第2話 聖剣の手土産
「手土産に採れたての魔王を持ってきました」
「帰してこーいっ!」
自称聖剣が土産と言って押しつけてきた魔王を俺は返品する。
「クーリングオフ不可です。一度受け取った以上返品は受け付けません」
「受け取ってねーよ! 捨ててこい!」
「えー、せっかく夜明け前から狩りに行ったんですよ。採れたてで凄く新鮮なのに」
「採れたて野菜みたいに言うな!」
そもそも何で魔王なんだよ! そこはもっとささやかにイノシシとか熊でいいじゃん!
「御冗談を。聖剣のお礼ですよ。せめて魔王程度でないと粗品にもならないじゃないですか。文字通りつまらない品ですがってね。ははっ」
「笑えねぇって意味じゃねぇか!」
もういや! 話が通じないよこの自称聖剣!
「こんなもん貰っても扱いに困るっての!」
「役所か冒険者ギルドに持っていけば魔王殺しの英雄になれますよ?」
「ただの一般市民には荷が重すぎるんだよ!」
「おー、世の若者は立身出世と身の丈を知らない英雄願望しか頭にないというのに、謙虚な方ですねぇ」
「謙虚とか言うレベルじゃないんだよ! 魔王とかどう考えても厄介事の匂いしかしねぇだろ!」
考えてもみて欲しい。俺みたいなどこにでもいる普通の一般人が魔王の死体なんて持って行ってみろ。
普通に考えて本当に俺が倒したのか、誰かの手柄を奪ったんじゃないかと疑われるのが関の山だ。
仮に本物の魔王だと信じて貰えたとしても、それはそれで英雄扱いだ。
「良いじゃないですか英雄扱い。若者の夢でしょ?」
「俺が倒した訳じゃないんだぞ! もし今後強力な魔族や魔物が大暴れしたら俺に何とかしてくれって押し付けられるのは間違いないだろ!」
「まぁそうなりますね」
「分かっててなんで持ってきたんだ!」
「お礼の品ですので、このくらい感謝していると言う誠意を見せる為です」
「俺の負担も考えて!」
「しょうがありませんねぇ。これは裏庭に埋めておきます」
「人の家に死体遺棄するな!」
「まぁまぁ。仮にも魔王の死体ですよ。魔力が豊富で良い肥料になります。これを機に家庭菜園など始められては?」
「魔王の死体にして良い所業じゃない!」
どこの世界に魔王の死体を肥料にする一般人が居るんだよ!
「世界初の偉業ですね」
「寧ろ異常だよ!」
もうやだ。この聖剣、剣の癖にシャベルで土掘って魔王の死体埋めてる。
ってか本当に人の庭に埋めやがった!
「おや、よくみたら既に小さいですけど畑があるじゃないですか。丁度良かったですね」
「親が遺した畑に変な栄養染み込ませるな!」
うちの庭、というかこの町に昔から住んでいた人間の家には畑があるのが普通だ。
というのも聖剣を使った町おこしをするまでここは小さな村だったから、生活の為に作物を育てていたんだよ。
町が大きくなって農民を止め店で働く人間が増えても、生活を支える為に最低限の畑を残した家は多かった訳だ。
「そんな代々伝わる畑に魔王を埋められた……」
「今年は大豊作確定ですよ。人間界は魔力密度が低いですから、魔界で暮らしていた魔王は魔力満点の最高の肥料です!」
「もうこれ以上魔王の尊厳を踏みにじらないであげて!」
はぁ、本当に疲れた。でもこれで礼はされたし、この自称聖剣から解放される筈だ。
◆
「ふぁ~」
翌朝、俺は眠気の残る頭で起きてくる。
「おはようございます。朝食の準備は済ませてありますから、顔を洗ってきてください」
「おお、悪いな」
俺はタオルを受け取ると桶に入った水を掬って顔をバシャバシャと洗う。
「で、何でいる訳?」
そこには、昨日帰った筈の聖剣の姿があった。
「何でって、お礼をする為ですよ」
「いや礼はされたじゃん! 魔王埋めたじゃん!」
自分でも何を言っているのか分からないが事実なので仕方がない。
「ですが魔王はお気に召さなかったようですので、それに代わるお礼を用意する必要があります」
「いらないから! 何もいらないから!」
「とはいえ魔王に匹敵するお礼、それでいて貴方が受け取りやすい品となるとなかなか思いつきません。なので良いお礼を思いつくまで身の回りのお世話をさせて頂くことにしました」
「しなくていいから! 気持ちだけで良いから!」
「そういう訳にも行きません。これでも私は聖剣。聖剣たるもの恩を受けたならそれにふさわし礼を知ろと神から特に言われていませんがします」
「言われてないのかよ!」
「ほらほら、ご飯が冷めてしまいますよ。食べてください」
「ご飯って……
俺はテーブルの上に並べられた料理に目を向ける。
一見すると美味そうな料理が並んでいる。
「これ、お前が作ったのか?」
「はい。私が作りました」
「何で剣なのに料理作れるんだよ?」
「私は聖剣ですから」
「答えになってないよ!」
「聖剣として勇者やその仲間と旅をしてきましたから、色々な人々の仕事を見て覚えました」
「そうなんだ……」
見ただけで覚えるとか聖剣凄すぎね?
