっていた。白く濁った液体が取り除かれ、全貌が明らかとなる。
アクエリアの姿はどこにも見当たらない。
だが、代わりに輝く石が一つ……底で静かに転がっていた。
「あッあッあッ! 見たまえグラディア君! まるで陽光を浴びた湖畔のような輝き。そして、光が届かぬ湖底のような冷たさッ。陰陽入り交じった真の美……実に美しいと思わんかね!?」
「思いまス」
「これはただの石ではない。殺意によって固められた、共鳴魔力と破壊衝動を内包した魔石だ。これをゴーレムという使用者に持たせれば、人造型・玉璽保持者の誕生というわけだね」
「いつもなら、M・Dで共鳴魔力を鉱物に変換していますガ?」
「その必要はない。何度も言うが、アクエリア君の共鳴魔力は大当たりだ。わざわざそれを変換するような勿体ない真似はせんよ。それに、純正の共鳴魔力の方が強力だからね」
魔石となったアクエリアを拾い上げ、クラウリーはその輝きを存分に目に焼き付けた。
口端を歪め、ため息混じりの声が漏れ出ている。
「ゴーレムはその戦力でD~S級に区分しているが、アクエリア君は間違いなくA級の素質だ。A級のゴーレムは共鳴魔法をも駆使する特化戦力……本物の玉璽保持者と比較しても何の遜色もない」
アクエリアを両手で握りしめ、クラウリーは身体をくねらせながら回転を始めた。
「あぁ……見たい、試したいッ! アクエリア君がどんな戦い方をするのかッ、どうやって敵を屠るのか! そうは思わないかね、グラディア君!」
「思いまス。では、アクエリア君を解放戦に投入しますカ?」
「うーん。しかし、この前の解放戦ではC級のゴーレムにあっさり殺られたって言うじゃないか。せっかくのA級を、水溜まりで遊ばせてもねぇ……」
「なら、乙がテストしましょうカ?」
自らを『乙』と呼ぶグラディアの提案に、クラウリーは小刻みに肩を震わせながら、やれやれと首を振った。
「んッんッんッ。それこそ無駄というものだよ。アクエリア君が湖なら、グラディア君は大海だ。3秒と持つまいよ」
「残念でス。久しく戦闘行動を取っていないものデ」
「君も瞳の色が変わってるじゃないか。興奮し過ぎだよ。さーて、どこかに適度な相手はいないものかね」
「でしたら陛下、耳寄りな情報がありますゼ」
「なんだね、その言葉遣いは……。で、その情報とは?」
「実は、先日行われた回避戦で──」
呆れた表情のまま、クラウリーは指でアクエリアを弄んでいる。
だが、グラディアが告げた情報を耳にした瞬間に眼は見開かれ、再び金色へと変貌し始めていた。
「んッんッんッ、あッあッあッ!! それは朗報だね! 旧きロヴァニアを取り戻そうと国が、神がッ! 遂に動き出したのだ!!」
「戦いになりますカ?」
「もちろんだとも、グラディア君! これは揺り返しだッ。沈んだ分、でかい波がくるぞ! 帝国全土を飲み込む程の波がね!!」
「戦いこそが成長の促進剤。陛下が想い描く究極のゴーレム──【白甲】の完成も間近ですネ」
「そうだとも! 神との戦いが、私を更に成長させるだろう。そして超えるのだッ、あの忌々しいガスゴールを! あッあッあッ……くぁーかッかッかッ!!」
狂気の皇帝と、奴隷の少年。
顔も知らぬ離れた地で、奇しくも同時に互いの存在を知った。
「さぁ、昇ってくるがいいッ。神に雇われし兵よ! 私は君がやって来るのを、指折り数えて待っているよ!!」
決して逃さない。
そう告げるように、運命という名の鎖が二人を繋げ始めていた────。




