鋼鉄の鍋
ペプシ視点です。
私達[鋼鉄の鍋]と依頼人フールさん、投降者カエデがロイターの街に着いてから、数日が経ちました。宿で休んだ事で旅の疲れが少しは取れていると思います。
というのも、帰りは妖魔やアンデットには遭遇せずに済みましたが、ロイターに着く直前、天候が悪化し、少し強行軍気味に進んだのです。
天候例年より少し早く雪が降り、積りこそしていないものの、そろそろ都市の移動には支障が出てくる頃合いです。
魔刀の引き渡しは冒険者の店が半額を手数料で取り金貨十枚。カエデの身代金は約束通り銀貨五百枚。カエデ以外で頭割りしました。
面倒な交渉があるとはいえ半額手数料は酷い話です。
「夕食後、話がある」
フールさんが私達に告げてきました。傍らにはカエデが影の様に控えています。
どうやらカエデはフールさんに雇われる事にしたらしく、昨日テーブルの隅で報酬についてやり取りをしていました。
「ちょうど、儂も話がしたかった」
外から戻りドワーフの火酒で体を温めていたディッツさんも答えます。ドワーフの火酒は蒸留酒で雑穀から造りますが、途中までは神殿で学んだ消毒用の酒精の造り方と変わりません。
消毒用酒精は元々エルフ薬学から来ていますから、今回知ったエルフへのドワーフの隷属の歴史から見て、怪我をしたドワーフが消毒用酒精を飲んだのがドワーフ火酒の始まりという説は信憑性が高いのではないでしょうか。
ディッツさんとカエデを除いては、「消毒液の味がする」との見解で一致しています。
☆☆☆
「[依頼遂行証明書]になります。ハルピアの[森の若木亭]で後金を受け取って下さい」
冒険者の店の奥の小部屋で、フールさんが私達[鋼鉄の鍋]に契約の終了を告げてきました。契約期間はまだ残りますが、遺跡探索を終えた今、護衛は必要なくなったらしいです。たしかにエルフの大森林に帰る護衛はウンディーネとカエデが入れば充分でしょう。
そのウンディーネですが、再生には真水と魔力を与えながら、大地母神歴で一ヶ月程かかるそうです。
フールさんは雇ったカエデと諮った結果、ハルピアより治安の良い、ここロイターでウンディーネを再生しながら冬を越す事にしたとの事。
ちなみに本格的に雪が降り始めたならば相当な無理をしない限り、二ヶ月半は街から動けません。
とはいえ多少の贅沢をしても銀貨二十枚もあれば一ヶ月は過ごせるので、フールさんもカエデも心配はないでしょう。
「分かった、異議はない。依頼に感謝する」
ディッツさんが書類を受け取り、フールさんと握手をしました。雇われていたとはいえ、初めての旅の仲間との別れは少し寂しさを感じます。
フールさんとカエデは、ディッツさん以外の私達にも別れを告げ部屋を出て行きました。
☆
「儂からの話は二つある」
ディッツさんが新たな契約書の書類を示しながら説明を始めます。
「明後日ハルピア行きの商隊が出る。護衛枠は既に埋まっていたが、食料だけ出る同行者枠が空いていた。良ければ明日朝一で申し込むがどうだ?」
信濃と17は二人共に私を見ました。私の天候予想を聞きたい様です。正直いえば、訓練で雲は多少読めますが、長期予想が出来る訳ではないのです。
ただ[神官と魔術師は分からない事でも、平気な顔でそれなりに答え無ければならない]と神殿の歩き巫女講座では学びました。民を導くのに必要だそうです。
「こ、今年はどうやら雪が早そうです」
「なら決まりではないか?」
信濃は私の返答を聞き賛成を決めました。
「ディッツ、あーしは質問がある。食料だけとはいえ、追加人数を集める理由は?」
17も基本賛成の様ですが、確認を怠りません。
「魔狼憑きが街道に出る様だ。護衛の経費が限られているが、護衛は増やしたい。苦肉の策だな」
「ふ〜ん、まぁいいけどさ」
17も同意しました。
もちろん私も同意です。そしてディッツさんに話の二つ目を促します。ですがディッツさんは話を始めず、宿の主人に声をかけ人数分のエールを頼みます。少し待つとエールが人数分運ばれてきました。
それからようやくディッツさんは私達に向き合います。
「もう一つは……ハルピアに着いてからでも良いんだが……[鋼鉄の鍋]についてだ……。」
ディッツさんは珍しく歯切れ悪く切り出しました。
「お前さんら三人は冒険者として申し分ない。と言うより今回、儂は足手まといにしかならなかった。」
ディッツさんは少し震える手でジョッキを掴み、エールを一気にあおります。
「儂は[鋼鉄の鍋]に相応しいだろうか?お前さんらの仲間に値するドワーフだろうか?」
17と信濃は顔を見合わせます。少なくとも私はディッツさんが、そんな風に考えていたのは知りませんでした。
17が口を開きます。
「[鋼鉄の鍋]、あーしは、このままで良いかな。ハーピーの夜目の件といいディッツの経験は必要だよ」
そしてエールをやはり一気に飲み干しました。
「経験は金では買えない」
信濃はそれだけ言いエールを飲み干します。
「わ、私もそう思います」
そしてジョッキに手を伸ばしました。
ただ私だけはエールを飲み干せず咳混んでしまいます。17は笑い、信濃は懐紙とか言う鼻紙をくれました。
ディッツさんは黙って上を向いています。
私達三人はディッツさんの目元がひかるのを見て見ぬふりをしました。
ドワーフの火酒について。
夜遅くに小雪の舞うロイターに辿りつき、温め直した食事が出るまでの間に[ドワーフの火酒]をいただきました。
ディッツ
「うむ、これが酒と言うものだ」
フール
「エルフの里には飲酒の習慣はありませんが……消毒液ですね。これは」
信濃
「風味がない……。」
17
「割って飲む酒だね。果汁で割ると口当たり良くなるから、飲ませるには向いてる〜。」
カエデ
「これに似た酒を知ってる。ショットグラスで煽ったのが懐かしい」
たしかに体は温まった感じはしたのですが、私には「口内の消毒に使う薬」にしか思えませんでした。
ただ17がカジノで学んだレシピだと、果汁で割ってくれた火酒は飲みやすく、カエデは「カジノでこれが出るのはヤバい」と苦笑していました。
ペプシの手記より抜粋




