第7話 勇者を求める少女
「ふぅ、今日もしっかり父上にはびこる雑草を駆除してやったぞ」
今日も朝から畑の手入れに精を出す魔王の娘マリア。
でも雑草取りは駆除って言わないんだわ。
「ゲギャギャ……」
いややっぱ駆除で良いです。
あと父上にはびこるってなんか違う意味に聞こえるんですけど。
「お疲れ様です。冷たいお茶をどうぞ」
「おお、感謝する」
聖剣から冷たいお茶を貰うと、一気に飲み干すマリア。
「貴方もどうですか?」
「ああ、貰うよ」
聖剣から受けとったカップはひんやりと冷たく、口に含めば爽やかで冷たい液体がのどを潤す。
「これ、美味いな」
「それは良かった」
「っていうかウチに茶なんてあったっけ?」」
「ああ、それは虐殺キノコを漬けた虐殺紅茶キノコです」
「猛毒キノコじゃねーか!」
「解毒してあるから大丈夫ですよ」
「解毒してあっても怖いんだよ!!」
「そうそう、食材が切れたので買ってきてほしいんですが」
「いきなり話題変えるなよ!」
とはいえ流石に聖剣に買い出しをさせるわけにもいかないので、仕方なく買い物に行くことにする。
「それなら私も行こう!」
しかし何故かマリアが自分も行くと手をあげる。
「おいおい、買い出しくらい俺一人で十分だろ。お前は一仕事終えたんだから休んでろよ」
っていうか下手に外に出て騒ぎを起こされると困る。
「ははは、家主は気遣いの出来る男だな! だがあの程度働いたうちにも入らん! 寧ろ体が訛ってしょうがない!」
いや、あの雑草かなり危険だと思うんですけど。
こないだも冥界の孔から這い出て来たデスフェンリルを蔦でグルグル巻きにして絞め殺して食べてたし。
そんなことにやってるもんだから、ウチの畑がドンドン禍々しくなっていくのホント
何とかしてほしいんですけど。
「じゃあ二人でお願いします。マリアがやって来てから食料の消費も増えていますからね」
「ってマジかよ!?」
そんなに食ってたのかコイツ!?
いや言われてみれば何杯かお分かりしてたな。
「安心しろ家主、ちゃんと人間の金は持っている」
そういってジャラリと重そうな音が鳴らして中身が詰まった袋を見せつけてくるマリア。
「人間の金持ってたのか!?」
「うむ、私に襲い掛かって来た人間達を返り討ちにしては身ぐるみ剝いできたからな!!」
「それ強盗!!」
「向こうから襲ってきたんだから正当防衛で問題ないだろ」
「そ、そうなのか? うーん、そうかも? そうかも」
「納得してくれたようだな!」
「という訳で行くぞ!」
「お、おい、引っ張るな!」
そんな訳で俺達は町に買い出しに行くことになったのだが……
「おお、今日は夫婦で買い物かい」
「違うってーの」
「違うぞ」
近所の連中がすっかり俺達を夫婦と勘違いしてるのがなぁ。
「おかげで仕事場でもからかわれるし勘弁してほしいぜ」
「まったくだ。家主は所詮家主。やはり子をなすなら強い漢とでないとな!」
恋愛感情とかじゃなくて種族全体で力こそ全ての思考してんのかよ……魔族こえー。
はー、さっさと買い物終えて帰るか。
商店街で店のおばちゃん達に冷やかされるのが憂鬱だけどなー。
「……む?」
と、町の中を歩いていた時、マリアが路地裏をじっと見つめる。
「どうした?」
「あの娘、なにやら様子がおかしいな」
「娘?」
見ればマリアの指さした路地裏では、一人の少女が何人かの男達に囲まれていた。
「何だ? 厄介ごとか?」
「ふむ、妙に気になるな」
「あ、おい」
マリアは明らかに厄介ごとにズンズンと向かってゆく。
まじかよコイツ!?
「おいお前達、何をしている」
そして思いっきり堂々と絡んでいく。
駄目だ、トラブル確定じゃん!
「あん? なんだおま……おお! こっちも美人じゃん!」
突然話しかけられた男達は明らかにこちらを追い払おうぞ苛立ち交じりの声で威嚇してきたが、マリアの整った容姿を見た瞬間手の平を返す。
「いやなに、ちょっと人探しに付き合っていただけだよ」
「ほう、人探しか。我々もこの町に暮らしている。誰を探しているのだ?」
いやいや、この場合の人探しとか、どう見ても知りもしないのに女の子を人気のない場所に連れていくためのでっちあげに決まってんじゃん。
もう見た目からしてチンピラって感じなんだもんこいつ等!
