第2話:騒がしいシスター
突如できた親友──プリ姉さんと握手を終えると、プリ姉さんは何故か不服そうな表情を浮かべていた。
「さんはいらないよぉ。敬語もね。悲しくなっちゃうじゃんかぁ〜」
「え!? ご、ごめんなさい……慣れなくて……」
「はい! じゃあもう一回!!」
そう言って、プリ姉さんが再び手を差し出してくる。
これは……言う通りにしないと永遠に繰り返されそうだ。
「よろしく……プリ姉」
「はーい! よろしくね、ドレーくん!!」
満面の笑みで手をブンブンと振ってくる。どうやら納得してもらえたみたいだ。
それにしても……ドレーくんかぁ。奴隷くんみたいなんだよね。
まぁ元奴隷なんですけど。
テンション高く腕を動かすものだから、揺れで女神像が祭壇から落ちてしまった。
でも、プリ姉には気にする素振りすらない。
それって御神体なんですよね?
「でさぁ、なにか他に憶えてることはないのぉ?」
「え……そうだなぁ」
親密になったせいか、騙してることに罪悪感が湧いてくる。
いっそ全部話してしまおうか?
この人なら大丈夫。会ったばかりなのに、何故かそう思えるんだ。
でもまずは──
「人を探したいんだ」
「名前は〜?」
「……ミレイア」
「あ〜、ミレーちゃん?」
「ッ……知ってるの!?」
「知ってるもなにも、アタイと二人でここにお勤めしてるんだもん。でもさぁ、昨日から姿が見えないんだよぉ。ここによく来るモーガンってチャラ男のところに行ってるのかなぁ」
ミレイアは、ここの修道院で暮らしてたのか。
ぼくが奴隷になることで、ミレイアが娼館に売られることはなくなった。
そして、この異国の女神を崇める教団──セルミア教団に保護されることになったんだ。
タイロス神はミレイアが死んだと言った。信じたくはなかった。
でも……あの言葉はきっと、嘘じゃないんだと思う。
「そういえばきみ、ミレーちゃんに似てるね。髪の色もだし、瞳の色とかそっくり」
「ミレイアは、妹なんだ」
「ありゃりゃ、お兄ちゃんだったの!? そういえば、お兄ちゃんの名前がドレイクって言ってたわ〜。あれ……でも、ミレーちゃんのお兄ちゃんって、確か奴隷戦士やってるんじゃなかったっけ?」
一緒に暮らしてたんだもの。ぼくのことを知っていてもおかしくはない。
やっぱり、プリ姉には全部話しておこう。
「プリ姉、実は────」
☆
──ぼくは、タイロス神との間に起きたことを全てプリ姉に話した。
ぼくの話を聞き終えたプリ姉は、言葉を発することなく俯いている。
ミレイアが死んだことも、ぼくは隠すことなく伝えた。
プリ姉もきっと、ショックを受けてるんだと思う……。
「……ふふ」
「……ん?」
「くふふふふ」
あれ、気のせいかな。なんか笑ってるように見えるんだけど。
「くふふふふ……はぁーはっはっはぁ!! 特ダネきたぁ!!」
「特ダネ!?」
高らかに笑いながら祭壇の上で立ち上がり、胸元から手帳とペンを取り出したプリ姉は、勢いよくジャンプし華麗に女神像の上へと着地した。
「あぁ! 女神像が!!」
「気にするなぁ! この儚くも美しい修道女は、世を忍ぶ仮の姿……その正体は、世界を股にかける正義の編纂者──」
目元を隠す髪をかきあげ、砕けた女神像の上でポーズを取る自称・正義の人。
その迫力に、ぼくは開いた口が塞がらなかった。
「それがこのアタイ! エルキオン公国のジャーナリスト! プリメッタ・チャフ様だぁ!!」
エルキオン公国という国は、ぼくも知っている。
このロヴァニア帝国と同じく、十二柱の神が守護する大国の一つだ。
変人・奇人の天才が多い国だと聞いている。あと、人との距離感がおかしいとも。
鼻を高くするプリ姉を見て……ぼくは妙に納得してしまった。
「いやぁ、苦労してロヴァニアに来た甲斐があったよぉ。この国って、他国の人間を中々受け入れないからさぁ。唯一セルミア教団の信者だけは出入りできるから、信者のフリして入国したってわけ」
「な、なんでそんな危険なことを……?」
「アタイはジャーナリストだよぉ? 危険だろうと、特ダネの匂いがすれば取材に行くんだよ! それがまさか、特ダネの方から飛び込んでくるなんてね……これも、女神様のお導きってやつかな」
プリ姉が運命的な出会いに感謝して、女神様に祈りを捧げている。
その女神様は、今あなたが足蹴にしているのですが……。
「アタイの直感は正しかった! とにかく! アタイは君の行く末を記録する。24時間365日密着取材するから……よろしくね!!」
ぼくの直感も正しかった。
プリ姉が、ぼくの戦いの行く末を見届けてくれる──そう感じた直感は。
そう、正しかったんだ。
ただし、こんな形になるなんて予想もしてなかったけど。