第1話:黒と白の夢
────燃えている。
闇の中で、何かが燃えていた。
赤黒い炎が闇を這い回り、恐怖心を煽る圧壊音が耳を打つ。それはさながら、圧し潰される悲鳴のように響いていた。
(あれは……)
炎を見つめる一人の少年。少年が目を凝らすと、徐々に火元が露わになっていく。
燃えているのは人間だった。乱雑に積み上げられた死体が、一つの塊となって燃えている。
悲壮、苦痛、絶望……そして憎悪。目を背けたくなるような表情を浮かべたまま、死体が炎によって次々に骨になっていく。
炎が収まり、露わとなった白骨は驚くほどに澄んでいた。炎が濁り切った感情を全て浄化したのか、その骨は無垢の結晶とも言うべき輝きを放っている。
そんな無数の骨が絡み合い、『鎖』のように連なってどこかへ伸びていく。
手を取り合うように連なった骨が向かう先には、燃え尽きることなく横たわる黒髪の少年の姿があった。
(あれは……ぼくだ)
少年が見たもの──それは、自分自身の姿だった。
眠る少年の両手に、両足に、そして首に、鎖と化した骨が縋るように巻き付いている。
闇の中で輝く『白き鎖に縛られた少年』。
だが、徐々に鎖が赤黒く変色していき、少年の身体を侵食していく。
(……そうじゃないッ)
そう、違っていた。
鎖が少年を侵食しているのではない。『少年が鎖を侵食している』のだ。
少年の身体からは、辺りを包む闇にも勝る漆黒が溢れ始めていた。その漆黒によって鎖も少年も見えなくなり、やがては世界全てを覆い隠していく。
そして少年の意識もまた、闇に引き摺り込まれるように消えていった────
★ ★ ★
────白い空間。何もない白い空間で、黒髪の少年が仰向けで横たわっている。
「……う……う」
空間を満たす眩い光を遮るように、少年は腕を額へとかざした。やがて、閉じられた瞼がゆっくりと開いていく。
煤けたルビーのような瞳が見た光景……それは、先程まで見ていた黒い夢とは対照的な光景だった。
「……これも夢?」
少年は自分の頬を抓ってみた。痛みを感じなかったので、今度は力一杯に捻ってみる。
だが、やはり痛みを感じることはなかった。
「……夢、か」
安堵した少年はため息を吐き、身体を大の字にして再び目を閉じた。
(夢の中でくらい、身体を伸ばして寝てもいいよね……って、あれ?)
なぜ、身体を伸ばして寝てもいいなどと思ったのだろうか。少年は、自然に出てきた自分の考えに疑問を持った。
そして、それと同時に自分が誰なのか分からないことに気づいたのだった。
安堵から一転、胸の奥底に溢れ出す不安……焦る少年が目を見開いた、その時だった────
『目覚めたようだな』
「──ッ!?」
突如空間に……いや、脳内に響き渡った声。少年は声にならない悲鳴をあげて上体を起こした。千切れんばかりに首を振り辺りを見回すが、その声の主を見つけることはできない。
「ど、どこからッ!?」
『我を見つけようとしても無駄だ。今の我に姿を顕す力は残されていない。貴様の肉体と魂を再構築するので精一杯だったのでな』
その重く威厳のある声が脳内に響き、少年は痛みに耐えるように顔を歪めた。
だが、顔を歪めたのは何も痛みだけの為ではない。声の主が言っていることが、少年にとってはまるで意味不明だったからだ。
「ぼくを再構築……? あの……あなたは誰なんですか?」
『我が名はタイロス。戦を司り、戦を愛し、血の祝福を与えし神……【始まりの十二柱の神】に数えられし一柱だ』
声の主から聞かされた『神』という言葉。
自分が何者かも忘れている少年だったが、この言葉に少年は目を見開いて口を震わせた。
「ロヴァニア帝国の守護神……戦の神タイロス……」
『我はこの刻を待ち侘びた。腐敗しきった我が国を焼き尽くし、剣と血が支配する帝国を創り上げる者──その宿命を負うに相応しき星の獣をな』
タイロスと名乗った神の声に熱がこもる。その熱が少年に伝播したのか、少年は呻き声を漏らしながら頭を抑えた。
だが、熱にうなされる少年を気遣うどころか、タイロスは更に熱を帯びた声で少年にこう問いかけた────
『奴隷の戦士ドレイクよ。貴様──我に雇われる気はないか?』