第9話 ようやく本番、その後秒速解決
「え? 私聖女なんですか?」
なんと、コロロは聖女だった。ただし本人に自覚なし。
「というか何でコロロが聖女だって分かったんだ?」
「私聖剣ですから。神の加護を得られる人間くらい確認できますよ」
「そーいや聖剣だった」
見た目はとてもそうは見えないんだけどな。
「私が聖女……」
自分が聖女だったと言われ、コロロは茫然となる。
そりゃそうだ。聖女と言えば神に選ばれたこの世で最も清らかなる乙女。
邪悪な魔物や悪霊を浄化し、勇者と共に魔王を討伐したなんて話は枚挙にいとまがない。
そんな特別な存在だと言われれば、誰だって何かの冗談だと思うだろう。
「まぁそれはどうでもいいので、貴方一体何故ウチに?」
「「それはどうでもよくないのでは!?」」
聖女だよ!? 特別な存在なんだよ!?
「聖女なんてもう何百人も見てきましたから珍しくもなんともないですよ。貴方達も数千年くらい生きれば飽きるほど見れますって」
「人間はそんなに生きられねーよ!」
「仙人かアンデッドになれば数千年くらい余裕でいけますよ」
「ならねーよ!」
魔物じゃねーか!
「で? 何故勇者(ペッ!)を探しているんですか?」
器用に勇者と言った後に唾を飛ばす音を鳴らす聖剣。
「いやお前どうやって今の音出したん? 口ないだろ?」
「今大事な話をしてるんですから、まぜっかえさないでください」
「お前が言うなよ!」
コイツ、本当にコイツは!
「で? 何でなんですか?」
「あ、はい。それが……」
聖剣に促され、コロロが勇者を探していた事情を話し出す。
「実は、私の暮らしていた村が魔物に襲われているんです」
「あー、お金が無いから勇者にタダで助けて貰おうって奴ですか? よくいるんですよねぇ、勇者を好き勝手利用できるボランティアか何かと思ってる人達。そのくらい自分達で対応して欲しいものです」
「いや無茶言うなよ。普通の人間に魔物なんて倒せねーって。けど騎士団に救援を求めなかったのか?」
町には衛兵隊や騎士団の詰め所があるから、魔物や盗賊の襲撃といったトラブルが起きた場合はすぐに彼等が出動して問題を解決してくれる。
村だと騎士団を常駐させる建物が無いから、そういう時は町までやってきて出動を頼むことになるんだが……
「税金はちゃんと支払ってるんだろ?」
騎士団への要請はちゃんと税を納めていれば、どこの村でも頼むことが出来る。
たまに国の届け出しないで開拓された村とかもあるみたいだが、そういう連中は後ろめたい連中だから例外だ。
「騎士団には出動して貰いました。でも魔物には勝てなかったんです」
「騎士団が負けた!? そんな話聞いたことないぞ!?」
騎士団は貴族や国の権力の象徴だ。当然そこらの冒険者よりも強い。
それが失敗したなら絶対大騒ぎになっている筈だ。
「ふむ、どうやら騎士団の手に余る相手だったから情報封鎖をされたみたいですね」
「情報封鎖?」
「よくある話です。騎士団は国の顔ですからね。その顔が負けたとあれば貴族の権威が揺らぎます。だから負けたことは隠して改めて戦いを挑み、勝利してから喧伝する訳です。ですから騎士団が負けた事が騒ぎになる場合は相当の被害が発生し、更に目撃者が多すぎて隠せなかったからという事になるんですよ」
「成る程」
確かに騎士団が負けたらなんて噂が流れたら恥だもんな。
勝った時だけ話を広めるのは納得できる。
「って事は改めて騎士団は魔物に挑むって事か」
「でしょうね」
「いえ、騎士団では無理だと言われました」
「無理? 何で?」
「普通の攻撃では倒せない相手なんだそうです」
「でも騎士団にも魔法使いはいるよな?」
騎士団っていうけど、そこに所属するのは騎士だけじゃない。剣が通じない敵と戦う為に魔法使いも居る。
「どれだけ攻撃しても全然怯まなかったんです。実際騎士の方々が戦う姿を私達も見ていたんですが、まるで攻撃されている事を何とも思ってもいないかのように襲い掛かって来て」
「なんだそれ、一体どんな魔物なんだ?」
攻撃しても怯まないって、そんなのありえるのか?
魔物だって生き物だろ?
