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神の傭兵 ~ Twin ✕ Oblivion ~  作者: コーポ6℃
第三章:奴隷からの脱却
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第2話:あさごはん【後編】

 色々とやらかしたぼくに、食事を持ってきてくれるのか……そんな心配をよそに、二人分の食事がちゃんと運ばれてきた。


 運んできてくれた衛兵さんは、かなり怯えた感じだった。ぼくがお礼を言うと、びくりと身体を震わせて、小さく返事をして足早に去って行った。


 自分がしたことを考えれば当然の反応だけど……粗末に扱われるより傷付くかもしれない。



 運ばれてきた食事は、いつもと変わらない内容だった。

 ぼくはこの食事を朝に一回、6年もの間ずっと食べてきた。


 奴隷戦士にとっては、唯一とも言える栄養源。

 ぼくは慣れてる。でも、プリ姉は──





「まっず!!」

「はは。だよね」



 うん、不味いと思う。


 プリ姉が口にしたのは、豚の内臓と豆をごった煮にした塩スープだ。内臓自体に臭みがあるし、味付けが塩だけな上に結構濃いめに作られている。初めて食べた時は、生臭い血を飲んでるのかと錯覚したよ。



「このスープを作ったのは誰だぁ! こんなの食材への冒涜だよぉ!」

 

「でも、豆も入ってるから栄養はあるんだよね。一応パンもついてるし」



 食事には、塩スープ以外にもう一品付いている。

 それがこのパン……人を殴り殺すこともできる硬度を誇る黒パンだ。



()ったぁ! なにこれ石じゃん!」

 

「硬いよねぇ。だからスープに浸してから食べるといいよ」



 剣より黒パンで戦った方が勝率が上がる。


 奴隷戦士がそう噂するほど、この黒パンは硬い。そのまま食べようとして、歯が欠けた人がいるほどだ。



「せっかくのパンを、こんな不味いスープに浸したくないよぉ」



 プリ姉は、そんな黒パンに果敢に齧り付いて咀嚼している。んーむ、凄い咬筋力だ。

 でも──



「パンも不味ぅい! 酸っぱくて苦い……腐ってるんじゃ、これ……」

 

「ぼくも初めは腐ってるのかと思ったよ。一応、麦と酵母の味らしいけど……まぁ栄養はあるから」



 そう、栄養はある。

 生きるために、自分に言い聞かせながらこの食事を食べ続けてきた。


 そうでもしないと、不味くて到底食べれない食事。

 でも……文句を言いながら口いっぱいに頬張るプリ姉がいるだけで、自然とぼくもスプーンが進む。



「あぉ……うぐ……まずッ……むォ……ッ」

 

「ぷ、プリ姉ッ……くくくッ……な、なんて声出してるのッ……」



 空腹と拒絶の狭間から捻り出されたプリ姉の声が面白すぎて、お腹がよじれそうだ。



「ふふ。プリ姉、ネズミみたいになってるよ」

 

「誰がネズミじゃい! もっと他に例えがあるでしょーが!」



「ご、ごめん。前に、プリ姉がせめてネズミって言うから……」

 

「まったくもう、ふふ。ドレーくんは真面目というか馬鹿正直というか、もう少し柔軟に対応してかないとダメだよぉ? リスとかハムスターとか可愛いのがいるんだから」


 

「リスだね。うん、分かったよ」

 

「うんうん。その調子で、聖女様に相応しい例えを学び給え」



「聖女様?」

 

「おっと、まだ聖女じゃなかった! ごほん……それにしても量は多いんだね。ありがた迷惑だよぉ」

 

「一日一回だからね。たっぷり食べておかなきゃ」



 この食事を食べ、お呼びが掛かれば闘技場へと赴いて戦いに臨む。それが奴隷戦士の一日の流れだ。

 



「聖女といえば、セルミア教は食事の前に祈るんじゃなかった?」

 

「食事はその日の始まりと終わり。それを女神様に感謝して祈りを捧げるワケだけど、このご飯が女神様による賜物だって言うんなら、祈りの代わりにこいつをくれてやるよぉ」



 プリ姉が、何度も顎を撃ち抜くようなパンチを繰り返している。


 一日の始まりを告げるこの不味い食事は、終始笑顔のまま進行していった────



 ☆



 食事を済ませたぼくたちは、異様に静まり返ったアッシュゲートで、今後の方針について相談していた。



「……とにかく、昨日の戦いが『ぼくの勝ち』になってるのかが分からないんだよね。鉄輪も五個のままだし」

 