でも関わり合いになったら怖いから俺は口を挟まない。
「あ、あの。私勇者様を探しているんです」
「「勇者様?」」
あっ、しまった。つい俺まで声に出しちゃった。
だって勇者を探してるってねぇ……
「この町の聖剣が引き抜かれたと聞いたんです。それはつまり勇者様がいらっしゃったという事ですよね? 私、勇者様にお願いしたいことがあって探しているんです!」
なるほど、この子がこんなことになっている理由は考えるまでなく理解した。
「そういう事。だから俺達が勇者様のところ案内してあげるって訳さ。何なら君も一緒に来る? 勇者様だぜ」
あー、うん。それをこいつに言っちゃいますかぁ。
「はははっ勇者か。それは良いな」
「お、君も一緒に行っちゃう?」
男達は新しいカモが引っかかったと下卑た顔を隠す事も忘れて浮かべるが、俺の目から見たマリアの笑顔は到底そんな気持ちになれるような表情じゃあなかった。
「そうだな、本当に勇者がこの町に居るのなら……な」
ゴキッ
マリアの肩に手を回そうと近づいてきた男の腕が、突然おかしな方向に曲がる。
「……え?」
あまりに一瞬のことに、男は自分の身に何が起きたのかまだ気づいていない。
「な、なぁ、なんかお前の腕変な方曲がってない?」
「え? あ、あれ? 何で俺の腕、反対に曲がって……」
仲間に指摘されてようやく現状を理解する男。
「なぁ。勇者の居場所を知っているんだって?」
動きの止まった男に逆にマリアが近づく。
「ぜひとも案内して欲しいものだな」
「ひ……!?」
ここに至ってようやくマリアの笑顔が別の意味を持っていたことを察する男達。
ガシッと男の顔を掴むと、ミシミシという音が聞こえてくる。
「なぁ、勇者はどこにいるんだ? 知っているのだろう? 教えてくれないかな?」
言葉こそ丁寧だが、やってることは完全に脅迫だ。
「て、手前ぇ! ロブを放しやがれ!」
我に返った男の仲間がナイフを手にマリアに襲い掛かる。
だがそんなもの効く筈がない。だってそいつ、魔王の娘なんだぞ。
キィンという音と主に、男のナイフがへし折れる。
「へ?」
男は半ばからへし折れた自分のナイフと、マリアの二本の指の間に挟まっているナイフの残り半分を交互に見つめる。
「ナマクラだな。こんな安物ではゴブリンすら切れんぞ」
「ひぃっ! ば、化け物!!」
慌てて逃げ出す少女を囲んでいた男達。
うん、それが良いよ。厄介ごとには関わらないのが一番だ。
俺はもう手遅れだけどな……お前達は逃げのびろよ……
「ふん、軟弱な連中だ」
見ればマリアの手の中の男は、恐怖からか完全に意識を失っていた。
「そら、返してやるからさっさと帰れ」
「ひぃっ!」
ただ一人残っていたナイフを折られた男が、気絶した仲間を放り投げられて地面に押し倒されるも、よほど恐ろしかったのだろう。悲鳴を上げて逃げ出した。
「あ、あの、勇者様は……?」
男達が逃げ去り、事情が分からないまま取り残された少女が状況を理解できないままこちらに事情を聞きたそうに視線を投げかけてくる。
「そんな奴は初めから居なかったという事だ。お前は騙されたんだよ」
「ええ!? でも聖剣が引き抜かれたんですよね!? 私も広場に行って聖剣が無くなった事を確認しましたし」
「あー、それは家主殿に聞け」
と、説明が面倒になったのか突然俺に振ってくるマリア。
「ってお前、人に押し付けるなよ!」
「だがアレの事は家主殿の管轄だろう? 私の管轄は畑の管理だ」
「別に俺の管轄じゃねーよ! あとお前の管轄ってそれでいいの?」
魔王の娘のプライドとかどうなってんだよ。
「あの、ヤヌシさん? 貴女は勇者様がどこにいるのか知っているんですか?」
不味い、どう転んでも厄介ごとになる予感!
「いや、勇者の事は知らな……」
「お願いします! 勇者様に合わせてください!」
しかし少女は知らないという俺の言葉を最後まで聞く事無く深々と頭を下げてきた。
「私の村を救うために、勇者様の力が必要なんです!」
ほら厄介事来ちゃったー!
どうすんだよ。この状況! 最悪の場合あの聖剣の説明しないといけなくなるじゃん!
あんなもん、本気で救いを求める人に見せれる訳ねーだろ!