第12話 ラスボスの登場
「ふはははははははははははははっ!!」
朝っぱらからクソやかましい笑い声が響く。
「うー、なんだよ一体」
「朝から煩いですねぇ」
一体何事かと声の聞こえた畑に行けば、そこには高笑いをするマリアの姿があった。
「朝からうるさいぞー」
「くくくくく、家主か」
振り向いたマリアだったが、何故かいつもと雰囲気が違うような……気のせいか?
「なんだか今日のマリアさん妙に邪悪じゃありませんか?」
と思ったらコロロも同じことを感じたらしい。
「ふっ、相変わらず無礼な連中よ。だが許す。私は今大変気分がよいからな」
「そりゃどーも」
どうしたんだマリアの奴。普段も偉そうっちゃ偉そうだったが、今日はいつも以上に偉そうな感じだ。
「光栄に思うがよい。私が魔王を継ぐ日に立ち会えたことを!」
「「魔王を継ぐ?」」
ええと、どういう事だ? なんか雰囲気がおかしくなったマリアが魔王を継ぐ?
いや魔王の娘なんだから親の後を継ぐのは別に不思議じゃないと思うけどなんでこのタイミング?
「見よ。この雄々しく天へ聳え立つ角を! これぞ魔王の証『魔王角』!!」
「角? あ、ホントだ」
そうか角だ。何かいつもと違う気がしたと思ったら、マリアの頭に角が生えていたんだ。
「この魔王角が生えた事で私は晴れて魔王と成った! 遂にだ!」
「魔族って角が生えると魔王になるのか?」
「みたいですね」
「くくく、日々父上の魔力を体内に取り込んできたのはただ強くなる為だけではなかったのだ! 父上の魔力の全てを取り込むことで、父上の持っていた魔王の力を私が受け継ぎ、本来ならあと数百年はかかったであろう私の魔王化を早めたのだ!」
「なんだって!? 魔王の力を!? じゃあ畑の作物を食べた俺達も!?」
「え? 私も魔王になるんですか!? 角とか生えちゃうんですか!?」
「安心するが良い。ただの人間であるお前達に魔王の力を得る事など出来ん。精々つつましい体に魔力を染み込ませるのが関の山だ!」
「慎ましくありません! 未来があるんです!」
ああ、うん。そうだね。コロロには未来があるよね。成長期が終わるまでに未来が来ると良いな。
「ふははははっ! 私が魔王になった祝いとして、手始めにこの町から支配してやろう!」
「何ぃ!?」
や、やばい! 我が家から魔王が出るとか溜まったもんじゃない! ご近所から「あのお家のお嬢さん、魔王になって世界征服始めたんですって」とか言われて町に住めなくなるだろうが!
「ま、待ってくださいマリアさん! この町で悪さをするつもりなら、私が相手になりますよ!」
前に出て杖を構えるコロロ。
おお! 頑張れコロロ! 我が家の世間体はお前にかかっている!
「ほう、お前が?」
対してマリアは余裕綽々の態度でコロロに笑みを見せる。
「わ、私の聖魔法ならいかにあなたが魔王であっても光の彼方に消し飛ばせます! 防御不可です!」
そう考えるとめっちゃやべぇ能力だよなコロロの魔法。
「ははは、それは怖いな」
「だったら!」
我が家で魔王と聖女の戦いが始まろうとしている。
「だが、本当にお前に撃てるのか? 同じ屋根の下で暮らして共に食事をした私を」
「っ!?」
コロロの顔が苦悩に歪む。
いかん、マリアの揺さぶりだ。コロロは聖女と言ってもちょっと前までどこにでもいる村娘だったんだ。あんな事言われたら攻撃なんて出来ないだろ。
「光よ!」
って撃ったぁぁぁぁぁ!!
「「おわぁぁぁ!!」」
コロロから放たれた光を慌ててマリアが避け思わず俺も声を上げてしまう。
「き、貴様! 昨日まで一緒に暮らしていた相手を攻撃するとは何事だ!」
「先生が言っていたんです! 悪は悪、友は昨日の友! 公私はきっちり切り分けて叩きのめしてから息があったら厚生するか選択させなさいって!」
「何トンデモない事教えてんだあの聖剣んんんんっ!」
聖女に教える内容じゃないだろ!
「くっ、流石は聖剣から薫陶を受けただけの事はある。だが!」
「っ!?」
トンという音と共に崩れ落ちるコロロ。
「所詮お前は力の使い方を学んだばかりの素人。戦闘経験は私の方が圧倒的に上だ」
あっさりと負けるコロロ。
「意識のないうちに首を落とさない事を慈悲と思え」
そしてマリアが俺に向き直る。
「私は寛大だ。同じ竈のパンを食った仲、おとなしくしているなら命を奪ったりはしない」
ぶわっと全身から紫のオーラを噴き出し、マリアが俺に近づいてくる。
「ただの一般町民である家主が私に歯向かえば指先一つで消し炭だ。余計な英雄願望など抱くなよ。私はこれでも義理堅いのでな。王たる私を歓待した者を殺すのは流石に忍びない」
「そもそも抵抗する気なんかねーよ」
マジで死にたくないし。
「ははははは、それでいい!」
マリアはご機嫌で笑うと俺に気絶したコロロを放り投げてくる。
「おおっ!?」
「だが、奴は別だ」
と、裏口のドアを睨みつけるマリア。
そしてドアノブがガチャリと音を立て、ドアの向こうからアイツが姿を見せる。
「貴様だけは始末させてもらうぞ聖剣!」
フッとマリアの姿が消える。
「砕けろぉぉぉぉぉぉ!!」
何も持っていないその手の中に、黒い刃が生まれ、聖剣目掛けて叩き込まれた。
パシュイィィィィン!
