最終話 聖剣のご飯
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「ところで、貴方って欲しいものはないんですか?」
夕飯を終え、食後の魔王畑の雑草を煎じた茶を配りながら聖剣がそんな事を聞いてきた。
「欲しいもの? 急にどうした?」
「いえね、貴方は私がお礼をすると言ったのに何を望むでもなかったじゃないですか。嫌い奴を切ってほしいとか目障りな奴を惨殺してほしいとか」
何でそんなに切らせたがるんだよお前。
「だから欲しいものが何もない空虚で無気力で主体性のない人間なのかと思ったんですよ」
「流れる様に罵倒するな」
まったく、俺だって欲しいものの一つや二つあるってーの。
「というか、手足の生えた剣が突然やって来てお礼がしたいからって魔王やドラゴンを押し付けてきたら誰だってこりゃヤバイと思って素直に言える訳ないだろ」
「何かおかしい所でも?」
「おかしい所しかねぇよ!」
「それで、欲しいものとかないんですか? 王座とか」
「ただの平民にそんな重いもの押し付けようとすんな!」
「近頃の王家は軟弱ですからそろそろ頭をすげ替えても良いと思うんですけどねぇ」
「気軽に首を切って挿げ替えようとすんな」
お前がやると物理的に首を斬るだろ……
「伝説の聖剣様にお願いしなきゃいけないような願いなんてねぇよ。俺みたいな凡人はたまに美味いものが食えればそれで万々歳なんだからよ」
つーかマジで思い浮かばねぇ。そりゃ綺麗な嫁さんが欲しいとか、大金が欲しいとか、いい加減古くなってきた家を直したいとかああしたいこうしたいってのはあるけどよ。
そこに『聖剣』って言葉が付いてくると話がややこしくなる。
コイツが関わると「美人の人間ですね。では適当困ってる姫を助ける代わりに」とか「金ですねではドラゴンを狩って売りましょう」とかしかねない。
そんなことされたら確かに欲しいものは手に入るかもしれんけどそれ以上の厄介事を呼び込むのは目に見えてんのよ。
これまでコイツのやる事を見て来たから、下手に何か言ったらそうなるのが目に見える。
何かあった時に俺だけじゃどうにもならないような願いの叶え方をされるのが一番困るんだよ。
その時にはコイツはお礼を終えて居なくなってんだから。
「成る程、そうですか。分かりました」
本当に分かったのかねぇ。
◆
「何だこりゃ」
翌朝、目が覚めるとテーブルに豪勢な料理が所狭しと並んでいた。
何だ? 今日は何かの祝いの日か?
「おはようございます。朝食が出来ていますよ」
「いや、出来てるってお前これは……」
「ふー、朝の草むしりが終わったぞ!おお、今日の朝食は豪勢だな!」
「おはようございます! わぁ! 凄い朝ご飯ですね!」
何かあったのかと聞こうとしたところでマリア達が同時にやって来て騒ぎ始める。
「ほらほら、料理が冷めますから手を洗って早く食べちゃってください」
「「はーい」」
二人が乱入してきた所為で、妙に豪勢な朝食の理由を尋ねそこっちまった。
◆
「……」
その後食事を終えた俺達だったが、結局聖剣はご馳走に関して特に何も言わなかった。
何だ? 本当に特に大した意味もなかったのか?
洗い物を終えた聖剣がエプロンで手を拭いながらやってくると、ポスッと椅子に座る。
「そうそう、言い忘れてましたが私、旅に出る事にしました」
「そうなのか。気をつけてな」
「ええ」
そうか、聖剣の奴今日は旅に出るのか。
「って、え?」
旅? 聖剣が?
