賢者の石
17視点です。
魔都ハルピアに、あーし達[鋼鉄の鍋]は戻って来た。[依頼遂行証明書]を[森の若木亭]に提出して後金を受け取り、ミスリルの燭台を売却して金に変える。
総額で金貨24枚。燭台はディッツの見立て通り金貨20枚になったが一割を冒険者の店に手数料で抜かれた。闇市で捌くより安いが、手間がかからなくて良い。
パーティ資金はペプシが管理者になった。ペプシが手に入れた魔道具[ブックバック]は買うとなれば金貨40枚は下らない価値があるだけあり、セキュリティが高い。信用もあるし、ペプシなら大丈夫だろう。
24枚の内、半分をパーティ資金としてペプシが管理し、残り12枚を頭割りして一人頭3枚。
あーしとしてはダイスで殺した行商人から得た金貨の十分の一。それでも出発前、種銭も無く、短剣一本で[森の若木亭]に飛び込んだ時から見ればマシになった。これからはダイスと冒険者の二足の草鞋で世を凌いでゆく予定にしている。
意外と役にたった馬上筒のメンテナンスと規格外の弾と火薬をヲタク工房に依頼した後、あーしは一件の冒険者の店に足を踏み入れた。
☆☆☆
「いらっしゃいませ〜」
エプロン姿の古魔族が声をかけて来た。あーしは注文をしてテーブル席に腰をかける。カウンター席は見目良いハーフエルフが働く厨房を眺める変人共で満席だったからだ。
[魅惑の伯爵夫人]
店の名であり、店のオーナー古魔族の二つ名。表面上は隠居した古魔族が経営する食事を売り物にした冒険者の店だが、オーナーのジャンヴィル・デポトワールは裏社会では禁忌として知られている。
シャンヴィル伯爵家の当主にして魔王軍南方方面軍司令長官。そしてハルピアの形式上の領主。デホトワール・シャンヴィルでないのは、第一次魔王戦争時の魔族と竜の軍事的合意の際、竜のプライドを慮り、竜人風に名と家名の前後が入れ替えたからだと噂されるぐらいの古魔族。
あーし達が漁ってきた古都を占領していたのは、この古魔族だし、ロイターの街の売却前の旧名はシャンヴィルの街。力ある魔族が煩わしい柵を避ける為に落ちぶれた風を装い、裏に潜っただけだと、あーしは思う。
そして現魔王でも意向を無視出来ないと噂されるその古魔族が、注文した定食とエールを運んできた。
「マスター、買い取ってほしい物があるんだけどさぁ」
あーしが声をかけると、少し意外な顔をして古魔族は答えた。
「あら〜何かしら〜若木亭の方で〜処分出来ない物ですか〜?」
「未分析の新しい術式なんだけどぉ」
「なるほど〜落ち着いたら〜買い取り個室に案内しますね〜」
四半刻後、あーしと古魔族デポトワールは個室に差し向かいで座っていた。下級魔族のあーしには荷が重い。
☆
「そうですね~金貨1枚ですね~」
あーしが提示した[アンデット避けの知られていない術式]に対し、古魔族が付けてきた金額は厳しいものだった。
「それだけ!?。今、知られている術式より、数倍は強力なんだけど」
「フールと名乗る〜エルフさんも〜回収してましたよね〜」
あの場にはあーし達以外誰も居なかった。だが状況を把握されている。あーしは背筋が改めて寒くなった。
「えー、知っての通りエルフは秘密主義に転じてるから、解析が済んでも、直ぐには世にでないし。」
かつてエルフは太っ腹にも、人間やドワーフら他種族を啓蒙するとして、様々な技術を公開し教えていた。例えば薬学なんかがそうで、今でもエルフ薬学などとも言う。
だが人間はエルフに感謝するどころか、それらの技術を我が物顔に使用し世界に覇を唱えようと画策。挙げ句の果てにはエルフにさえ害をなす有り様。
それらを見たエルフは人間らを啓蒙しようとしたのは誤りであったと方針を変え森を厳重に閉ざした。
