第7話:五つ目
★ ★ ★
エボル闘技場へと続く通路──その通路に併設された奴隷戦士の控室に、少年ドレイクはいた。
その表情に色はなく、虚な瞳がなにを映しているのかも分からない。
そんなドレイクに、一人の衛兵が次々に鉄輪を嵌めていく。
一つ、二つ、三つ、四つ ── そして五つ。
最後の鉄輪が首に嵌められ、衛兵は嘲笑するような笑いを浮かべ、ドレイクを見下した。
「せっかく逃げ出したのに、残念だったなぁ」
「……」
「お前は四つの状態で敗北したんだ。生きてたってんなら、ルール通り五つにしないといけないわな。ルールは守らないとな」
「……」
「回避戦は三対一で、どちらかが死ぬまで続く。くくく、まぁせいぜい頑張るんだな」
「……」
悪趣味に煽るような言葉を連ねる衛兵だったが、ドレイクから反応はない。
舌打ちをし、ドレイクの肩を小突いて悪態づく。
「おいッ、なんとか言ったらどうなんだ! それとも、恐怖のあまり壊れちまったのかぁ?」
「……」
「……ちッ。まぁいい、その仏頂面がどこまで続くかな。闘技場で、あのうるせぇシスターもお待ちかねだぜ」
衛兵の言葉に、初めてドレイクが反応を示した。
プリメッタは、ドレイクよりも早くにどこかへと連行されていった。プリメッタの所在が分かったドレイクは、ゆっくりと顔を上げて口を開く。
「プリ姉は……彼女は無事なんですか……?」
「ボコボコにしたはずなのに、一晩経ったらケロっとしてやがった。ありゃあバケモノだな。俺の手はまだ痛いってのによ」
下卑た笑いを浮かべながら拳をさする衛兵に、ドレイクの瞼がぴくりと動く。
「あなたが殴ったんですか?」
「へへ、なにがセルミア教団だ。異教徒のくせに、この国でデカいツラしてんのが前から気に食わなかったんだよ。ロヴァニア帝国兵の強大さを、しっかりと教えてやったぜぇ」
「相手は女性ですよ。しかも、彼女は無抵抗だったはずだ」
「……お前、なに説教垂れてんだ? 元はと言えば、全部お前のせいだろうが! 奴隷の分際でッ……全部お前が悪いんだよ!!」
嫌悪感を示すドレイクの言葉に、衛兵は顔を赤くして激昂した。
自分が行った非道をドレイクに責任転嫁し、やがては勝ち誇ったように顔を歪める。
しかしドレイクは、そんな不条理を受けても表情を崩さない。
そして──
「……んですよ」
「あぁ?」
「……やめたんですよ。全部自分のせいにするのは」
「なに……?」
冷気にも似た何かが、衛兵の身体を突き抜けていく。
衛兵は咄嗟に後退り、思わず剣に手をかけてしまった。
「ぼくは今まで嫌なことがあると、全部自分のせいにしてきた。奴隷になったのも、ぼくが死んだのも、ミレイアが死んだのも、プリ姉が酷い目に遭わされたのも……自分のせいにしてきた」
「おい……」
「そうすることで自分の感情を制御してきた。そうすることで、みんなを守ってきた。……でもね、もうやめたんですよ」
「おいッ! それ以上近づくな!!」
「ぼくは悪くない。今までのことも、これから起きることも……全部、あなたのせいなんですよ──」
「な、なんだ……なんだそれはッ──」
────。
★ ★ ★
──控室を後にしたドレイクは、ただ静かに闘技場への道を進み始めた。
その手に、武器は握られていない。
人を殺すことが出来ない愛刀の姿は、どこにも見当たらなかった。
ドレイクに嵌められた五つの鉄輪が、その重みを示すように鈍い光を放っている。
そしてその鉄輪からは……鎖のように伸びた赤黒い影が、妖しく蠢いていた────。