第5話:逃亡
「こっちこっちぃ!!」
「……ゼェ……ッ……ゼェ……!!」
生きた奴隷が外にいることが罪。
それを理解していなかったぼくのせいで、プリ姉を巻き込んだ逃亡劇が始まった。
街の構造を把握しているのか、プリ姉は迷うことなく道を選んで駆け抜けていく。
ぼくはそれを必死に追いかけているのだけれど、それにしても──
「はーい! 次はこっちぃ!!」
「……ひゅ……ひゅッ……!!」
速い! 速すぎるぅ!!
あの小柄な身体で、どうやったらこんな速度がッ!?
これじゃまるでゴキ──
「誰がゴキブリじゃい!!」
「ひゅ!? ごッ……ごめ……!」
地下牢にいたぼくにとって、例えられるものがゴキブリかネズミしかなかったんだ!
決して悪気があったわけでは……。
「ならせめてネズミでしょーよ! こんなに可愛いレディをゴキブリに例えるなんて、失礼しちゃうよぉ!!」
(な、なんで考えてることが筒抜けなんだ!?)
ジャーナリストの読心術恐るべし。
更に速度を上げるプリ姉に、すれ違う人たちも目を白黒させている。
「はーい! ゴキプリ通りまーす!!」
結局自分で言っちゃうんだ!?
こんな状況でも底抜けに明るいプリ姉に、つい笑いが込み上げてしまう。……今は少しでも酸素が惜しいっていうのに。
「およ!?」
角を猛スピードで曲がったプリ姉が、素っ頓狂な声を上げながら急ブレーキをかけた。勢いが止まらず数メートルほど滑った先には、進行を阻む石の壁が聳え立っていた。
「あれぇ? こんなところに壁なんてなかったはずだよぉ」
「も……もしか……して……」
モーガンから聞いたことがある。
この都市には、防衛や奴隷逃亡を阻止するための封鎖機構があるって。
魔導具ゴーレムの技術を応用して、瞬時に鉱物を生成する技術……この石壁は、その封鎖機構の一部なのかもしれない。
「プリ姉……あちこちに……同じ石壁が、出来てるかもッ……」
「あ〜、封鎖機構ってやつね。とりあえず戻ろうか」
諦めて道を戻ろうとしたその時、すぐ近くにまで来ている二つの殺意を感じ取った。
「ぷ、プリ姉ッ……すぐそこにッ……!」
「あれだけ速く走ったのに、なんで居場所がバレたんだろう?」
……言いたくはないけど、目立ちすぎたんじゃないだろうか?
道行く人々が、みんな振り返ってたし。
「まぁしょうがないか〜。それじゃあ──」
プリ姉が石壁に向き直り、屈伸体操を始めている。
いったい、何をしようというのです?
両腕を掲げ、背筋を伸ばしきる。そして、プリ姉がその小さな身体を深く屈めた……その時だった。
「とうッ!!」
まるで反発するバネのように、プリ姉の身体が宙へと飛び上がる。その勢いは衰えることなく伸びていき、最終的にプリ姉は石壁の上へと着地した。
「……は?」
見間違いだろうか……。
この石壁は、二階建ての家を超える高さを誇っている。ゆうに10mはあるだろう。
それを一足飛びで超えるなんて、いくらなんでもできるはずが──
「なにしてんの、ドレーくーん! 早く〜!!」
石壁の頂上から、プリ姉が手招きしている。
見間違いじゃ……ない……!?
「むッ、無理だよプリ姉!! そこまで何メートルあると思ってるの!?」
「じゃあ三角跳び! 三角跳びでカモン!!」
プリ姉が家壁を交互に指差し、三角跳びで登ってくるように促してくる。
言われるがままに壁を蹴って挑戦してみるけど、対面の壁には届かず、無様に頭を打ちつけてしまった。
「ありゃりゃ。おっかしーなー。君ならこれくらいの壁越えられそうなのに」
それはあまりにもぼくを買い被りすぎてるよ!
ジャーナリストの身体能力ってどうなってるんだ!?
「あ、やばい!!」
「えッ?」
プリ姉の慌てた声に振り返ると、そこには殺気立った二人の衛兵が槍を構えていた。
「ぷ……プリ姉……」
「……」
万事休す。
ぼくは、縋る思いでプリ姉へと視線を向けた。
プリ姉は顎に手を添えて、ぼくを救出する方法を考えている。
そして──
「──頑張って!!」
爽やかな笑顔で敬礼をしたプリ姉は、石壁の向こう側へと消えてしまった。