ペプシの受け売りだけど、今のエルフが秘密主義なのは人間の愚かさとエルフの傲慢の結晶と神殿では習うそうだ。
「私達魔族も〜解析済みですよ〜もちろん人間には明かしませんが〜」
そういえば技術を明かさないのはあーしら魔族も同じだった。
一時、聖王国に現れた転生者を中心に特許という概念が広まった事がある。その概念には魔族も、妖魔族も注視した。
しかし人間には統一した王朝は無く、国外では取り締まれない為、聖王国で特許技術を公開すると他国で真似て普通に売られ、兵器に出来る技術では他国が国をあげて真似をして更に他国に売る事さえあったらしい。
結局、特許の概念は廃れ、聖王国では特許を広めようとした転生者とその支持者は他国の密偵として捉えられ、すべからく火刑に処されたと聞く。
「魔術師ギルドを〜紹介しましょうか〜」
「未解析術式なんて、買い叩かれて銀貨10枚も付けば良いところだし」
解析さえ済めば莫大な富を生む術式を安く買い叩く。先のエルフの方針転換も分からない訳ではない。確かに、あーしが賭場で見てきた人間の貪欲さに底はなかったから。
「では〜銀貨40枚では〜どうですか〜一人頭10枚になりますよ〜」
年期の入った古魔族にはかなわない。あーしは、その金額で妥協することにした。
☆☆☆
「そういえば、遺跡の最深部に[賢者の石]は無かったんだけど?」
あーしは商談の最後に一つ古魔族に気になった事を質問する。答えは無くとも訊くのはタダだ。
「それなら〜店に新しい〜業務用冷蔵庫を〜搬入しましたので〜私のプライベート冷蔵庫に入ってますよ〜少しお待ちを〜」
少し待つと手に鍋掴みをした古魔族が蓋をした小さな鍋を持って戻って来た。鍋掴みを着けたまま、鍋から透明な正四角形の立体を出す。
「これが〜第二賢者の石です〜触るなら手袋を〜素手では〜触っては駄目ですよ〜」
まさか見せてくれるとは思わなかった。解析などせずとも、溢れる気配が本物だと告げている。しかし禍々しい気配に、あーしは触る気はしなかった。
「この四角いのが[賢者の石]?ではマスターは大魔導書の[契約者]に?」
「違います〜これは〜永遠の神の造りし〜不死者の書〜生ける者は契約出来ません〜なので付与術式や構造を〜研究する材料にしています〜簡易版の[愚者の石]を〜試作中ですよ〜」
「なんで冷蔵庫に?」
もしかして、冷やさなければいけない理由があるのだろうか?
「防犯上の理由です〜もしこれがもし〜かの[白夜の女王]などと契約したら〜世界を賭けて〜全ての生者は不死者と〜争う事になります〜」
「私の〜プライベート冷蔵庫は〜魔王陛下でもない限り〜許可なく開けられません〜例え世界を揺るがすアンデットでも〜[賢者の石]には触れられず〜私の秘蔵プリンも〜食べられないのです〜」
怖い事をサラッと聞かされた。でも確かにアンデットがプリンや[賢者の石]を探して冷蔵庫は開けないだろう。まぁアンデットは、そもそもプリンは食べないとあーしは思うけど。
しかし、どうやって[神の寝所]から[賢者の石]を回収したのだろう?今度はそれを率直に訊ねる。
「私は〜ゴーレム研究が専門ですよ〜普通に〜スチールゴーレムに〜取ってこさせましたよ〜ゴーレムは生きとし生ける者ではないので〜造作もありません〜」
そういうとエプロン姿の古魔族は賢者の石を鍋に仕舞い微かに笑った。
白夜の女王
北極点に近い場所に棲む高位アンデット。
極点を中心に北極圏地域の大半の領有を主張しており、領域が重なる人間や魔族と領有権を争っています。
その存在から、ある緯度以上には生者は居ないとまで言われており、実際ある緯度を越えると不死者の数が格段に増えます。
(ちなみにこの世界には北極、南極共に大陸があります)
私の黒歴史がまた1ページ。




