第6話:先見の明
「手を組む……? あの、それは一体……」
「言葉通りの意味ですよ。ドレイク殿、わたくしと手を組み、共にロヴァニアの頂点を目指そうではありませんか」
困惑するぼくに、レイス公……えーと、ガリさんの方がいいのかな?
ガリさんは、一切の揺らぎがない瞳でぼくを見据えている。口元に笑みは浮かべているけど、言葉から伝わってくる空気は真剣そのものだ。
「プリ姉……どうしよう」
「いいと思うよぉ。この人、嘘は言ってないしアタイらを下にも見てない。本気で対等の関係を築こうとしてるね」
蜂蜜をパクつきながら、プリ姉はあっけらかんと言い放った。
公爵が奴隷のぼくと対等な関係を?
今までの僅かな会話で、プリ姉はそこまで感じ取ったのだろうか……うーん、凄いよプリ姉!
「そもそも、『レイス』ってモーガンが働いてる屋敷のご主人様じゃん。ってことは、ドレーくんの借金を肩代わりしたのもガリ公ってことなんでしょ?」
「え!?」
ミレイアが売られそうになって、ぼくは泣き叫びながら必死にそれを止めようとした。
ぼくはどうなっても構わない。奴隷にでもなんでもなるから、ミレイアだけは助けて欲しい──
そう懇願し続けた。
そして、その願いをある貴族が聞き届けてくれた。
ぼくは奴隷戦士として戦うことになり、ミレイアはセルミア教のシスターとして生きることになった。そしてぼくたちは……モーガンと出会ったんだ。
「そこまで調べていらっしゃるとは、いやはや感服しましたぞ。プリメッタ嬢、あなたはただの修道女ではありませんな?」
「くっふっふ。ジャーナリストを舐めてもらっちゃあ困るんだよぉ。神秘性が増すから、アタイの正体は秘密だけどね!」
いま、正体を明かした気がするけど……。でも、いまはそれよりも──
「あなたがぼくたちを……本当にありがとうございますッ」
「……正直言って、恨まれてると思いましたよ。奴隷戦士という過酷な道へ突き落とした張本人として」
「そんなッ、恨むだなんて! あなたがいなければミレイアは……それに、モーガンに出会うことができました」
「わたくしの財力があれば、無条件で貴方たち兄妹を救うこともできた。ですが、わたくしはそれをせずに貴方を奴隷にした。その事を理不尽に思わないのですか?」
「ぼくはどうなっても構わない……そう叫び続けました。ぼくの願いを叶えてくれたあなたには、感謝してるんです」
嘘偽りのない本心を、ぼくはガリさんに話した。もしぼくが恨んでいると思っているのなら、それは間違いだって伝えたかったんだ。
でも、ガリさんの表情は明るくない。ぼくの言葉を受け、曇った表情で目を伏せている。
「……貴方は優しすぎますね」
「え?」
ボソリと呟かれた言葉を、ぼくは聞き取ることができなかった。
「いえ、なんでもありません。ドレイク殿、互いに遺恨がないのであれば、もはやこの同盟を遮るものは何もありません。如何ですかな?」
プリ姉もいいって言ってるし、公爵という立場の人が味方になってくれるなら、これほど心強いことはない。
でも──
「なんで、ぼくと手を組むんですか?」
「先日、貴方が回避戦で見せた力……あれこそが王の力と呼ばれるレガリア。この国で、レガリアを知る者はほとんどいません。かく言うわたくしも、文献で知るのみで実物を見たのは初めてですが」
「ガリさんも、回避戦を見てたんですか?」
「えぇ。会場ではなく、アッシュゲート内に造られた特別室から見ていました。この部屋も、貴族用に造られた一室なのですよ」
なるほど。貴族関係者は、この豪華な部屋で食事でもしながら戦いを観戦していたのかも。
それにしても意外だった。ぼくの戦いを見て、自分から接触して来る人がいるなんて。
「ドレイク殿、貴方の考えは分かりますよ。貴方の戦いを見て、このロヴァニアは大きく揺れ動いています」
ガリさんはゆっくりと歩き出し、言葉と共に指を折り数え始めた。
「無関心を装う者、逃げ出す者、排除しようとする者……そして、引き入れようとする者。ですが、今はまだ思案している最中。誰も現実味が無いのでしょうな」
足を止め、折られた指を開いて自分の胸に添える。その仕草はまるで、自分は違うと物語っているように、優雅で自信に溢れた所作だった。
「わたくしは商人の出でしてな。時流を読み、先見の明を以て機を掴むことにかけては、右に出る者はいないと自負しております」
「機……ですか?」
「勝ち馬に乗るのが商売の鉄則です。わたくしはそうやって今日まで生き延びて来ました。他の者たちが尻込みをしている間に、わたくしを船に乗せてもらいたいのですよ。貴方という船にね」
「それって……」
ガリさんは、ぼくが皇帝を目指していることを知っているのだろうか?
ぼくは、タイロス神の言葉を思い出していた。神託者についての、あの言葉を──
『──向こうから自ずと現れよう』
タイロス神の神託者って、もしかして……。




