第3話:ロヴァニア帝国
【ロヴァニア帝国】
十二柱の神が人間を管理し、神の権能を以ってそれぞれの国が独自の発展を遂げている世界。
ロヴァニア帝国は、その一柱であるタイロスの加護を受けた国であり、『戦いの国』として世界に名を馳せた大国であった。
力こそが正義。
剣の一閃が運命を決め、勝者は敗者のすべてを奪い取る。
この国では、武功を立てた者こそが上へと昇り、皇帝すら『最強』でなければ王冠を戴けぬ。
ゆえに、この国では下克上も正義とされた。
どれほどの名門に生まれようと、国政に関わる者は必ず『奴隷』から始まる。
真の実力を持たぬ者に、ロヴァニアの舵取りは許されない。
例外はない。それがこの国の矜持だった。
奴隷は両足に鉄輪が嵌められ、【鉄の秩序】と呼ばれる戦いを勝ち抜かねばならない。
勝てば枷は外され、負ければ枷が増えていく。負けるほどに鉄輪の重みが奴隷へとのしかかるのだ。
両手・両足……そして最後に首に鉄輪が嵌められたものは、劣等種として『回避戦』へと駆り出される。
五つの鉄輪という多大なハンデを背負ったまま、劣等種は三人の敵と同時に戦わなければならない。もはやそれは、『処刑』と呼んでも差支えのない戦いであった。
その一方で、全ての鉄輪を外した者は『解放戦』と呼ばれる戦いに臨むことになる。
この戦いに勝利すれば、晴れて帝国軍への門が開かれるのだ。
国の要は、帝国軍にして最強の戦士たち。
商人として生きるのも自由、市民として生きるのも自由。しかし、政を志すならば死地をくぐるしかない。
その苛烈な制度の裏で、ロヴァニアは数多の小国──祝福なき国と呼ばれる国々を侵略し、併呑していった。
領土を拡大し、増し続けていく国力。だが、肥太った果実が腐り落ちるのも、また摂理であった。
長きに渡る歴史の中で制度は形骸化し、鉄輪を砕く者の多くは『貴族の息がかかった者』ばかりとなった。
強者であれば誰にでも開かれた門は、今や特権階級の者にのみ許された狭き関門と化したのだ。
そしてタイロスの加護も、また濁った。
タイロスの加護によって武具に通じ、戦術に冴える者が多く生まれるはずのロヴァニアで、いつしか強者は生まれなくなり、戦神の力は薄れていった。
代わりに台頭したのが、ゴーレムと呼ばれる魔導兵器だった。
生身の兵より強く、従順で、なにより金で買える。
いまや貴族たちにとって、より強力なゴーレムを所有することが、個人の武よりも力を示す手段となったのだ。
かつての『戦いの国』は、確かにまだ息づいている。
だがその心臓は、とうに腐り始めていた────。
★ ★ ★
────ロヴァニア帝国によって滅ぼされた、とある小国。かつて鉱脈地帯に属していたこの小国は、強者を選定する闘技の場としてその存在を保っていた。
【エボル闘技場】と名付けられたコロシアム。その地下には、戦いの出番を待つ奴隷たちの居住区が設けられている。
そして今日もまた、闘いを終えた奴隷が一人……衛兵と共に居住区へ戻ってきた。
「……ふぅ」
灰の檻と呼ばれる奴隷専用居住区。全ての部屋が鉄の檻で閉じられており、冷たい石壁が圧迫感を増長させる。
それはもはや、牢屋と呼んだ方が正しいのかもしれない。
薄暗く、湿った空気が漂う牢屋の中で、黒髪の少年が石壁にもたれかかっている。
奴隷の少年ドレイク、16歳。
その息は少し荒く、薄汚れた布が巻かれた腕には血が滲んでいる。
石壁に体重を預けながら、ドレイクはずるずると地面に座り込んだ。
「……今日も、誰も死ななかったよ」
呟くドレイクの顔には、安堵の笑みが見られる。薄暗い牢屋の中で、ドレイクは静かに目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのは、ドレイクと同じ黒髪の少女。
優しくも暖かい微笑みを浮かべる少女……この少女こそがドレイクが戦う理由。そして、不殺を誓った相手でもあった。
「ミレイア。お兄ちゃん、頑張るからね……」
愛しき妹の名を呟きながら、ドレイクは足も伸ばせぬ牢屋の中で、膝を抱えて静かに眠りにつくのだった────。