見極め
ペプシ視点です。
毒消し、血止め、腹痛止めに傷用絹糸と針。
大地母神殿で4人分の薬と応急手当用品を買うと下級神官価格とはいえ銀貨8枚など溶ける様に消えました。
私の神力は神官平均の6なので、これらと組み合わせて上手く治療してゆかねばなりません。
「神官こそが冒険者パーティの要。貴女が無傷で消耗していなければ、駆け出しの戦士数人でもオーガを倒すことが叶います。」
冒険者志望者向けの講義で神殿の教官はそう述べていましたが、流石に誇張が過ぎるでしょう。
ただ、それぐらい冒険に治癒役は重要だと言う事です。
気を引き締めなくては。
☆
買い物を終え、大地母神殿の正門を出るとドワーフのディッツさんが待っていました。
「ペプシ、儂に付き合え。ミーティング迄に寄って置きたい所がある。」
それだけ言うと、背を向けて歩き始めてしまいます。
「ま、待って下さい。」
慌てて追いかけましたが、冷静になればドワーフのディッツさんより私の方が歩くのは早いのですぐに追いつきます。。
「冒険に出たら冷静にな。ペプシ」
ディッツさんに窘められてしまいました。
☆☆☆
「え、えーと。ここは?」
私がディッツさんに連れられて来たのは[学問の神]の神殿にある図書館でした。
学問の神の神官ではない者は入場料がかかり、1人につき銅貨5枚。けして安くはありません。
「エルフが話していた行先は南ランドルト街道の中頃にあるロイターの街から西に行った山中にある。記録を探せ。」
「ぐ、具体的にはどんな記録を?」
意味が分からなかったので尋ねます。
「コツを掴むまでは、地理的な物だけでも構わない。歩き巫女でも、旅司祭でも良い。手記を探せ」
「それに、お前さんも、歩き巫女志望なら手記を書け。くだらない手記でも誰かの役に立つことがある。」
私は[学問の神]の神殿が行き倒れた冒険者などの手記を買い取りしている事を初めて知りました。
何気ない記述から、現れる魔獣が分かったり、その地域では食べてはいけない物がわかったりするそうです。
私はディッツさんと手分けをして、資料をあさってゆきます。
「ここの資料は[魔導転写]以外では書き写しが禁止されている。もちろん魔導転写には金がかかるから、気になった事は覚えろペプシ。」
そう言いつつもディッツさんは既に何枚か魔導転写を使用しています。魔導具による[魔導転写]は一回銀貨1枚。
紙も[学問の神]の神殿らしく、在庫が豊富にあり、普通に売っています。だが安くはありません。
パーティが軌道に乗ったら、パーティ資金制に移行しないと厳しい。銀貨8枚に図書館入場料の銅貨10枚、それに魔導転写代や紙代、全て建て替えていますが、ちゃんと精算されるのでしょうか。
「金の事も記録には残せ。大抵精算は後金だ。メンバーが死んだ以外では金と痴情のもつれがパーティ解散の理由だ。」
二刻ばかりを過ごし、私達は図書館を後にしました。
☆☆☆
「不味いな。」
私が屋台で買った安ワインを傍らに、肉の薄パンばさみに噛りついていると、ディッツさんが呟きました。私達は図書館を出て屋台広場で遅い昼食を取っています。
ディッツさんは何も食べずに安いワインだけをジョッキで飲んでいます。酸味が強いが癖になる味。だが、何も食べずに飲む物ではありません。
ドワーフは酒さえあれば食事はいらないという噂を信じたくなります。
「わ、ワインだけ飲むからだと……。」
「違う、噂話の事だ。」
そういえば、その安ワイン売りの店主が、二人組の女が因縁をつけられて、その片割れが傭兵達を斬ったと話していました。
そして、双刀を下げた若い男が斬った女の情報を訊き回っている様です。
確かに治安傭兵の数が屋台広場に10名以上いるのは普通ではありません。
「う、噂って、しな」
ディッツさんが睨んできて、私は黙ります。
「いや、酒にシナモンなど邪道だろう。」
ディッツさんは強引に話を誤魔化しました。
冒険者に過去を尋ねないのは基本らしいですが、信濃には、因縁時のやり取りからして、追っ手がかかっている様です。
ディッツさんは世間知らずな私に、冒険者の現実を教えてくれているのでしょう。
事前準備の必要性や依頼人の見極め、金銭管理と、もしかしたら仲間の見極めも。
用語解説
歩き巫女
大地母神の旅する神官。教えを運ぶ種に例えられる事もある。
神官以上で資格が得られる。
神の実在する世界で神官に害なす事は罰当たりな為人間世界では比較的安全に旅出来る。
旅司祭
歩き巫女の至高神のバージョン。ただし至高神には資格制度はない為、神聖魔法さえ使えれば名乗れる。
歩き巫女も旅司祭も、どちらも妖魔等の異種族に殺される事は多い。
私の黒歴史がまた1ページ。