「とにかく鉄輪を全部外して、解放戦に勝たなきゃいけないんだよね?」



 プリ姉の言う通り、解放戦に勝つことが帝国軍へ入隊するための絶対条件だ。

 ぼくは帝国軍に興味が無かったから、帝国軍の構造は詳しく知らない。でも、帝国軍のトップが皇帝ということは知っている。

 

 だからぼくは、オルドフェルムを勝ち進んで解放戦の権利を得ないといけない。

 でも……



「今まで通り、試合を組んでくれるかなぁ」

 

「あれだけ派手にやっちゃったもんね〜。誰もドレーくんと戦いたくないんじゃない?」



 ……やっぱりそうだよね。


 間違いなく、貴族関係者との試合は無くなると思う。

 現時点で腫れ物扱いされてるんだ。他の奴隷との試合も望めないかもしれない。



「……モーガンがいてくれたらなぁ」

 


 モーガンなら、うまいこと試合が組まれるように取り計らってくれるかもしれない。

 ただ、結局モーガンには会えずじまいだ。



「流石に回避戦のことは噂になってるんじゃない? モーガンの耳にも入ると思うよぉ」

 

「うん……そうだといいんだけど」



 そう願うしかない。


 世間知らずのぼくじゃ、モーガンの助言なしで皇帝になれるとは思えない。なんとかしてモーガンに事情を説明しないと。



「このまま待つ? それとも、実力行使に出ちゃう?」

 

「実力行使?」



「ドレーくんのレガリアで、帝国軍を皆殺しにして玉座を奪うんだよぉ」

 

「えッ!?」



 可愛い顔して、なんて怖いこと言うんだプリ姉は!


 確かにそれも一つの手だ。力が全てのロヴァニア帝国で、決闘は正当行為だということも知っている。

 でも、将来的に仲間になる人達なんだ。手当たり次第に殺すようなことは……絶対にしたくない。



「そ、それは無理だよ!」

 

「それもそうかぁ。まだ一人と二つだもんね」



 一人と二つ?

 どういう意味だろう。



「ドレーくんのキルスコアだよぉ。将来記事にするために、しっかりカウントしとかないとね。帝国軍には百万の兵士に十万のゴーレムがいるって話だから、このペースじゃ老人になっちゃうよぉ」


「あ、あの……プリ姉? ペースの問題じゃなくて、方法の問題なんだけど。それに……」



 それに、ぼくが殺したのは……ニゴラだけじゃないんだ。




「それに?」

「じ、実は……控室で一人……その……」


「やっちゃったの?」



 ぼくは嫌われるのを覚悟して、正直に頷いた。

 なんて非道いやつなんだろう、ぼくは……。



「じゃあ二人と二つかぁ……ありがとうドレーくん。正直に言ってくれて」



 怯えるぼくとは裏腹に、プリ姉はあっけらかんとしている。

 気をつかってくれているのか、それとも……。



「ありがとうだなんて……その、怒ったりしないの?」

 

「どうしてぇ? ドレーくんがそこまでしたってことは、そいつ酷いやつだったんでしょ?」


 

「……プリ姉を、殴ったやつだった」

 

「じゃあ、やっぱり『ありがとう』だよぉ」



 これで、ぼくの懺悔は終わりだった。



 もしかして、ぼくの為にわざと怖い事を言い出したんだろうか?

 ぼくが打ち明けやすいようにプリ姉が誘導してくれた気がする……と考えるのは、都合が良すぎるかな。



「でもさぁ、その事を罪に問われたりしないのぉ?」

 

「兵士は奴隷に何をしてもいいけど、実はその逆も然りなんだ。恨みを買って奴隷にやられちゃっても、それは力の無い兵士の怠慢で自業自得……って、モーガンが言ってたね」


 

「へ〜。じゃあ大丈夫なのかな?」

 

「どうだろう……。神の法を無視することはできないけど、都合よくねじまげられてるからね」



 とにかく、今までのようにいかないことは確かだ。

 今はただ、声がかかるのを待つしかないのかもしれない。



 そして、ぼくたちはすぐに知ることになる。

 このロヴァニア帝国には、嫉妬に焼かれた男の狂気が渦巻いているということを────。

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