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第4話:没落貴族

 ロヴァニア帝国が支配する数多の小国──その一国に設けられた闘技場。その名は『エボル闘技場』。


 かつては国政に関わるものを選定するための神聖な闘いの場、力ある者を高みに導く神審の場とされた。

 だが今では、貴族が身内を出世させるための踏み台となり、賭博と八百長が蔓延る、国の堕落を象徴する場と化していた。


 そんなエボル闘技場の地下にある奴隷の居住区、通称アッシュゲート。

 湿った石壁と錆びた鉄格子、陰鬱な空気が漂う牢屋まがいの施設に、黒髪の少年・ドレイクはいた。


 本来、奴隷と外部の接触は宗教関係者に限られている。だが、ドレイクの牢屋の前には、二人の男女の姿が見受けられた。





「お兄ちゃん、痛くない?」

 

「うん、大丈夫だよ」



 白い修道服をまとった黒髪の少女が、鉄格子越しにドレイクの傷付いた腕に手を添えている。少女の掌から暖かな光が溢れ、血の滲んだ傷を優しく包み込んでいく。


 やがて光が消える頃には、腕の傷は見る影もなく消えていた。



「これで大丈夫かな」

 

「ありがとう、ミレイア」


 

 ドレイクは少女の手に、自分の手をそっと重ねた。

 ミレイアと呼ばれた少女は、兄の感謝にふわりと笑顔を浮かべる。

 そんな二人の様子を、鉄格子に寄りかかった金髪の青年が嬉しそうに、そして呆れたように眺めている。



「おいおい。兄妹でイチャつくのもいいけどよぉ、俺もいるんだからほどほどにな」



 揶揄うような青年の口調に、手を握り合っていた二人は顔を赤くして手を離した。



「も、モーガン! なんてこと言うんだ……ッ!」

「〜〜〜〜ッ」



 鉄格子を握りしめ、モーガンと呼ばれた青年に詰め寄る兄ドレイク。そして、妹ミレイアは真っ赤になった顔を両手で覆い隠しながらモジモジと身体をくねらせている。


 そんな二人を見て、モーガンは腹を抱えて愉快そうに笑い出した。



「ぷっはっは! いやぁ、ほんと仲がいいなぁお前らは。その見事な治癒魔法も、ミレイアちゃんの愛が成せる業ってところかな?」

「モーガン!」


「おっとっと。まぁ揶揄うのはこれくらいにしとくか。ミレイアちゃんと違って、俺は賄賂で面会の目溢ししてもらってるんだからな。本題に入るとしよう」



 手をひらひらと振りながら(おど)けるモーガンであったが、すぐに真剣な眼差しとなり、鉄格子を強く握りしめながらドレイクに向き直った。



「昨日はいい負けっぷりだったなドレイク。興行としては大成功……相手のボンボンの格も上がったって、親御さんが喜んでたぜ」



 先日行われた試合で、ドレイクの相手は貴族の息子だった。ドレイクと見応えのある攻防を繰り広げ、最終的には傷を負って倒れたドレイクの負けとなった。

 この勝敗によって、貴族の息子は全ての鉄輪から解放され『解放戦』へと臨むことに。そしてドレイクは────



「うん。でも……ぼくの鉄輪は四つになっちゃった。次に負けたらぼくは……」



 深刻そうに顔を伏せるドレイクの四肢には、黒光りする鉄輪が四つ嵌められていた。

 鉄の秩序(オルドフェルム)と呼ばれるこの闘いにおいて、鉄輪が五つになったものは『回避戦』という名の処刑が待っている。


 ドレイクは、常に鉄輪をニつか三つに保ってきた。

 四つになれば死の危険性が高まる。そして一つになれば、国政への足がかりとなってしまう。


 事情があってどちらも望まぬドレイクにとって、八百長で勝敗を調整することが、命を守る処世術となっていたのだ。



「タイミングの悪い申し出だったが、受けて正解だった。でもな、ドレイク……次は絶対に勝たなきゃならねぇぞ」



 モーガンの視線が、黙って兄を見守るミレイアに向けられる。

 

 妹のためにも、死ぬわけにはいかない。

 その意図を察したドレイクは目を閉じ、静かに頷いた。





 ドレイクとミレイアは、元は『ゼイン』という名の中流貴族の子供だった。

 

 父は、実力主義を信奉する武闘派の人物。

 利権を守ろうとする保守派と対立し、ついには罠に嵌められて莫大な借金を負わされ、罪をでっち上げられて自害へと追い込まれた。

 

 父の後を追うように母も病死し、ゼイン家は取り潰され、残されたのは幼き兄妹と借金だけだった。



 兄妹の役目は、その若さを売ることで借金を返済していくこと。

 妹を溺愛するドレイクは、『自分はどのような目に遭っても構わない。だから妹だけは助けてほしい』と懇願し続けた。



 当時10歳のドレイクの言葉など誰も取り合わない……そう思われた。

 

 だが、ある貴族がドレイクの願いを聞き届けた。


 ドレイクは闘技場の奴隷戦士として登録され、貴族の意のままに戦う戦士となった。

 ミレイアは小さな修道院へと預けられ、祈りを捧げる修道女となった。

 

 そして、そんな二人の目付け役として付き添うことになったのが、この陽気な青年モーガンだった。




 

「鉄輪三つのお前にとっちゃ、昨日の試合も負けられなかったんだろう。でもな、さっきも言ったけど相手方が随分喜んでな。報酬の上乗せをしてくれたんだよ。しかも結構な額をな」

 

「え……ほんと?」



 貴族との密約……この八百長試合によって、ドレイクはモーガンを通して別途報酬を受けていた。無論、その報酬は借金の返済へと充てられる。

 ドレイクにとって、報酬の上乗せは願ってもないことだ。しかし、目端に涙を浮かべるモーガンの表情は、その報酬以上の喜びを表していた。





「危険を冒した甲斐があったんだよ、ドレイク! お前の借金は、もう無い……鉄輪を全て外せば、お前は自由の身になれるんだよ!!」

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