第11話:嫉妬の皇帝【中編】
アクエリアの身体をペタペタと触診するクラウリー。
髪を撫で、眼を覗き込み、指で何かを描きながら呪文のような言葉を呟いている。
「あ、あの……」
「……おっと、すまないねアクエリア君。君の共鳴魔力に目星をつけていたのだよ」
「共鳴魔力……?」
「人が持つ神秘の力のことだよ。だが、共鳴魔力は森羅万象・あらゆる概念にまで存在する。自らに共鳴する力を見つけるのは容易ではない。余程の運の持ち主か、神のみが成せる業と言えるだろう」
クラウリーの説明を黙って聞くアクエリアだが、およそ理解には程遠く、ただただ首を傾げている。
「しかぁし! 私なら君の共鳴魔力を見つけることができるッ。それはつまり……私が神の領域に達したという証明なのだよ!」
「陛下、マジ神域者」
グラディアのクラッカーから飛び出た祝福を、クラウリーは恍惚の表情で受け止めた。
手を広げ、自らが神であることを主張するように、全身をぷるぷると震わせている。
「ありがとう、グラディア君! さて……君の共鳴魔力を確定させる為には更なる検査が必要だ。もちろん協力してくれるね? 我が友よ」
「け、検査……?」
「共鳴魔力とは魂に刻まれし情報の一つ。魂には『色』というものがあり、それが特に色濃く現れるのが……【髪】と【眼】だ」
アクエリアの髪をつまみ上げ、目の前に突き出された指にアクエリアはビクリと身体を震わせた。
「特に眼は素晴らしい。魔力含有量が血液にも引けを取らず、魂情報の宝庫だ。しかも嬉しいことに、眼は二つある。一つを検査に使っても、もう一つは残る。素晴らしいと思わんかね、グラディア君!」
「思いまス」
「ま、まさかッ……俺の眼を……ッッ!?」
歯を打ち鳴らし、アクエリアの恐怖は最高潮へと達した。その恐怖を更に煽るように、クラウリーの口角がぎしりと歪んでいく。
「んッんッんッ。冗談、冗談だよ。眼は二つあるが、私は『二つしかない』と考える。私は二つしかない貴重な魔力器官を、検査に使ってしまうような凡愚ではない。髪を数本貰うよ。私にはこれで十分だ」
取り出したハサミでアクエリアの髪を切り取り、その髪を水晶装飾の施された試験具へと差し込んだ。
試験具に満たされた液体に髪が浸かると、内側に幾何学的な紋章が浮かび上がり、静かに回転を始める。
徐々に髪は液体へと溶けだしていき、試験具と繋がった水晶に数字の羅列が無数に表示されていく。
その数字を読み取ると、クラウリーは鼻息を荒くして拳を握りしめた。
「おぉ……おお! これはすごいッ!! アクエリア君! 君の共鳴魔力は【水】だ!!」
「え……?」
水という、人間なら誰しもが身近に感じる物質が共鳴魔力という僥倖。だが、当のアクエリアに実感はなく、ただ困惑している。
「共鳴魔力にはハズレが多く、持ち腐れになる事が大半でね。だが、君は水という身近な存在を操ることができる。当たりも当たりッ……大当たりだ! 君はまさに、選ばれし人間なのだよ!!」
「やったネ」
クラッカーの祝福が、アクエリアの頭上へと降り注ぐ。二人の祝福ムードに、アクエリアの顔が僅かに赤みを帯びた。
「選ばれし人間……俺に、そんな力が?」
「既に感じているはずだよ。君の身体に含まれる水分が、魂と共鳴し震える感覚を。神経を研ぎ澄まし、イメージしてみたまえ」
その言葉通り、アクエリアは自身の胸の辺りから波紋が広がる感覚を味わっていた。
しかもその波紋は、自分が思い描く道順で身体に広がっていく。
──操れる。
もし目の前に『水』があれば、想像を象ることができる。
もし目の前に『敵』がいれば、矢のように貫くこともできる。
「誇りたまえアクエリア君。認識さえしてしまえば、あとは成長も早い。魔力の成長に伴い、身体能力も向上していく。君が、今後オルドフェルムで負けることはないだろう」
アクエリアの手を取り、クラウリーは勇気を与えるかのように力強く握りしめた。
そしてアクエリアもまた、目端に涙を滲ませながら力強く握り返すのであった。
「へ、陛下……ありがとうございますッ。俺のためにこんな……」
「んッんッんッ。何を水臭いことを! 君の力になれて私も嬉しいよ! ……ところで、今アクエリア君の共鳴魔力と水臭いをかけたのだが、分かったかねグラディア君?」
「わかんねーヨ」
「言葉遣いには気をつけたまえ! さぁ、アクエリア君。来るべき実戦に備えて、最後の調整をしようではないか」
「はいッ」
握りしめられた手に導かれ、アクエリアは巨大な水槽のような容器へと案内された。
円柱型の容器にはおびただしい管が繋げられており、開かれた扉から中に入るように促される。
疑いもなくアクエリアが中へと入ると、軋む音を立てながらグラディアによって扉が閉じられた。
「陛下、これは一体……?」
「調整だよ。君が実戦で、共鳴魔力を上手に使う為のね」
クラウリーの目配せを合図に、グラディアが二つあるレバーの一つを下ろした。
管から流れ込む液体が、アクエリアがいる容器を満たしていく。
「えッ……えッ? 陛下、これはッ!?」
「その液体の成分は羊水と同じだ。生命誕生を支える重要な魔力溶水……生まれ変わる君にはもってこいだろう?」
「う、生まれ変わる?」
「おや? 『君は生まれ変わる』と……最初に私は言わなかったかな、グラディア君」
「言ってましタ」
空気が変わった。
さっきまでの混沌とした賑やかさは霧散し、室内の温度がひとつ、ふたつと下がっていく。
生命の匂いが薄れ、代わりに満ちるのは、冷たい静寂。
まるでここが人生の終着点……終わりを告げる死の淵のようで──
「ありがとう、グラディア君。では──始めようか」
クラウリーが指を鳴らすと、グラディアがもう一つのレバーに手をかけた。
そのレバーは血のように赤く、危険を報せる警告色として十分な禍々しさだった。
パニックに陥ったアクエリアの懇願が何度も響き、容器を叩く音は増水していく液体によって弱まっていく。
液体が容器内を満たし、声すら上げられなくなったその時……ガコリと不気味な音を立てながら、再誕のレバーは無慈悲に引き下ろされた────。




