第10話:嫉妬の皇帝【前編】
ガリさんの話を聞き終わり、ぼくの目指す道とガリさんの目指す道が同じなのだと認識できた。
このままではライザールとの戦争が始まってしまう。
プリ姉が言うには、帝国が勝つ確率はゼロ……絶対に起こしてはいけない戦いなんだ。
「クラウリーはライザール侵攻の軍備を進めつつあります。いずれにせよ、この国難に対処出来るのは玉璽保持者であるドレイク殿だけなのです」
正直言って……不安だ。
恐らく、クラウリー皇帝は玉璽保持者だ。
そして、ライザールには更に多くの玉璽保持者がいる。
ぼくと違って、彼らは歴戦の戦士だ。そんな彼らと、ぼくが渡り合うことができるだろうか……。
「返事は後日で結構です。プリメッタ嬢と相談したいこともあるでしょうからな。今日はこの部屋でゆっくりと休んでください。ミルタン、あとは頼みましたよ」
「かしこまりました」
ぼくの心中を察したのか、ガリさんは早々に部屋を出ていってしまった。きっと、気を使ってくれたんだと思う。
「紅茶を淹れて参ります」
扉が静かに閉まる音がし、部屋に残ったのはぼくとプリ姉だけとなった。
「プリ姉はさ、クラウリー皇帝のこと知ってるの?」
「有名な魔導具技師だからね~。ガスゴールの再来だなんて言われたこともあったけど、ガスゴール以上かって聞かれると、どうなんだろう……」
クラウリー皇帝は、ガスゴールに嫉妬している。きっと、いつも比べられてきたんだろう。
優秀だからこそ、優秀な人間と比べられる。その重圧は、きっと他人じゃ推し量れない。
「クラウリー皇帝……どんな人なんだろう」
ぼくが皇帝を目指すからには、クラウリー皇帝との戦いは避けられない。
でも……それでも、一度は話してみたい。
もしかしたら、話し合いで戦争を止められるかもしれない。
クラウリー皇帝が帝位にすら執着がないと言うなら、事情を話せば、ぼくが皇帝になるのに協力してくれるかもしれない。
──そんな、甘い考えは通用しない相手がこの世にはいる。
一度殺されて、ミレイアを失っていながらもまだ……ぼくは、そのことを分かっていなかったんだ。
★ ★ ★
多くの属国を保有するロヴァニア帝国。戦いの国と呼ばれる所以、その力の象徴として君臨する皇帝が座する『帝都オルデア』。
奴隷戦士が戦うオルドフェルムを語源とするこの帝都に、異端の皇帝クラウリーはいた。
帝都の中心にそびえ立つ荘厳な城の一区画は、クラウリーのラボとして機能している。
決して途切れることの無い駆動音。この場に立ち入れるのは皇帝と側近……そして奴隷のみ。
そこで何が行われているのか、知る者はいない。
時折聞こえてくるクラウリーの引き攣った笑いに恐れをなし、近寄ろうとする者は皆無だった。
そして今日もまた、クラウリーの不気味な笑い声がラボにこだましていた──。
★
「やあやあ、よく来てくれたね。えーと、君は奴隷戦士の……なんと言ったかな?」
深紅の皇帝衣の上から、無造作に羽織られた純白の白衣。その裾はわずかに焦げ、まるで狂気に取り憑かれた学者の装いだ。
年の頃は四十半ばほどだろうか。
肌は青白く、長き時を研究に費やしてきた証明のようにも見える。だがその眼光には冷たい輝きが宿っており、彼の理性と狂気の均衡を象徴しているようだった。
髪は灰銀色。手櫛で撫でつけただけの乱れ髪が、光を受けて白金のように艶めく。
無精髭ひとつない顎の線は鋭く、笑えばどこか優雅にさえ見えるが、その笑みに暖かさは感じられない。
この男こそがロヴァニア帝国皇帝──クラウリー・べゲットだった。
「ベシュパール地方の奴隷戦士、ガルドですヨ。陛下」
クラウリーの問に答えたのは、侍女服に身を包んだ女性だった。
月光を思わせる白い肌。その姿には、女の艶やかさに伴い完成された造形美が宿っている。
銀糸のような髪、淡い水色の瞳。瞳孔の奥には微かに六角結晶が浮かぶ。
「ありがとう、グラディア君。そうか、ガルド君か。ガルド君ねぇ……」
グラディアの言葉に頷きながら、クラウリーは奴隷戦士ガルドの顔をまじまじと眺めている。
ガルドに拘束は施されていない。だが、恐怖で彩られたその感情は、侍女のグラディアへと向けられていた。
カタカタと震えながらも、ガルドには逃げ出す素振りすら感じられない。
「うーん。ガルドって感じじゃないんだよねぇ、君。そうだ、今日から君は『アクエリア』だ。改名したまえ」
「は、あ……え?」
突然の改名に困惑するガルド改めアクエリア。当の本人の困惑など意に介さず、クラウリーは満足そうに何度も頷いている。
「私の祖国エルキオンでは、言葉には力が宿ると考えられている。それは迷信でもなんでもなく、純然たる事実なのだ。私が君の親なら、ガルドなどという名前は絶対に付けない。喜びたまえアクエリア君。君は、新たな力を宿したのだよ!」
「は、はぁ……」
「陛下。アクエリアは女性寄りの名前じゃねーノ?」
「なぁに、去勢すれば問題ないだろう? それと言葉遣いには気をつけたまえ、グラディア君」
「ひッ──」
涼しげに言い放つクラウリーの言葉に、アクエリアはくぐもった悲鳴を漏らした。
だがクラウリーは、そんなアクエリアの反応に気を良くしたのか、小刻みに肩を揺らすのであった。
「んッんッんッ。冗談だよ! さぁ、ウィットなジョークで場も和み、親交も深まった。私達は友と言っても差し支えないだろう。さてさて、友であるアクエリア君に素敵な提案があるのだが──」
「お、俺を……どうする気なんですか?」
親しげに触れてくるクラウリーに、アクエリアは不気味さを覚え戦慄した。
だが、クラウリー本人はあくまで紳士的に、そしてフレンドリーに事を進める。
「君はオルドフェルムで敗北し、既に鉄輪が四つ目だ。次に敗北すれば、回避戦へと送り込まれ十中八九死ぬことになる。そんな未来は嫌だろう?」
「そ、それは……」
「安心したまえアクエリア君! 私が、その悲惨な未来を変えてやろう! 君は生まれ変わるッ。この……錬金王クラウリーの手によってね!!」
「ぱちぱちぱち」
グラディアの拍手が虚しくこだまする中、アクエリアは口を開けて首を傾げている。
二人が作り出す空気に、まるでついて来れていない様子だ。
戦士としては三流のアクエリア。このままでは、クラウリーの言う未来が待っている。
魔導具技師として、皇帝として……そんな未来を変えてみせる。
今まさに、『クラウリーの善意』という悪意に満ちた実験が始まろうとしていた──。




