第12話:回避戦終了
全ての者が逃げ出したエボル闘技場で、ドレイクがプリメッタの元へ歩み寄る。
プリメッタを拘束する枷を骨鎖で容易く破壊し、役目を終えたレガリアは光を伴って消え、中から安堵の表情を浮かべたドレイクが姿を現した。
「プリ姉……」
「ドレーくん……」
枷の跡が残るプリメッタを見て、ドレイクは慚愧の念で目を閉じた。
そして、囚われの姫を扱うように優しくプリメッタを抱きかかえる。
(お姫様抱っことな!?)
「彼女はもらっていきますよ」
(もらっていくとな!?)
やたら興奮気味のプリメッタを抱えたまま、ドレイクは視線を横に向けた。その視線の先には、腰を抜かしてへたりこむ実況者の姿があった。
「へ……あ、でも……決着が……」
「逃げ出したのは向こうです。誰がどう見てもぼくの勝ちでしょう」
「し、しかし……ルールでは……」
「それなら、今すぐ呼び戻してください。新しいゴーレムを持ってきても構いませんよ」
「そ、それもちょっと……」
「じゃあ終わりですね。力ある者が全てを手に入れる……それがロヴァニア帝国なんでしょう」
踵を返し、歩き出したドレイクの前に実況者が回り込む。
この実況者も雇われの身。プリメッタの売買完了まで円滑に事を進めるのが仕事だった。
「あの……その娘は一応商品でして……」
「……お金を払えと言うんですか?」
奴隷のドレイクが金を持っているはずもない。
だが、実況者は思考が混乱しているのか、盲目的に役目を務めようとしている。
「そこまでは言いませんが……少しだけでもお心を示してもらえれば、私も務めを果たすことができますので……」
「ぼくの心は十分に見せたはずですよ。それとも──」
不快感を示し、ドレイクに嵌められた鉄輪から『殺意』が雷光の如く空を切る。
先ほどの惨劇が現実味を帯び、実況者はまた腰を抜かして震え上がった。
「もっと見たいんですか? ぼくの殺意を」
「ひッ……い、いえ!」
命乞いをするように首を振る実況者を横目に、ドレイクは再び歩き出した。
アッシュゲートへと続く通路に消え、実況者はかつてないほど深いため息を吐くのであった──。
☆
──薄暗い通路で立ち止まるドレイク。
視線は泳ぎ、唇が僅かに震えている。
言いたいことがあるが言い出せない……そんなドレイクの様子に、プリメッタは首を傾げた。
「どーかしたの?」
「え……あ、うん……その……」
先ほどまでの強気な態度は、まるで仮面だったかのように消えていた。口を開こうとしては躊躇し、何度か息を呑む仕草さえ見せた。
だが意を決したのか、ドレイクは指先の力を少しだけ強め、目を見開きプリメッタと視線を交わした。
「プリ姉。ぼく、プリ姉に言わなくちゃいけないことがあるんだ」
「う、うん……」
真剣な眼差し──燻んだルビーのような瞳は潤み、熱を帯びている。
その熱に当てられて、プリメッタは柄にもなく乙女モードへと突入していた。
(な、なんて熱い眼差しッ。もしかして愛の告白!? アタイら、出会ってまだ二日目なのに! 二日で夫婦だよぉ!!)
加速する恋愛思考。プリメッタはすでに二人目の子供の名前を考え始めている。
プリメッタがそんなことを考えているとは露知らず、ドレイクは静かに口を開いた。
「皇帝になる為に、まずはこのオルドフェルムを勝ち進む必要がある……だからぼくは、どうあってもここに戻ってこなきゃいけなかったんだ。先に言っておけば、プリ姉が酷い目に遭うこともなかったのに……」
つまり、プリメッタがドレイクを助けようと潜入したのは、目的だけを考慮するなら全くの無駄だったということだ。
ドレイクに悪意はない。これは自責の念からの告白であり、プリメッタに対する感謝を忘れている訳でもない。
だが……予想外の告白に、プリメッタの表情はフリーズしている。
「ソレ、イマイウコトカ?」
「ご、ごめん! でも、ぼくのせいでこんなことになっちゃったわけだし……黙ってるのも男らしくないし……こういうことは気づいた時に言ったほうがいいと思って……」
生まれ持った性格というのは、そう容易く変わるものではない。
結局ドレイクは、自分を責めるいつものドレイクへと戻っていた。
「ほんとにごめんよ、プリ姉……」
闘技場全体を震え上がらせる殺意を振り撒き、圧倒的な力を見せつけた少年。
そんな少年が……一人の少女に嫌われるのを恐れ、苦悶の表情を浮かべている。
出会った時と変わっていない。
それに安堵したプリメッタは、微笑みを浮かべて意味深な数字を口にする。
「8分42秒」
「え?」
「8分42秒。アタイを助けるのにかかった時間。すぐ終わるって言ったのにかかりすぎだよぉ」
「ご、ごめん! っていうか測ってたの!?」
「アタイの体内時計は完璧だよぉ。ジャーナリストとして当然の嗜みだね!」
「ジャーナリストってそういうものなの?」
にこやかに話すプリメッタに、ドレイクの表情も自然と和らいでいく。
プリメッタは全身を脱力し、全体重をドレイクへと預けた。少しだけ身体が揺らいだが、ドレイクはしっかりとプリメッタを支えている。そして──
「次は、もっと早く助けてね?」
「……うんッ」
こんなことは二度とごめん……そう思った。
それでも、『次』という言葉にドレイクは顔を綻ばせ、アッシュゲートに向かって再び歩き出したのであった────。