「ふっ……な!?」
勝利の笑みを浮かべたマリアだったが、その笑みが一瞬で凍り付く。
「おやおや、何のつもりですか?」
不意打ちを受けた筈の聖剣には、傷一ついていなかった。
「くっ、流石に一撃では倒せんか! だが、魔王角が生えた私の力はこんなものではないぞ!」
ブォッと紫のオーラを更に広げるマリア。
「うわぁぁぁぁっ!」
や、やばい! これはやばいぞ! 魔王と聖剣の本格的な戦いが始まっちまう! よりにもよってウチの敷地で!
「よそでやってー!」
「おや、確かに魔王角ですね。成る程、確かに魔力もデューク級から魔王級に上がっています。おめでとうございますマリア」
「ふん、余裕ぶっていられるのも今の内だ! へし折れろ!」
聖剣へと飛び込んだマリアから、ブォンという風切り音が聞こえてくる。
「がっ!?」
だが、へし折れたのはマリアの方だった。
「ばっ……かな」
そしてマリアの腹に深々と突き刺さった聖剣のボディブロー。剣なのにボディ。
「甘いですね」
「ガァァァァ!」
腹を抉られた悶絶級の苦しみを雄叫びを上げる事で誤魔化して追撃するマリア。
とんでもないガッツだ。だが……
「……」
聖剣は軽いフットワークでマリアの連撃を回避する。
「ワンツー」
パンパンと小気味よい音とと共にマリアが二度のけぞる。
「そして膝!」
「おごぉ!?」
ドズン、という重い音と共にマリアの体がくの字に曲がる。
「朝食を食べる前で良かったですね。せっかくの食事を戻すところでしたから」
「オロロロロロ」
悶絶して吐き出すマリア。
「おっと、吐くなら畑で吐いてください。魔王の吐瀉物なら肥料になりますから」
そう言ってマリアを衝撃波で吐瀉物ごと畑に放り投げる聖剣。
「って、そんなもん肥料にするなー!」
「魔王を埋めて肥料にしたんですよ。消化途中の中身も一緒に肥料になったに決まってるじゃないですか」
「そうかもだけど見た目が! 見た目がー!」
畑は一瞬で大惨事になっていた。正直アレは洗っても食べたくない。
あの辺の収穫物はあとで気絶してるコロロに食べさせよう。
「馬鹿な……私は、父上の力を全て手に入れて魔王になったんだぞ……」
漸く吐き終えたのか、マリアが口元を拭いながらよろよろと立ち上がる。
「たかが魔王でしょう? その魔王は私が倒したんですよ」
「だが私の力も上乗せしているんだ! 二人分だぞ!!」
「小粒な魔王程度が何十人集まった所で意味なんてありませんよ。苦いコーヒーに砂糖を一粒から二粒に増やしても甘くなんてならないでしょう?」
「なっ!?」
自分達の力が砂糖一粒程度の価値しかないと言われ、衝撃を受けるマリア。
「そもそも、魔王角が魔王の証なんてとんだ勘違いです」
「そうなのか?」
「ええ、魔王角なんて魔王世界の入り口、入門編にすぎません。 冒険者ならギルドに入会して会員証を貰ったところ、商人なら丁稚になった程度。ここからが本番なんですよ。ただ魔王角が生えると魔力が増え制御も容易になるのは事実です。それで自分が魔王になったと勘違いした魔族が増えて自称魔王が乱立するようになってしまったのが現状の世の中です。まぁ〇〇山の魔王とか、××川の魔王みたいな感じです」
「ガキ大将かよ」
「はははガキ魔王ですね」
一気に魔王の格が下がったなぁ。
「一人前の魔王を名乗るなら、魔王角が生えて1000年は修行して欲しいものですねぇ」
そうなったら人間に勝ち目が無くなるから弱い魔王のままでいて欲しいなぁ。
「ともあれ、調子に乗った罰は必要ですね」
と、聖剣が膝をついたままのマリアに近づいてゆく。
「くっ、逆らった私を始末するか」
「ふふふふふふ」
不敵な笑い声を上げ、聖剣がマリアに近づく。
「立ち位置が逆なんだよなぁ」
「てい!」
「グワァァァァァァァァァってあれ?」
しかしマリアが殺される事は無かった。
代わりにその手には……
「魔王角はおらせて頂きました」
マリアの頭に生えていた立派な角が握られていた。
「って、あああああああ! 私の魔王角ぉぉぉぉぉぉ!」
自分の頭をペタペタと触って角が無くなった事を確認するマリア。
「か、返せぇぇぇぇぇ!」
「ほほほほほ。捕まえてごらんなさーい」
「私の魔王角ぉぉぉぉ!」
もう小さい子から玩具を取り上げたガキ大将の構図なんだよこれ。
「えーい、ゴリゴリゴリー」
「ああぁぁぁぁぁぁ!」
畑に乗り込んだ聖剣が自分の刃でマリアの角を鉛筆でも削るみたいにガリガリと削ってゆく。
「やめろぉぉぉぉぉ! なんのつもりだぁぁぁぁぁ!」
「魔王二人分の栄養が詰まった畑とか、凄く滋養がありそうですよね」
ゲロも詰まってるけどな。
「やぁめぇてぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ははは、早くしないと角が全部なくなってしまいますよー」
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁあ!」
当然の事だが、マリアの角は全部畑の肥料になった。
強く生きてくれマリア……