「旅ってどこに?」
「特に目的は定めていません。ただ現在の世界を勇者や魔王の意志は関係なく私の意志で行く先を決めて旅しようと思ったんです」
「それって日帰りとかじゃなく……」
「ええ、遠くに行くでしょうからいつ帰ってこれるか分かりませんね」
「でもお前、俺にお礼をするまで居るって……」
突然の宣言に俺は困惑してしまう。
本来ならやっといなくなると喜ぶところなのに、急な事で俺も混乱しているらしい。
「それなら聞きましたよ。美味しいものが食べたいと」
「あっ」
そうか、さっきのやたらと豪華な朝食、アレはそう言う事だったのか。
「いつ行くんだ?」
「今からです」
「急だな」
「お弁当と夕食は作ってありますので食べてください。あと日持ちするるおかずもいくつか用意しておきました」
「お前はお袋かよ」
「先生、居なくなっちゃうんですか?」
聖剣が居なくなると聞いて、コロロが不安そうに尋ねる。
「ええ、私もやるべきことが出来ましたからね」
「じゃあ私も連れて行ってください。私先生に教えて欲しい事が沢山あるんです」
しかし聖剣は手の平を突きだしてコロロを拒絶する。
「今の貴方に必要なのは実戦経験です。冒険者として地道に経験と積みなさい。私と一緒に来るには貴方は弱すぎます」
「はっきり言い過ぎだろ!? もうちょっと言葉を選べよお前!?」
「いえ、先生のおっしゃる通りです。私が先生について行ってもきっと足手まといになって先生に助けて貰う事しか出来ないんですよね」
コロロは泣きそうな笑顔で自分が付いて行っても役に立たないと自虐する。
「鍛錬とは地道で成果が分かりにくい者です。しかし惰性に堕ちず弛まぬ日々を送り続ければ、いつか成果がはっきりと分かるようになります」
「はい、先生!」
「ふむ、では私はついて行っても良いという事だな。何せ私は魔王! この即席聖女とは格がぐびゃっ!?」
「お黙りなさい毛の生えた魔王。貴方こそ鍛錬が必要な筆頭です」
「お前マリアに対して当たりが強くない?」
「世界を混沌に陥れる魔王に手加減が必要とでも?」
「あー、うん。そう言われるとそうかも……」
そうだった、こいつ魔王なんだった。
「それに貴方には畑の番人という立派な使命があるではないですか。それを放り捨てるなど魔王の風上にも置けない行為でしょう」
いや、魔王が畑を放り捨てても別に風上におけるんじゃね?
「そうだった! 父上を捨てて旅に出る訳にはいかん!」
納得しちゃったよコイツ。
いやまぁ、あの地獄みたいな畑を放置されたら滅茶苦茶困るから助かるんだけどさぁ。
冥界へ続く穴も開いてるし。あそこたまにデスフェンリルが穴から顔出してるから、滅茶苦茶怖いんだよ。
通りがかったコロロがビックリしてうっかり光の彼方に消し去ってた事もあるし。
「仕方ない。父上の手入れをする為に私は残る。だがいいか、父上に良い肥料が見つかったら持ち帰れよ!」
これ以上地獄みたいな畑を強化すんな。
「それでは私は生きます」
「おう」
「凡人の貴方との生活は何の軋轢も確執も生まれず楽しかったですよ。では次に会う時まで」
「ああ、元気でな」
あっさりとした別れを経て、聖剣は俺の家を出て行ったのだった。
◆
それから数日。俺の周りは静かだった。
町の連中がマリアとは上手くやってんのかとか、コロロとはどういう関係なんだってうるさいとこもあるが、アイツが居た頃に比べれば遥かに静かだ。
「静かすぎて、なんか落ち着かない気もするけどな」
ともあれ、最近じゃ町も聖剣が無くなった事を不安がる事も無くなった。
というのも突然町のすぐ傍に海に繋がる海路と入江が出来、そこを通って海の魚がやってくるようになったからだ。
これのお陰で我が町は内陸に居ながら新鮮な海産物が食べられるようになり、新たな産業となったもんで、聖剣の事なんて考えていられないくらい忙しくなった訳だ。
「アイツ、こうなる事まで考えて……いや、そりゃないか」
ともあれ、町が寂れずに済んだのは良かった。
俺は今日も喧騒が途切れない街を歩き、家へと帰る。
二人に減った居候が待つ我が家に。
「あっ、お帰りなさい。晩御飯出来てますよ」
家に帰ると、見覚えのある剣がエプロンを片手に出迎える。
「って、旅に出たんじゃなかったのかよ」
「出ましたよ。三泊四日旅行」
「ただの観光じゃねーか! 俺の願いを叶えてこれでお別れって流れだったんじゃねーのか!」
すると聖剣が肩を竦めてハハと笑う。その動作やたらとムカつくんだが。
「ええ、貴方の願いは聞きました、美味いものを食べたいと」
「それがあの滅茶苦茶豪華な朝飯の事だろ!」
「いえ、アレは旅に出るから腐りやすいものをさっさと処分しただけです」
「主婦かぁぁぁぁぁっ!!」
紛らわしいんだよぉぉぉぉ!