「怯まないという事は痛みを感じないアンデッドか、痛覚の無い特殊な魔物でしょうね。となると反撃できない様に焼き尽くすのが一番でしょう」
「騎士団の方達も同じことを考えたらしく、魔法で一気に燃やすことしたんです。でも魔法の効果も薄くて、それで今の装備じゃどうにもならないと言って騎士団の方達は帰ってしまったんです。それから一ヶ月待ったのですが騎士団の方達が来てくれる様子もなく……」
「帰ったってそれ、村は大丈夫なのか!?」
「大丈夫じゃないですけど、幸い攻撃はそこまででもないらしくて、村中総出で柵や壁を作って立て籠っているんです」
「その間に騎士団に直談判しに町まで来たって訳か」
「はい。でも一緒に来た村長は騎士団の詰め所に行ったまま何日も戻ってこなくて……騎士団の詰め所に行っても村長は来ていないの一点張りでした」
「行ったはずの村長が戻ってこないってそれは……」
まさか殺され……
「昨日も騎士団の詰め所に行ったんですが、そうしたら門番の方から良くない事になるから、もうここには来てはいけないと言われて……」
「あまりしつこいとお前も始末するぞという事でしょうね」
「私もうどうしたらいいかわからなくて。せめて村長がどうなったのかを知りたかったんですが、宿の代金も尽きてしまって。それで皆と相談する為に一度村に帰るしかないかと考えていたんですが……そんな時に町の聖剣が引き抜かれたという話を聞いたんです」
「それで勇者を探していたって訳か」
「はい」
成程なぁ。そんな状況なら勇者を探すのも無理ないか。
居たのは勇者じゃなくて足の生えた剣で凄く申し訳ないけどな。
「事情は分かりました。結論から言いますとその魔物を倒しても根本的な解決にはなりません」
「え?」
「どういう事だ? その魔物を退治すれば村は平和になるんじゃないのか?」
「魔物の退治自体は可能です。しかし魔物を退治しただけではまたすぐ次の魔物がやってきますよ。それも永遠に」
「永遠に!? 流石に大袈裟じゃないか!?」
「ええ、彼女の村が襲われるとっておきの理由があるんです」
「私の村が狙われる理由が? それは一体?」
ただの村だと思っていた自分の村に一体どんな秘密があるのかと、コロロは聖剣に尋ねる。
「それは…貴方が原因です」
「え? 私?」
聖剣に指を差され、目を丸くするコロロ。
「言ったでしょう、貴方は聖女だと。魔物達は聖女である貴方を狙っているんですよ」
「私を!? 魔物が!?」
まさか村が襲われる理由がコロロが聖女だったからだなんて。
しかし、ここで俺は聖剣の言葉に矛盾を感じる。
「けどさ、何で今なんだ? コロロが聖女なら、それこそ生まれた頃から襲われてないとおかしくないか?」
というか赤ん坊の頃の方が逃げようがないし襲いやすいだろ。
「それはこの少女の内に眠る聖女の力が成長したからですよ。幼い頃は力が小さすぎて気付かれませんが、大きくなるにつれ、聖女臭とでも呼ぶものが魔物に届くようになったのです」
「え!? 私臭いんですか!?」
「だから匂いで例えるの止めろよお前」
「聖女臭に誘われた魔物達は聖女を喰らうべく村を襲ったのでしょう。ですから村を救ってもそれは今だけです。すぐに新しい魔物がやって来るでしょう」
「そんな……私が原因だったなんて……」
全ての原因が自分だったと知って、絶望に沈むコロロ。
「お、おい、どうにかならないのかよ?」
幾らなんでもこれは可哀そうだろ。
コロロ自身には何の悪意もないんだぞ!?
「ええ、簡単に何とかなりますよ」
「簡単になるの!?」
ついさっきの重苦しい流れなんだったのさ!?
「簡単な事です。この少女が聖女の力を制御できるようになればいいだけの事です。それで全て解決しますよ」
「さらっというけどそんな事簡単にできるのか!?」
聖女の力なんだぞ!?
「できますよ。私聖剣ですから」
「聖剣って言えば何でも解決できる便利な言葉と思ってない!?」
「私を抜けば誰でも勇者になれて何でもできるようになると思ってません?」
「すいません、思ってました」
ぐうの音も出ない反論を受けて俺は黙る。ああ、俺は無力だ。でもコイツが関わる事に関しては無力の方が良いと思うんだ。
「という訳で貴方が聖女の力を使いこなせるように鍛えます。私の修行は厳しいですよ。耐えられますか?」
「はい! 私頑張ります! 絶対村を救って見せます」
なんか修行が始まった。
◆
翌日。
「光よ!」
「「「「「ギャアアアアアア!!」」」」」
コロロの村を襲っていた魔物は光に吸い込まれて全滅した。
「で、できた……出来ました! 私魔物を倒せました!」
あっさりコロロの村を襲った魔物は討伐された。
その正体を一切知られないまま雑に、力づくで。
「って早すぎだろ! 一晩だぞ!」
厳しい修行じゃなかったのかよ!