「さぁさぁ」
聖剣は俺を強引に椅子に座らせると、料理をズイッと差し出してくる。
「……」
正直良い匂いだ。凄く美味そうな匂いがする。
しかしこれは本当に食べてよいものなのか……
「あっ、それとも私がアーンした方が良いですか?」
「いただきます!」
これ以上よけいな事をされる前に俺は料理をかき込む。
「……美味っ!?」
料理が口の中に入った瞬間、その味に驚く。
聖剣の作った料理はビックリするくらい美味かったからだ。
正直そこらの店で食べるよりも遥かに美味いぞ!
「見ただけでこんなに美味く作れるもんなのか!?」
「ははは当然ですよ。料理とは必要な分量を必要なだけ入れて必要な時間煮たり焼いたりすればいいんです。よけいなアレンジをしたり手抜きをして手癖で作らなければ誰でも一流の料理人と同じ物を作る事が出来るんですよ」
それは流石に言い過ぎなのでは?
「しかしこの料理にはそんな一流の料理人ですらどうにもならない手順がありますがね」
「一流の料理人でもどうにもならない?」
「おっと気になりますか?」
聖剣が表情も分からないのにうっとうしいドヤ顔になったのが分かる。
「それは切断面です」
「切断面?」
「ええ、私はこの世で最も切れ味の良い聖剣ですから。私で切るだけでありとあらゆる食材が最高の状態で切断できるのです」
「へぇー、そうなんだ」
「しかも私自身が切っていますから使い手の技量を心配する必要はありません。食材の旨味も食感も損ねることなく、最高の包丁捌き、否、聖剣捌きで下ごしらえをしたからこそこの美味さを実現できたのです!」
はー、聖剣の切れ味って凄いん……
「待て」
俺は食事を勧める手を止めて聖剣に待ったをかける。
「この料理、お前で切ったのか?」
聖剣が切ったのか、ではなく、聖剣で切ったのかと俺は問う。
「はい、そうですよ」
「食材を切った? これまで無数の魔物を切った剣で 昨日魔王を切った剣で!?」
「ああ、ご安心を。私は聖剣ですので、自動清浄化機能がついているので何を切っても綺麗な刀身のままですよ」
「そう言う問題じゃねーよ! 気分の問題だ!」
「とはいえ、ドラゴンを調理するとなると生半可な調理器具は使えませんし。必然的に私の出番になりますから」
「だからってお前……って、ドラゴン?」
「はい。このステーキはドラゴン肉です。正しくはドラゴンカイザードラゴンの肉です」
「ええと、カイザードラゴンって凄いの?」
「最強のドラゴンです。この町だったら羽の一羽ばたきで多くの家が倒壊し、ブレスを吐けば町どころか周辺の土地がまるごと焼け溶けて一面マグマの海になります」
「何でそんなやべーのと戦ってんだよ!!」
「貴方に美味しく食べて欲しかったからですよ」
「……それを剣に言われてもなぁ」
気持ちはありがたいし滅茶苦茶美味かったのは確かだけどさぁ。
それでもカイザードラゴンとか何なんだよ。一般人は普通のドラゴンでもやべー生き物って感想なんだが。
「あっ、そうそう。ドラゴン素材と言えば人間にとってはお宝になりますから、どうぞお納めください。皮と鱗は頑丈な防具に。角や牙、骨は鋭く強力な武器に……私が居るので武具にする必要はないですね」
「そもそも武具にするつもりなんてねーよ!」
「内臓は魔法儀式や各種貴重な魔法薬の素材になりますから、売れば大金持ちですよ」
「だから! そんなもん持って行ったら大騒ぎだって―の!」
「またですかぁ? 我が儘ですねぇ」
我が儘とかじゃなくて規模がおかしすぎるんだよ!!
大金になるからラッキーとかじゃなくてさ、いきなりお礼に国を上げますとか全財産あげますとか言われても逆に引いちゃうだろ!?
「まぁ確かに料理で余った残飯をお礼というのはいくらなんでも失礼すぎますよね。ではこの素材は裏庭に埋めておきますね」
「だから人の家の庭をヤバいモンの不法投棄場にするなよ!」
「まぁまぁ、カイザードラゴンも魔力と龍気に満ちていますから、埋めておけば土地が栄養豊富になりますよ」
「ホントかぁ!? ホントにそれだけで済むのか!?」
こうして、俺の家の庭に今度はドラゴンの残飯が捨てられたのだった……
ホントに大丈夫だよねウチの庭?