「という訳で旅先で仕入れて来たご当地の美味しものです。冷める前に食べてくださいね」
と、テーブルの上に所狭しと並べられた見覚えのない料理を指して早く椅子に座れと急かしてくる聖剣。
「あっ、俺の願いってまさかお前」
「ええ、貴方の望む美味しいものを集めるついでに旅行に行ってきました。これなら貴方も遠慮なくお礼を受け取れるでしょう?」
「マジかよ」
コイツ、最初からそのつもりで分かったって言ったのか。
「そう言う訳ですので、これからは趣味の旅行をしながらご当地グルメが手に入ったら料理を作りに戻ってきますね」
「つまり、いままでと大差ないって事か」
今までは日帰りだったのがこれからは二泊三日や三泊四日になったと。
「そう言う事です。獲物の特性もあってこれまでは狩れなかった獲物が複数いましたからね。仮に数日使えるようになれば、今まで以上に美味しいものを食卓に提供できますよ」
こりゃあ参った。コイツ俺がいつまでもお礼を要求しないからこんな強硬手段に出やがった。
しかも礼の内容が腹の中に消える失せものだから、受け取っても面倒も起きないときたもんだ。
「残飯は畑の肥料にすればよいだけですし、完璧ですね」
「止めて、これ以上うちの畑を魔境にしないで」
あったわ、問題。
「さぁ、話もまとまった所で食べてくださいな」
「分かった分かった」
聖剣に無理やり椅子に座らされた俺は、観念して聖剣の料理を食べる事にする。
「そんじゃ」
「「「「「いただきます!」」」」」
「ん、美味いな」
悔しいがやはりコイツのつくる飯は美味い。何の肉か分からんけど本当に美味い。
「……って、あれ?」
そこで俺はふと気付く。
さっき知らない声が混ざっていた気がした事に。
「はむはむ、おいしいおいしい」
「はぁぁぁぁ、とてもおいしいですぅ」
聞き覚えの無い声が料理に舌鼓を打つ。
「……おい」
俺は料理から目を張すと、テーブルに視線を戻す。
するとそこには狼の耳を生やした娘と、耳のとんがった美女の姿があった。
「誰だコイツ等!?」
なんか知らん奴らが居るんだがー!?」
「ああ、彼女達なら旅の途中で死にかけていたので助けました。生贄にされた獣人の娘と、策謀に巻き込まれ濡れ衣を着せられたエルフの族長の娘さんですね」
「明らかに厄介事の匂いがするじゃねーか!」
「安心してください。生贄を要求した魔獣はテーブルの上に乗ってますし、濡れ衣を着せた元凶はサクッと騒動に利用された魔物共々切り捨てておきました」
「なら連れてくる必要なかったじゃねーか!」
何で連れて来ちゃったの!?
「全てが解決して皆幸せ仲良しとはいかないんですよ。生贄として差し出した側や今まで一緒に過ごしてきたのに濡れ衣を素直に信じたような連中と一緒に暮らせますか?」
「それは……」
確かに、そんな連中と今まで通り付き合うのは難しいかもしれない……
「という訳で貴方の嫁候補として連れてきました」
「何でそんな要求しちゃうのーーーーっ!!」
やっぱコイツ人の心が分かんねぇよ!
「ご安心ください。私も族長の娘。部族間の結びつきの為に嫁入りする事の重要さは理解しておりますから」
「そんな理解しなくて良いから!」
「ワウ! 私も良いぞ! お前は弱っちそうだけど、一匹くらい子狼を産んでやるのだ! よその血を入れるのは大事な事だからな!」
「こっちはこっちで割り切り方が凄い!!」
「あー、血が濃くなりすぎないように外の血を混ぜる事の重要性を経験則で理解しているんですね。これは話が早くて助かります」
「分かってて連れて来たんじゃないのお前!?」
「まぁまぁ、あくまで候補ですから。お互いに気に入らなかったら破談にすればいいんですよ」
「それ縁談おばさんの常套句だよね!? 何も言わなかったら特に文句もないなら結婚しろっていうやつだろ!?」
「という訳で私はまた旅に出ますから、皆さん仲良くしてくださいね」
「おいお前、まさか何かあったらまたウチに連れてくる気なのか?」
「ははははは」
「答えろよ!! うちは託児所でも孤児院でもねぇんだぞ!」
「では行ってきます!」
「逃げるなぁぁぁあぁぁぁぁ!」
こうして、今日も消えた聖剣は土産片手に俺の家に入り浸るのだった。
これにて聖剣の物語はおしまいです。
皆さま最後まで読んでくださってありがとうございました。
追伸
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