終章:神の傭兵
──ミレイアは、もういない。
ドレイクの最愛の妹。
希望の象徴。
闇に沈むドレイクを、照らし続けた唯一の光。
その光は、兄の死を受け入れられず……人知れず消えてしまった。
だが、タイロスは言った。
あの光が、再び蘇る可能性を。
その言葉に、ドレイクは全身を震わせて言葉を絞り出した。
「ミレイアを……ミレイアを助けてくれるならッ、ぼくは何でもします!!」
『いいだろう。その前に、我の現状を語っておこう』
「……タイロス神の、現状?」
『最初に明言しておく。今の我には、ミレイアを蘇らせる力はない』
「そ、そんな……」
『我が神力は、過去に例を見ぬほどに衰えている。その理由は……貴様にも分かるはずだ』
戦の神タイロス。
その力の源は『戦い』にある。人が剣を取り、ぶつかり合い、その中で得る成長こそが神への信仰となる。
だが、今のロヴァニア帝国にそれはない。戦いは形骸化し、勝敗は買われ、剣は名誉ではなく見せ物と化した。
武人は迫害され、財力によって得ることができる新たな力──魔導具ゴーレムが戦場を台頭している。
戦いはもう、神への信仰となり得ない。
タイロスが力を失うのも当然だった。
「……ぼくのせいでも、あるんですね」
『猛省するがいい、ドレイクよ。貴様のように戦いの本質を穢す愚者こそが、我への信仰を妨げる元凶なのだ』
「ご、ごめんなさい……」
責められた罪悪感に、ドレイクは指先をもじもじといじった。その視線は泳ぎ、まるで幼子のように小さくなっている。
その場にいたたまれず、ドレイクは話題を変えるように尋ねた。
「そ、それで……ぼくは何をすれば?」
『我が力を再び満たすには、ロヴァニアがかつての姿を取り戻すより他に無い。その為には──』
次の瞬間、ドレイクの脳裏に一つの映像が焼きつく。
それは頂だった。
帝国の頂点。皇帝が座する、唯一無二の玉座──
『ドレイクよ。貴様はオルドフェルムを勝ち抜き、帝国軍への道を開け。そして弱者を淘汰し……玉座を奪うのだ』
「ぼくが……皇帝に?」
強者であれば、奴隷だろうと皇帝を目指せる。それがロヴァニア帝国の本質。
それこそが、戦の神・タイロスが定めた神の法。
そして、その神の法は今も消えていない。
「む、無理ですよ! ぼくが皇帝になるなんて!! 奴隷生活が長くて、勉強も全然だし……そもそも政治なんてッ……」
『元より貴様に政治など求めてはいない。我が求めるのは、圧倒的な武力による統治だ。貴様が皇帝の座に就けば、内政は我が神託者が担う』
「神託者って、神の代理人……ですよね? ぼくもそれに?」
神託者とは神に選ばれし者……神の意思に沿って国を動かす代行者のこと。
神託者は不老となり、神が持つ権能の一部を行使できる超常者となる。
『否。貴様は我が神託者とはなり得ない。神託者は一柱の神に一人のみ。これは他の神々と交わした約定……どれだけ力を持った神でも破れぬ誓約なのだ』
「既に一人いるから、ぼくは神託者にはなれない……ってことですか?」
『そういうことだ。それ故、貴様とは一時的な契約関係となる。雇用関係と称するのが正しいかもしれんな』
(だから……『雇う』なんて言ってたのか)
『神託者でない貴様には、我が権能の一部を与えてやることはできぬ。だが、貴様が我が望みを成せば、その対価を用意すると約束しよう』
「褒美を求めて戦う……奴隷と一緒ですね」
奴隷からの脱却を夢見たドレイクにとって、それは何一つ変わらない現実に思えた。
だが、タイロスはその言葉を真っ向から否定する。
『本質を違えるな。我が名のもとに戦うことを選んだのならば、それはもはや奴隷ではない。神が定めし報酬を得るために戦果を挙げる。さしずめ貴様は──』
タイロスの声が、深く、低くドレイクの脳内に響く。
『【神の傭兵】……と言ったところか』
「神の……傭兵」
神に雇われし傭兵。
傭兵に求められし戦果──それは、皇帝の座を奪い神の信仰を取り戻すこと。
対価としての報酬──それは、愛する妹の復活。
「ぼくが皇帝になれば……ミレイアを生き返らせてくれるんですね?」
『約束しよう。ただし、一つだけ条件がある』
「条件?」
『ミレイアの復活。それは、ミレイア自身が望んだ時に限られる。それに異論はないな?』
「……もちろんです」
自分の死が起因でミレイアが死んだのであれば、復活を拒否するはずがない。
ドレイクにとっては、考えるまでもないことだった。
『いいだろう。我は望まぬ者を蘇らせることはできない。故に、貴様もまだ蘇ったわけではない。ドレイクよ、貴様は復活を望むか?』
「望みます」
もはや、ドレイクに迷いはなかった。
ドレイクが首を縦に振った瞬間、身体が淡い光に包まれていく。
「これはッ……」
光が次第に強くなり、ドレイクの姿が朧に溶けてゆく。
「あのッ……神託者の人はどこに──!?」
『向こうから自ずと現れよう。我が傭兵ドレイクよ。帝国民に知らしめよ。貴様の武力をな──』
タイロスの声が遠ざかる。
視界が暗転し、ドレイクの意識だけがふわりと浮き上がった。
意識の果てに、光があった。
暖かくも、どこか懐かしい光。
その光の中心へ、ドレイクの意識は誘われるように吸い込まれていった────。
ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます。
第一章はこれにて終了となります。
次章からヒロインを交えて物語が展開していきます。投稿頻度が下がりますが、引き続きお付き合い頂けると嬉しいです。