第3話:親友の元へ
出会ってすぐに明かされた、シスター・プリメッタの驚くべき正体。
エルキオン公国のジャーナリストだという彼女は、皇帝を目指すぼくへの完全密着取材を宣言したのであった。
「に、24時間って……そんなの困るよッ」
「アタイは命の恩人だよぉ! それくらい許してもバチは当たらないんじゃない!?」
「う……で、でも……ぼくにもプライバシーが……」
「元奴隷がなにプライバシーとか気にしてんだよぉ! こんな特ダネ、他の記者にぶっこ抜かれるわけにはいかないんだよぉ!!」
他の記者って……もしかして、プリ姉以外にもエルキオン公国の記者が潜伏してるってこと?
「他にもいるの?」
「そりゃ〜いると思うよぉ。ちなみに、エルキオンの記者は圧倒的に女が多いんだ。君が有名になったら、独占取材の為にあの手この手で近づいてくると思うから、注意してね」
「あの手この手って?」
「困ったふりとか〜、色仕掛けとか〜、恩を着せたりとか〜。まったく……姑息な奴らだよぉ!」
ここに鏡がないのが残念だよぉ。
……とはいえ、プリ姉と行動するのは悪いことではないのかもしれない。
プリ姉は、この国の人間じゃなかった。それはつまり、この国に染まっていないということだ。
ぼくが今からやろうとしていることは、保守派に対する反逆だ。
武力のみでのしあがろうとする者を、保守派は絶対に許さない。どんな手を使っても阻止してくるだろう。
でも、プリ姉が望んでいるのは、『成り上がるぼく』を取材すること──それだけだ。
だから信用できる。
正直言って、ぼくは一人で行動するのが怖い。プリ姉がそばにいてくれるなら、色々と相談に乗ってくれて恐怖も和らぐかも。
「……分かったよ。プリ姉だけだからね」
「はい、言質いただきぃ! 独占取材けってーい!!」
結局その後、誓約書らしき紙に拇印を押させられた。
終始プリ姉に振り回されてきたけど、話がひと段落したのでモーガンの事について聞いてみる。
「プリ姉、モーガンがどこにいるか知ってる?」
「ちょくちょく顔を出すんだけど、昨日と今日は見てないね〜」
とにかくモーガンには、ぼくが生きていることを伝えなくちゃならない。
そして、ぼくがやろうとしていることも。
ぼくはアッシュゲートでしかモーガンに会ったことがないから、どこに住んでいるのかも知らない。下手に動かず、モーガンがここに来るのを待つべきかも。
「モーガンって上流貴族の丁稚小僧でしょ〜? 屋敷に今から行ってみる?」
「え、どこに住んでるか知ってるの?」
「おぃおぃ! アタイがジャーナリストって設定を忘れてもらったら困んよぉ。初めて会った人間の住処を調べるのは基本でしょ!」
そういう基本もあるのか……ジャーナリスト恐るべし。
でも、おかげで助かったよ。
「お願いだよ、プリ姉。モーガンの家まで案内して欲しい」
「んじゃ行こうか。貸し一つね!」
プリ姉が別の手帳に何かを書き込んでいる。
安易に頼み事をするのはまずかっただろうか?
☆
──プリ姉の案内の元、モーガンが住み込んでいるという屋敷に向かって出発した。
数年ぶりに感じる空気、舗装された道の感触。昔は当たり前に感じていたものが全て新鮮で、ぼくは年甲斐もなく浮ついていた。
「嬉しそ〜だね。ドレーくん」
「うん、外を歩くのって久しぶりだから……」
本当は、こうやってミレイアと一緒に歩くはずだったんだ。
でも、ぼくの思慮の無さが原因で……。
「ちょっとちょっとぉ! 今度はなに落ち込んでるんだよぉ! さては、別の女のこと考えてたなぁ?」
「な、なんで分かるの?」
「考えてたんかぃ!!」
ジャーナリストってすごいなぁ。読心術っていうんだろうか。
あまりウジウジしていてもプリ姉に失礼だと思い、ぼくは気を取り直して街の様相を観察する事にした。
「……あれ?」
「ど〜したのぉ?」
道ですれ違う人々……その中の何人かが、こっちを訝しんだ目で見ている。ぼくがキョロキョロしていたから、不審に思われたのだろうか……。
「なんか……変な目で見られてるような」
「ちょっと待ってよぉ」
亜麻色の髪をかき分け、耳を露わにする。
プリ姉がしたのは、それだけだった。止まる事なく、平然と歩を進めている。
「君の名前を言ってるね。『あいつ、ドレイクじゃないか?』だってさ」
「ぼくの?」
この雑踏の中で声を聞き分けるプリ姉に感銘を覚えつつ、ぼくは少し照れ臭くなって顔を伏せた。
「もしかしたら、ぼくの試合を見たことある人だったのかも」
「あぁなるほど! 有名人なんだね、ドレーくんって!」
期間にして6年余り、ぼくは奴隷戦士として闘技場で戦ってきた。
街はこれだけ広いんだ。この中に観戦者がいてもおかしくはない。
……と、僕は考えてしまった。
思慮の無さを反省したばかりだったのに……ぼくは、とんだ考え違いをしたまま街を進んで行った────。