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第13話 平民の平凡な悩み

「あーちょっとばかし飲み過ぎたな」


 その日は仕事が終わると職場の仲間達と飲みに行くことになった。

 そして嫁と勘違いされているマリアや最近居候になったコロロの事でさんざん独身男どものやっかみを買う羽目になっちまった。


「おかげで俺も飲み過ぎたぜ」


 すっかり人通りの減った夜道を歩けば、肌寒い空気が火照った体を冷ましてくれる。


「はー、家かぁ」


 飲みの場でも話題になった我が家の事を思い出し、俺はため息を吐く。


「すっかり賑やかになったもんだよなぁ」


 ただし賑やかの意味は楽しいって意味じゃなく、騒々しい、騒がしい、面倒ごとという意味だが。


「聖女様に魔王だもんなぁ」


 あいつらが初めて我が家に転がり込んできた時は、魔王の娘とただの村娘だったのが、今じゃ色々あって聖女と魔王。

 どこにでもいる普通の奴だと思ってたんだけどなぁ……いや、魔王の娘は全然普通じゃないか。


「それでも聖剣にとっちゃ雑魚扱いだったからそんなに気にならなっていたが、流石に魔王になったのはなぁ……」


 いや、俺が憂鬱な本当の理由はそっちじゃない。

 我が家が明らかにおかしなことになってるのは憂鬱だが本当に憂鬱なのは……


「俺だけ普通の人間なんだよなぁ」


 まぁそういう事だ。俺はあの家の中で一人だけ普通の人。何のとりえもない凡人だ。

 他の連中が才能に目覚めたり修行を積んで凄い奴になったっていうのに、俺だけは何時まで経っても何の価値もない人間だ。


「けど俺は別に特別な才能もないし、戦う事だっておっかない。だから普通の生活が身の丈にあってる訳だ」


……いや、強がりだよ悪かったな!

 本音は周りが凄すぎて色々と危機感を、いや焦燥感を感じていた。


「毎日ダラダラ過ごしても特別な存在にゃなれねぇよなぁ」


 才能が無いなら無いなりに特訓をするとか手段はある。


「一流にはなれなくとも必死で頑張れば二流や三流にはなれるかもな」

 

だったら、何者かになれたアイツ等が羨ましいのなら、俺も何者かになれるよう努力するべきなんじゃないかって、焦る俺が居る。


「でも俺にはそういう才能がさっぱり無かったんだよなぁ。ガキの頃に嫌というほど思い知ったんだよ」


 鍛練を積んで二流になる、というのは妥協に聞こえるかもしれない。

 けど違う。目的を、夢を叶えたという意味じゃ一流だ。

 でも俺はそれが出来なかった。そう、魔物を相手に命懸けで戦うなんてとてもできなかったんだ。


 町の若い連中は誰しも英雄や立身出世に憧れて冒険者を目指す。

 けれど7割の連中が魔物と戦う事の恐ろしさに負けてあっさり止めちまうんだ。

 俺もそうだった。


 7割と聞くと微妙な数字と思うかもしれないけど、残った三割のうち1割は死んで止める事もできなくなっちまったから実質は2割だ。

 たった2割だけが生き残って残りはビビって諦めるか死ぬ。

 それが冒険者を目指すガキの顛末って訳だ。


「だから俺は普通の人間として生きる事を選んだんだ」



 何でそんな事を今更考えているかって言うと、酒に酔った事もあるがまぁアレだ。アイツ等が眩しいんだな。

 才能のある連中が夢を目指してがむしゃらになってるのが羨ましい訳だ。


「俺もまだまだガキだねぇ」


 シラフじゃこんな事とても考えられない。

 同僚たちの絡み酒に巻き込まれて悪酔いしちまったせいだ。


 あとはまぁアレだな。アイツ等が強くなると、その分何もできない俺の身の危険が増すのが怖い。めっちゃ怖い。

 だからお願いだからこれ以上強くならないで欲しい。

 とくにあの聖剣は本当に何しないでさっさと聖剣の広場に帰ってください。

 俺が騒動に巻き込まれて死ぬ前に。


「そうなんだよな。全部アイツが原因で、アイツが居なくなればこの生活もすぐに消える」


何しろマリアもコロロも聖剣目当てでウチの居候になってる訳だから、アイツが居なくなれば二人も追いかけて居なくなるだろう。


「聖剣もいつまでもウチに居るわけじゃない。いつか出ていくまでの辛抱だ」


 その時が来るのを期待して、俺は自分の身の安全を祈る。

 

「……まぁ、居なくなるなら畑だけは元に戻していってほしいけどな」


 あれを放置したまま居なくなられたらウチだけじゃなくこの町が滅びかねないからマジで立つ鳥後を濁さないように処理してほしい。勘弁してほしい。


「結局、ただの一般人である俺には、平穏に嵐が通り過ぎる事を祈るくらいしか出来ねぇって訳だ」


 我ながら酔って弱気なこと考えちまったなぁ。

 我が家に帰ってきたころには、すっかり酔いも醒めちまっていた。



「おーう、帰ったぞー」


 家のドアを開けまるで家族が居た時のように家に入る。

つってももうガキ共は寝ているだろうけどな。


「ああぁぁぁぁぁぁ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」


「ぐわぁぁぁぁぁぁ! こんなの無理だぁぁぁぁぁ!」


 お帰りの声の代わりに悲鳴が出迎えてくれた。


「おやおや、情けないですねぇ。この程度で値を上げるとは貴方達は聖女としても魔王としても未熟にもほどがあります」


「無、無理ですよ! 見た事も聞いたことも無い高位存在を倒せなんて!」


「何なんだアレは!? 魔物なのか!? いやアレは魔物なんて生易しいものじゃない! まるで神、神の如きものではないか!!」


 なんか視界の隅で変なものが蠢いている気がするが、本能が全力で見ちゃダメって俺の眼を覆い隠そうとしてきた気がするので静かに目を瞑る。


「おや、いい線いってますよ。そうです、あれは異界における神に等しい存在。その世界においては邪神やその眷属と呼ばれるものです。先ほども言いましたが、通常の攻撃手段はあれに効きません。防がれたのではなくそもそも効果が無いのです。水や火を刃物で切れないのと同じ。あの存在を倒すには概念そのものに作用する力の使い方を覚える必要があります」


 なんか全然理解が及ばない会話してる。


「だからその方法が分かんないんですよー!」


「うわぁぁぁぁ気持ち悪い! こっちは触れないのに向こうは触れるのは何でなんだ!? アンデッドなら魔力を通せば攻撃が通る筈だ! ああああ頭の中がゾワゾワするっっっ!」


「アンデッドではありませんからね。ああ、あまり干渉され過ぎると精神が異常をきたしますから気を付けてくださいね」


「先に言ぇぇぇぇぇぇ!!」


「さぁ二人共。もっと強くなりたいと言ったのですから、頑張って倒してくださいね」


「「無理ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」」


「……」


 俺はそっと扉を閉じると、来た道を戻る。


「飲みなおそう」


 ああ、俺は何のとりえもない平凡な凡人で良かった。

 今日も世界は平和だ。なんか星空が歪んでいる気がするけどきっと気のせいだろう。

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