第14話 突然の海
「海釣りに行きましょう」
「錆びるぞ」
朝から聖剣が妙な事を言い出した。
金属なのに塩水に入りたいとか正気か?いや狂気か。
「私は神が鍛えた神鉄製なので錆びませんよ」
それはそれでなんか残念な気持ちになるな。
「ってか何で海釣りなんだよ」
「川魚も良いですが、やはり大きな海魚の方が料理のし甲斐もありますから」
お前聖『剣』だよね?
「それに海産物はお酒にも合いますよ」
「それは……いや、駄目だ。俺は仕事があるからな。何日も町を離れる事は出来ん」
こちとら町を離れて遊びに行ける程生活に余裕なんてないんだよ。
「そう言うと思って昨夜のうちに大地を割って海水をここまで引いておきました」
「は?」
◆
「なんっっっっじゃこりゃあああああ!」
町の外は大変なことになっていた。
町の横に巨大な湖が出来ていて、更にその湖から地の果てまでまっすぐに伸びる川が出来ていたのだ。
「わー、山が真っ二つになってますよ」
「おお、本当だ。しかし綺麗に割ったな。父上の魔法でもこれほど鋭利な切断面を大地に何キロも刻むのは無理だぞ」
コロロ達がまるで他人事のようにこの異常な光景に興奮しているが、事情が読めた俺はそれどころじゃなかった。
「おい、これはどういう事だ!?」
「町に居ても海釣りが出来る様に、大地を一閃して海水をここまで引き寄せました。水が流れる勢いで魚も運ばれているので今なら釣り放題ですよ」
「自然破壊ぃぃぃぃぃぃぃ!」
なんて事してくれてんだこの刃物!!
「あっ、勿論一太刀でここまで開通させましたよ。二太刀も使ったら聖剣の名折れですからね」
「そんな事聞いてねぇぇぇぇぇぇぇ! どうすんだよこの状況! 町の皆もびっくりしてんじゃん!」
「ま、まさかまた魔族の仕業か!?」
「天変地異じゃあぁぁぁぁぁ!」
ほら見ろ! 特にお年寄りが今にも発狂しそうって言うかもうしてるぞ!
「ははは、たかが海と繋がったくらいで大げさな。私の若い頃は地形の10や20変わるのが当たり前でしたよ」
「地図を作る人達に謝れぇぇぇぇぇ!」
「沢山仕事が出来ると泣いて喜んでましたよ?」
「泣いてんじゃねぇか!」
「さ、そういう訳ですから今のうちに良いポイントを確保しましょう。良い釣り場は奪い合いですよ」
「聞けよ俺の話!」
もうやだこの聖剣。
◆
「ふー……」
小さな椅子にどっしりと腰を据え、麦わら帽子を剣先に刺して釣竿を構える聖剣。
「いや、その帽子意味なくないか?」
突き抜けてんじゃん。
「うーん、住処が変わって魚が警戒しているようですね。デスフェンリルのミンチを撒餌にしましょうか」
「唐突にデスフェンリルを酷い目に遭わせるな。っていうか剣なのに竿を使うのかよ」
「ははは、手づかみで魚を獲ろうなんてナンセンスでしょう?」
道具に手足が生えて他の道具を使うのが異様な光景なんだよ。
「おっ、来ましたね。フィッシュ!」
と、聖剣が腕をくいっと動かすと、海面から巨大な魚が飛び跳ねるように吊り上げられる。
「はっ!」
そして麦わら帽子を脱いだ聖剣が宙を舞うと、シュパパパという音と共に魚に銀閃が走る。
いつの間に設置されていたテーブルの上に置かれた大皿に綺麗にカットされた巨大な魚の肉が綺麗な軌道を描いて落ちてゆく。
「オーガフィッシュの刺身完成です。こちらのワサビを混ぜた醤油に浸して食べてみてください」
「でもこれ生だぞ?」
「海の魚は生で食べられるものも多いんですよ。苦手なら表面を炙って食べてみるのもいいですね」
と、聖剣が魚の肉を魔法の火で炙ると良い匂いが漂ってくる。
「ささ、どうぞ」
「お、おう……」
これを食うのか……大丈夫か?
いやでも一応コイツは今まで食えるものしかだしてこなかった。
という事はこれもちゃんと食えるんだろう。
「人間にも食えるものなんだよな?」
「海辺の町では普通に食べられるものですから安心してください」
「じゃあ……もぐ」
意を決して口の中に入れると、俺は半生の魚を噛みしめる。
「っ!?」
するとどうだろう。肉を噛んだ途端ジュワリとした味が口の中に広がり、肉はあっさりと噛み切る事が出来た。
なにより、舌の上で感じるトロリとした味わいと醤油と呼ばれた黒いソースのすっぱさと鼻の奥をツンと抜ける香るはなんだ!?