「一晩中修行は厳しいでしょう?」
「ただの徹夜だよ! 夜は寝ろ!!」
「えへへ、ホント眠いです」
魔物の脅威がなくなった事で、コロロは眠そうな顔でしかし屈託のない笑みを浮かべる。
「……あー、良かったな」
まぁ、コロロは頑張ったし、寧ろ問題をさっさと解決出来て良かったと思っとくか。
「コロロー!」
「スゲェよコロロ! 魔物を倒しちまうなんて!」
「ありがとうコロロ!」
村の住人達が口々にコロロを褒め讃える。
「う、ううん、私だけの力じゃないよ。この人達が協力してくれたから……ってあれ?」
しかし、コロロが振り向いた時にはすでに俺達の姿は無かった。
「あ、あれ? 先生? ヤヌシさん?」
◆
「いいんですか? 残っていれば恩人として持て囃されたでしょうに」
「そんな厚かましいまねできるか。俺はただの一般人だぞ」
俺達はコロロの村を後にして町への帰路に着く。
「ですよね。貴方はただオロオロしてツッコミ入れてただけですし」
「ツッコミ入れさせるのはお前だろ!」
「そうそう、後で騎士団の宿舎を襲撃して村長を助けてあげないといけませんね。それに領主の館も襲撃しないと。いくら何でもあの程度の魔物も軽く倒せないで口封じとか怠慢が過ぎます」
「さらっと犯罪予告すんな。あと村長って生きてんの?」
「ええ、昨夜ささっと確認しておきました。騎士団的には魔物を討伐するまで黙らせる為に投獄していただけで、後で厳重に脅してから解放するつもりだったみたいですね」
ちょっと意外だな。とはいえ口封じで殺されてなくて良かったぜ。
「まぁ村のまとめ役ですからね。指導者が居なくなると税の支払いが滞るのを嫌がったんでしょう」
「シンプルに手間がかかる事をしたくないから生かされたのか」
「ですが無辜の民を面子の為に閉じ込めて体裁を保とうとしたのはあまりにも情けないので、隠しようもないくらいに恥をかかせて性根を鍛えてあげましょう」
「……ほどほどにな」
◆
翌日、領主の館と騎士団の宿舎が更地になったと町中で噂になった。
更に領主の館があった場所には、バカデカい岩が突き刺さっていて、そこにはデカデカと『最近の貴族と騎士の軟弱ぶりは目に余る。もっと鍛えるように』と偉そうな言葉が彫られていたのだとか。
当然領主は激怒して岩の撤去を命じたんだが、岩は相当深くに刺さっていたらしくて引き抜くことは出来ず、更に掘られた文字だけでも削ろうにも、何故かどんなことをしても文字を削る事も出来なかったのだという。
結果、領主は多くの人々に赤っ恥の証拠を見られてしまう事となったのだった。
「ははは、アレに書かれた文字を力づくで打ち消せるようになればこの町の騎士も多少は使えるようになるでしょう」
そして町の人の反応を聞いてご満悦の張本人。
「おはようございます! お家の前の掃除が終わりました先生!」
「ご苦労様です。食事が出来ていますから貴方も食べてください」
「はい! 頂きます!」
掃除道具を仕舞うと、椅子に腰かけて朝食を食べ始めるコロロ。
「……なぁ」
「何ですか?」
「何でコロロがここに居る訳?」
「はい! 先生からここで暮らすようにと命じられました!」
「何で?」
ちなみに先生は俺の事じゃナイ。エプロンしてるアレの方だ。
「コロロの聖女臭が魔物を引き寄せる事に変わりはありませんからね。それなら人の臭いが多くて薄れやすい町で暮らした方がよいでしょう。それにつられてやって来た魔物を相手にすれば騎士団の鍛錬にもなりますし」
「そうじゃなくて! 何で俺の家にいるんだって話だよ!」
「すみません、私お金がなくて……それで先生がこの家に住めばいいって」
「俺の許可は!?」
これ以上居候を住まわせる余裕なんて無いよウチは!
「あ、あの! 私聖女の力を制御する為に冒険者になったんです! だからその報酬を家賃として納めますから、住まわせてもらえませんか!」
「家賃……だと!?」
つまり家賃収入!?
「ちなみに彼女の素質ならすぐにひと月当たり金貨数枚は稼ぐ冒険者になれますよ」
「きっ!? ……ウン、イイヨ。スキニクラシナサイ」
「っ! ありがとうございます!」
「流石小市民。お金の力の前には手も足も出ませんね」
ダッテ金貨ダヨ。お金はトッテモ大事ナンダ。
家賃収入ありがとうございますっっっ!!