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第2話:神と人間

 境界すらもない白き空間で佇む黒髪の少年ドレイク。

 戦の神タイロスと名乗る声から持ち掛けられたのは、まさかの『契約』だった。


 だが、状況を飲み込めないドレイクはただ困惑している。


 

「雇う……ぼくを? ま、待ってくださいッ。それよりもここはどこなんです?」

 

『ここは現世と幽世の境界。精神世界と言った方が分かりやすいかもしれんな』


「分かんないですよ……そもそもぼくは、教会でお祈りをしていて──」


 

 それが最後の記憶だった。だが、なぜそんな場所にいたのか、肝心な部分が思い出せない。

 自信なさげに漏らしたドレイクの言葉に、タイロスの声がわずかに戸惑いを含む。



『教会だと? どうやら記憶が混在しているらしいな。元々、我は再生術を得手としているわけではない。多少の歪みは覚悟していたが、このままでは契約もままならんな』

 

「再生? 契約? ……ワケが分からない。ぼくに一体何をしたんです?」


 

『貴様は死んだのだ。肉体は灰となり、魂も崩壊寸前だった』

 

「……は?」


 

 【死】──その一語が、まるで鋭い刃のように脳裏を裂き、思考を凍らせる。

 ただ言葉を失ったまま、ドレイクは虚空を見つめている。



『どうやら、思った以上に記憶の状態は良くないようだな』

 

「……ぼくは……なんで、死んだんですか……?」


 

『闘技場で行われる奴隷同士の試合で死んだのだ。心臓を一突きにされてな』


 

 青ざめたドレイクは、自身の胸に手を当て傷を探った。だが、致命傷となるような傷は見当たらない。


 

(なんともない。でも……なんだろう。心臓の辺りがゾワゾワする。頬を抓っても痛みを感じなかったのに……)



『傲慢な男よ』

「え……?」


 

 突如タイロスから放たれた侮蔑の言葉に、ドレイクは顔を強ばらせて硬直した。



『敵の甘言を信じ、格下相手に不覚をとるなど戦士にあるまじき失態。貴様は、我が最も忌み嫌う唾棄すべき存在だ』


 

 辛辣な言葉を連ねるタイロスの声には、怒りが込められていた。だが、自分の死因すら忘れているドレイクからすれば、このタイロスの言葉は謂れなき暴言に過ぎない。

 ドレイクは唇を噛み締め、どこにいるかも分からないタイロスを睨みつけた。



「……なんなんですか。じゃあ、なんでそんなぼくを雇うだなんて──」


 

 タイロスは一瞬の沈黙ののち、確信に満ちた声でこう告げた。




  

『──貴様が、誰よりも強いからだ』


 

 ドレイクは言葉を失い、ただ小さく首を傾げた。

 貶したと思ったら褒める。タイロスの真意が分からず、ドレイクはただ空間を見つめ続けている。



『斃すべき敵に同情し、貴様は勝ちを譲り続けて生きてきた。その気になれば一撃の元に命を奪えるものを、実力を隠し独善に浸る道を選び続けた。これを傲慢と言わずなんと言う』

「な、なにを……」

 


『奴隷という路傍の石に等しき存在であろうと、戦場に立てば宝石にもなり得る』


 

 タイロスの声は低く、だが確かな信念をもって響いた。


 

『剣を交え、血を流し、死を超えた先でこそ「真の力」が磨かれる』


 

 一瞬、声の調子が変わる。まるで、神自身がその理念に酔いしれているかのように。


 

『それこそがエボル闘技場の真義……生きるか、死ぬか。価値ある魂のみが選ばれる神審の場』


 

 この言葉に、タイロスという神の全てが込められていた。

 タイロスが求めるのは人間力でも財力でもない。敵を屠り去る圧倒的な『武力』こそが、タイロスが求めし【力】なのだ。



『……だが、貴様は原石でありながら、ただの石に勝利を譲った』


 

 言葉に宿るのは、軽蔑を超えた怒りだった。神の怒りに触れたドレイクは、喉を鳴らし小刻みに震えることしかできなかった。


 

『貴様がしたことは、ロヴァニア帝国の歴史に泥を塗る行為だったということだ』


 

 タイロスの言葉を受け、ドレイクは徐々に思い出し始めていた。

 自分がロヴァニア帝国の最下層……奴隷という身分であり、闘技場で賭けの対象として戦う剣奴だったということを。



「……そうだ。ぼくは奴隷だった。ぼくは、勝ちを譲って死んでしまったのか……?」

 

『どうやら貴様の記憶を整理することが先決のようだな。不得手だが仕方あるまい。我が混在した貴様の記憶を紐解き、真実を見せてやろう。貴様がどのように戦い、無様に死んだのかをな────』



 白き空間が限界を超え、視界すら飲み込む無音の光へと変貌していく。




 

『そして知るがいい、ドレイクよ。貴様が情けをかけて生かした連中こそが、このロヴァニアでは最も無価値な存在だということをな』


 

 あまりの眩さに、ドレイクは顔を背けて目を閉じた。全身を焼くような閃光の中、ドレイクの意識は、深く、果てのない闇の底へと引きずり込まれていった────。

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