第8話:処刑回避戦
強者と弱者を選定する神審の場──このエボル闘技場は、かつてない熱狂に包まれていた。
【一度死んだはずの男が、また死にに来た】
その残酷な謳い文句に釣られて、多くの物好きが闘技場へと詰めかけた。
闘技場には、既に三人の奴隷戦士が待ち構えていた。それぞれの手には槍が握られており、不遜な笑みを浮かべている。
対するは一人。しかも五つの鉄輪を嵌められていて、なおかつこちらには槍が与えられている。
それら全ては、貴族の特権による采配。
その恩恵を最も受けたのは、ドレイクを殺した張本人……ニゴラだった。
(なんでドレイクが生きてるのかは分からんが、俺にとっちゃ願ってもない話だ。ありがたく二個目の鉄輪、外させてもらうぜ……!)
回避戦の戦士に選ばれたニゴラは、役得だと表情を歪ませた。
「これで俺たちは奴隷から解放だ。あとは解放戦をちゃちゃっと終わらせて、悠々自適な軍人生活……生まれってのは大事だなぁ、エルガルト兄ちゃん」
「油断はするなよセルヴィス。相手は『断鎖のドレイク』だ。とはいえ……人を殺せぬ坊やでは、どう足掻いても回避戦を乗り切ることはできないだろうがね」
兄弟で参戦するこの二人は、貴族由縁の者で鉄輪は一つ。しかも、この鉄輪は見せかけだけの偽物に過ぎない。
この回避戦を終わらせれば解放戦へと進み、帝国軍への道が開かれる。
負ける要素など微塵もない。
三人は余裕綽々で対戦相手が現れるのを待った。
観客もまた、一方的に行われる公開殺人に胸を躍らせていた。
★
《現れました! なぜか生きていた不死身の男!『断鎖のドレイク』です!!》
拡声器を持った実況者が、ドレイクの登場に声を張り上げた。
門をくぐって現れたドレイクに、観客席から怒号のような声が浴びせられる。
《いよいよ始まります回避戦! 圧倒的不利なこの状況で、果たしてドレイクは勝利を手にすることができるのか!? そしてご来場の皆さま、本日はサプライズをご用意しています!!》
特別に用意された壇上に姿を現したのは、衛兵二人に連れられたプリメッタだった。
《この娘は、ドレイクの逃亡を手助けした幇助罪に問われています! 奴隷の逃亡は重罪です! 手助けした者も重罪です! ドレイクが敗北した瞬間、この娘には死刑が執行されます!!》
熱を帯びていく実況者の声に、観客が足を踏み鳴らして雄叫びを上げる。
《ですが! ここにお集まりいただいたのは紳士淑女の方々ばかり! この娘の命を憐れむのであれば、相応のお心を提示していただきたい! 最もお心を示していただいたお方に、この娘を永久奴隷として進呈いたしましょうッ!!》
「……悪趣味だよぉ」
平然と宣言される人身売買に、プリメッタはげんなりと表情を沈ませた。
そして、闘技場の中心へと進むドレイクと視線を交わす。
「ドレーくん……」
「プリ姉、すぐ終わるから待っててね」
遠くから呟かれた言葉だったが、プリメッタにはハッキリと聞き取ることができた。
一片の迷いもない自信に満ちたドレイクの言葉を受け、プリメッタの頬が紅く染まっていく。
「やだ……かっこいい。ねーねー、あれほんとにドレーくん!?」
「お、おい! 服を引っ張るな!!」
「こいつ自分の立場分かってんのか……」
衛兵の服を引っ張りながらドレイクを指差すプリメッタ。その変わらぬ元気を確認し、ドレイクは安堵の表情を浮かべた。
だが、そんなドレイクに対して三人が詰め寄る。
「なに薄ら笑い浮かべてんだよ」
「勝敗は決まってるとはいえ、少しは抵抗してくれたまえよ? じゃないと観客にも悪いしね」
「ふへへ。ドレイク、また会えて嬉しいよ。っていうかなんで生きてるんだ?」
「ぼくも嬉しいよ。回避戦に君がいてくれてよかった」
「……はぁ?」
「これから起こることは君のせいだ。ぼくのせいじゃない……君が悪いんだよ」
「な、なに言ってんだお前……?」
「おいおい、俺たちは眼中に無しかよ」
「ふふ、まぁいいじゃないか。私たちは高みの見物といこうか」
《ドレイクとニゴラは因縁浅からぬ関係! 開始前からヒートアップしております!!》
貴族の二人は、笑いを浮かべたまま後ろへと下がり始めた。
ニゴラにとって予想外の出来事だったらしく、その顔には焦りの色が見られる。
そして──
《おや? ドレイクは武器を持っていません! ……しかぁーし!! このエボル闘技場で、不利は言い訳になりません! その逆境を跳ね除けてこそ、帝国軍への道が輝き出すのです! それこそが、我らが守護神タイロスが定めた神の法なのです!!》
上辺だけの信仰。
仕組まれた見せ物の戦い……だが、神の名を聞いた観客は、まるで免罪符を得たかのように欲望を曝け出し叫び始めた。
《回避戦開始ぃッッ!!》
闘技場全ての熱を巻き込むように、開始の銅鑼が打ち鳴らされる。
編纂者が見守る中、ドレイクにとって『初めての戦い』が幕を開けた────。