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神の傭兵 ~ Twin ✕ Oblivion ~  作者: コーポ6℃
第二章:目覚め
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第6話:親友と呼べる日

 エボル闘技場の地下に併設された奴隷居住区──アッシュゲート。


 死という対価で一度は出たこの檻に、ぼくは戻ってきていた。



「……いてて」



 ご丁寧にも、以前と同じ檻にぼくは入れられた。

 我が家に帰ってきたような気持ちが少なからずあるのが、なんとも情けない。



「……プリ姉」



 プリ姉は、無事に逃げることが出来ただろうか。


 プリ姉が石壁の向こうに消えた後、ぼくは降伏のポーズをとったのだけれど、衛兵二人にしこたま殴られた。

 顔が腫れ上がって身体中のあちこちが痛い。全身痣だらけだ。


 もしプリ姉が捕まってたら、同じ目に遭ってたのかもしれない。


 そう考えると、プリ姉が逃げてくれて本当に良かったと思う。

 まぁ、見捨てられたのは少しショックだったけど……。



「ぼくは……どうしてこう、馬鹿なんだろう」



 少し考えれば、自由に外を出歩いていい立場じゃないことは分かったはずだ。


 それをぼくは……能天気に……舞い上がって……。

 ミレイアが……死んだって言うのに。



(そうだ。ぼくはミレイアのために生き返ったんだ。浮かれてる暇なんてない……このオルドフェルムを勝ち進むんだ)



 ぼくが皇帝になる──それが、ミレイアを生き返らせるための絶対条件。

 そして、このオルドフェルムこそが皇帝の座へと通じる唯一の道。



(……とは思ったものの、ぼくは脱走奴隷扱いだ。もしかしたら闘技には参加させてもらえず、このまま処刑なんてことも──)



 最悪の結末がチラつき、ぼくは頭を抱えて首を振った。

 一人になった途端、嫌な考えばっかりが脳裏を過ぎる。


 短い間だったけど、プリ姉の明るさにかなり助けられてたんだと、ぼくは実感した。



「会いたいなぁ」



 会えるわけがない。見捨てられたんだから。

 それよりも、無事を祈るべきなんだ。


 ……寂しいと感じていることに、自分自身驚いてる。

 会って間もない人間に、ここまで心を寄せているなんて。



 『一日で親友になれるんですか?』 なんて言ったけど、ぼくの中では本当に親友になっていたのかもしれない。


 ……そうだ。

 性格は全然違うけど、プリ姉ってミレイアに雰囲気が似てるんだ。


 一緒にいるだけで、心が癒されていく……そんな存在。

 

 ここで一人の時間が大半だったから、なおさらそう感じる。プリ姉が声をかけてくれるだけで、ぼくは無条件に喜んでたんだ。



 目を閉じると、プリ姉の笑顔と声が浮かんでくる。



「──ちょっとぉ、もう少し優しくしてよぉ」



 そう、こんな感じだ。気怠いのか元気なのか分からない声だ。



「いだだだだッ! ギブギブ!!」



 いや、やっぱり元気なんだな……って、うん?



「ギャン!!」



 動物の悲鳴めいた声と、鉄格子が閉められた音がこだまする。

 その音は隣の檻から聞こえてきた。



「え……ま、まさか」


「う〜……痛いよぉ」



 苦悶混じりの声が隣から聞こえてくる。この声は、まさか──!



「プリ姉ッ……プリ姉なの!?」


「ふぇ? あれ……ドレーくん?」



 やっぱりプリ姉だ!

 な、なんでここに……!?



「お隣さんだったんだね……これからよろしく〜」


「ま、待ってよプリ姉! なんでここに……捕まっちゃったの!?」



 ぼくが質問すると、バツが悪そうな乾いた笑い声が聞こえてくる。



「いやぁ、潜入して君を助けようと思ったんだけどね……思いのほか厳重でさぁ、捕まっちゃったよぉ」


「そんな……ぼくのために……?」



 自分が恥ずかしい。


 ぼくは、プリ姉に見捨てられたと思ってた。

 でもプリ姉は……危険を冒してまでここに来てくれたんだ。



「ごめんねドレーくん……失敗しちゃったよぉ」


「そんな……ぼくのことはいいんだ! それよりも──」



 さっきからプリ姉の発音が変だ……声に元気もない。

 もしかして大怪我してるんじゃ……!?



 ぼくがプリ姉の安否を確かめようと鉄格子に張り付いた瞬間、他の奴隷たちから怒号が発せられる。



「おい! なにくっちゃべってんだ!」

「眠れねぇだろうが──」


「うるさい黙ってろッ!!」



 ぼくが一喝すると、小さな悲鳴と共に静寂が場を支配した。

 悪いけど、君たちに構ってる余裕はないんだ!



「プリ姉、怪我してるんじゃ!?」


「あぁ……ちょっと腫れてるだけだよぉ」



「殴られたの……?」


「降参してるのにさぁ……この国の男は野蛮だよぉ」



 声が掠れてきてる。軽い怪我なんかじゃない。

 きっと、ぼくと同じか……それ以上に殴られたんだ。





「ドレーくん……泣いてるのぉ?」



 なんて情けない男なんだ、ぼくは。

 辛いのはプリ姉なのに、流れ落ちる涙を止めることが出来ない。


 声を押し殺そうとしてるのに……嗚咽が内から溢れ出ていく。





「前言撤回……ドレーくんは優しいね」



 その言葉を聞いた瞬間、ぼくの感情の堰は崩壊した。



「ごめんッ……ごめんよ……!」


「なんでドレーくんが謝るのさぁ」



「ぼくのせいでッ……こんな所に……」


「密着取材するって言ったでしょ……願ったり叶ったりだよぉ」



「でもッ……うぐ……でもぉ……」


「泣きすぎだよぉ……なにがそんなに悲しいのさぁ」



「親友が傷付けられて……黙ってなんていられないよッ……」




 それからしばらくの間、ぼくの嗚咽だけがアッシュゲートに響き渡った。


 子供のように泣きじゃくり、自省できるほどの冷静さを取り戻した頃──プリ姉の優しい声が静かに響く。





「ねぇ……ドレーくん。アタイら……知り合ってまだ一日なんだよぉ」


「……うん」



「一日で親友だよぉ」


「……うんッ」





 ──この後、プリ姉が返事をすることは無くなった。


 耳を澄ますと、小さな寝息が聞こえてくる。

 きっと、痛みで気を失ったんだと思う。


 ぼくが泣き止むまで……ずっと待ってくれてたんだ。



 ぼくは眠ることなく、ずっとその寝息を聞き続けた。寝息が聞こえなくなるかもしれないという、恐怖と戦いながら。


 そして、胸の内から際限なく込み上げてくるドス黒い感情に……身を委ねようかと考え始めていた。





 ここまで誰かを【殺したい】と思ったのは──


 生まれて初めてだ。 

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