第1話:あさごはん【前編】
奴隷になってから、いつも不安と戦ってきた。
朝起きて不安になって、食事を終えて不安になる。無事に戦いを終えて安堵したのも束の間……眠る頃にはまた不安が押し寄せてくる。この場にいないミレイアを想いながら、自分に言い聞かせるように眠りについた。
そして迎える朝……これの繰り返しだった。
でも、今日は違う。
こんなにも穏やかな気持ちで朝を迎えたのは、生まれて初めてだ。
昨日に自分が起こした惨劇が、ただの夢だったと思えるほどに。
……でも、夢じゃない。
それなのに、なぜこんなにも心が安らかなのか。
その理由はぼくの枕元にあった。
「……くか〜」
ぼくに膝枕をしたまま、大口を開けて眠るシスター・プリメッタ。
一晩中ぼくを膝に乗せたまま……きっと重かったと思う。それなのに、安眠するその表情からは苦しさなんて微塵も感じない。
起こさないように静かに移動し、幸せそうに眠るプリ姉の顔を眺めてみる。
「……それアタイのだよぉ」
(寝言?)
起こしてしまったと思ったけれど、目は閉じたままだ。むにゃむにゃと口を動かしている。
人って、こんなにもはっきりと寝言を言うんだね。
この自称ジャーナリストのプリ姉と出会って、ぼくの運命も大きく変わった気がする。
ぼくが『あの力』を使いこなすことができたのは、間違いなくプリ姉の存在があったからだ。
もしプリ姉がいなかったら……ぼくは力に呑まれていたかもしれない。
(刹骸のレガリア アミカ・ゼイン……)
プリ姉が名付けてくれた、ぼくのレガリアの名前。
眠気が酷くて夢現だったけれど、これだけはハッキリと憶えている。
人を容易く殺せてしまう力、その攻撃的な性質を表した刹骸という言葉……でも、アミカ・ゼインの意味は『友愛の存在』。
(忘れないよ。絶対に)
胸にじんわりとした熱を感じる。プリ姉がくれた名前が、ぼくの中で呼応しているかのように。
「これもアタイの……それもアタイの……そっちのもアタイのだよぉ……」
「……ぷっ。どんな夢見てるんだろう」
欲張りな寝言を連打するプリ姉が可愛くて、ついつい声が出てしまった。
慌てて口を押さえたけど、遅かったみたいだ。プリ姉は小さな呟きでも聞き取れるんだから、こんな近くで声を出したらそりゃ起きるよね……。
「……あれ、空腹に負けて寝ちゃってたかぁ。ドレーくん、おはよぉ」
「おはよう、プリ姉。その……身体とか痛くない?」
こんな狭い檻の中で、壁にもたれかかって寝てたんだ。しかも、ぼくという重りを乗せたまま。
身体がガチガチになってないか心配だ。
「別に大丈夫だよぉ。ん〜〜ッ、よく寝たぁ!」
うーん、強靭だなぁ。まるで問題ないみたい。
ぼくが初めてここで寝た次の日は、全身が痛かったのを憶えている。
両手を挙げて、プルプルと震えながら背筋を伸ばすプリ姉。この動作だけで、固まってしまった筋肉を動かす準備ができてしまったようだ。
「プリ姉、寝言言ってたよ」
「あ〜。アタイ、起きる直前って絶対に夢を見ちゃうんだよね」
「どんな夢見てたの?」
「ドレーくんが粗末なものしか食べたことないって言うから、アタイが手料理を振る舞ってあげてたんだよぉ」
夢の中でもお世話になってるなぁ、ぼく。
奴隷になる前は人並みの食事をしていたけど、ここに来てからは同じものしか食べていない。
そんなぼくに手料理を振る舞ってくれるなんて、プリ姉はホントに優しいね。
でも、それを独り占めするような寝言を言ってた気がするけど。
「たらふく食べたはずなのに、どうりで腹ペコなわけだよぉ」
(やっぱり自分で食べたんだ)
残念だったね、夢の中のぼく。
でもいつか、本当にプリ姉の料理を食べてみたいなぁ。
「奴隷戦士の食事は朝に一回なんだ。いつも通りなら、そろそろ持ってきてくれるはずなんだけど」
「ホントに〜? 早く早くぅ」
プリ姉は笑顔で食事を待ち望んでいる。
アッシュゲートの食事は、正直言って美味しくないけど大丈夫かな……。
でも、ぼくには味よりも心配なことがあった。
檻に鍵はかかってないし、衛兵も明らかにぼくを避けてる感が否めない。
ちゃんと持ってきてくれるかな?