「オーガフィッシュにはこのお酒があいますよ」
ここで聖剣が酒を差し出してくる。
俺は鼻の奥のを抜けたツンとした感覚を流すように酒を飲むと、口の中がざぁと洗いがされる感覚に心が躍る。
そしてもう一度魚の肉を口の中に運ぶ。今度は酒の味を肴の肉汁が洗い流し、代わりに俺の口を蹂躙する。
「これは……いいな!」
成程確かにこれは酒に合う。
「次々いきますよー、今度はダガーフィッシュの生姜煮にメイスなまこの酢漬けです」
次々に差し出される見たこともない魚やよくわからん生き物の酢の物。
しかしどれも美味いし酒に合う。
しかも聖剣は各料理に合う酒を出すもんだから堪らない。
くっ、これは箸と酒が止まらん!
「もぐもぐ、おいしいですねぇ」
「うむ、魔王城の宮廷料理もかくやだな。流石は聖剣の切れ味」
俺達は聖剣の吊り上げた魚に舌鼓を打ち続ける。
「あー、食った食った」
とはいえ、流石に食える量にも限度がある。
俺達は腹いっぱい魚と酒を堪能して、すっかり満足していた。
「ではそろそろメインディッシュですね」
「メインディッシュ?」
「ええ、来ますよ。今日一番の大物が」
その時だった。突然大地がグラグラと揺れ、海面が激しく波打つ。
そして、海の色が青から黒へと変わってゆくと、ソレは姿を現した。
「なっ!?」
「リヴァイアサン、フィーッシュ!!」
海から夜が噴き出したと思わずにはいられなかった。
真っ黒なそれは空高く飛び上がると、青空を闇夜に替えてゆく。
それだけではなかった。漆黒の夜空がぐぱっと割れ、真っ赤な三日月が姿を現したんだ。
「おっと、やらせませんよ! とう!」
聖剣が跳び、夜空に銀閃が舞う。
夜空が割れ、その奥から青空が姿を見せると、夜が海へと墜ちてゆく。
「ただいま戻りました」
そして聖剣は巨大な夜の欠片を抱えて落ちて来た。
「なかなかのリヴァイアサンでした。これは今日の夕飯にしましょう」
「ええと、リヴァイアサンって?」
「海に住む大魔獣です。私の作った海路を通ってここまでやってきたのでしょう」
「い、いやでも、明らかに空に下の海よりもデカイじゃん!?」
事実、地上に降り注いぐ夜、いやリヴァイアサンのカケラは聖剣の作った海をはみ出して地上に降り注いでいる。明らかにあんな巨体がここまで来れる訳がない。
俺は酔い過ぎて幻覚でも見ているのか? いや、酔いなんてさっきの夜を見てふっとんじまった。
「大魔獣なら珍しい事じゃないですよ」
「そもそも大魔獣を見たことがないんだが!?」
絶対町の方大惨事になってるだろコレ!!
「町には落としてないから大丈夫ですよ」
「心の被害の方だよ!」
年寄りの爺共がショック死するぞこれ! ああもうどうすんだよ!
結論から言うと最初こそ騒ぎにはなったものの、俺が思ったよりは大騒ぎにはならなかった。
というのも勇者がリヴァイアサンを倒したという話が広まっていたからだ。
「リヴァイアサンが倒される瞬間を町の住人が目撃していたのが良かったのだろうな」
「そうですね、おかげでここまで海水を引いてきたのもリヴァイアサンが原因で、勇者様がそれを追ってきてここで討伐した、という事になっています」
町で情報収集をしてきたらしいマリア達から一部始終が語られる。
「リヴァイアサンの頭部が遺されたのも町の人達的によかったみたいです。アレを解体して巨大な骨を勇者様が討伐した恐るべき魔物の証拠として町の新しい観光名所にするつもりみたいですね」
「残った骨も客の目の前で削り取って売る観光資源にするそうだ。まったく逞しいものだな」
「そうだなー」
結局、真相は誰も知らぬまま闇に沈められる訳か。
「リヴァイアサン、運が悪かったな」
俺はそっと騒動に巻き込まれたリヴァイアサンに黙祷を捧げたのだった。
ちなみに夕飯の竜田揚げは滅茶苦茶美味しかった。