八百長
竜人忍びのカエデ視点です。
竜人は見た目人間に似てますが、体の一部に鱗があったり、角があったり、瞳の色が金だったりします。
ですから場合によっては人間と区別つきません。
生き残った冒険者の女盗賊と師範代が言い争っていた。
ここに閉じ込められているのは五名。雇った冒険者二名と我々剣聖側の三人。
広間の隅に片付けられた、死んだ二人とミノタウロスの死体は既に腐臭を放っている。
「二階の窓から外に出れるから!それに目当ての女やエルフは死んでるわよ」
「待てば、必ず奴らは出て来る。諦めるには早い」
不毛な言い争いだ。魔術を使い、精霊を使役するエルフ対策に雇った三十名を越える冒険者は残り二人。
[鋼鉄の鍋]が無事ならば精霊抜きでも同数にしかならない。
紀伊様がいらしても、既に勝ち目は薄いだろう。
そして[鋼鉄の鍋]が無事に戻らなけば、やはり魔刀は手に入らない。
適度に消耗して数が減り、二刀を持った下女は戻るというのは虫が良すぎる考えだ。
「カエデはどう考える?」
「紀伊様の御心のままに」
個人的には撤退一択。
しかし忍びに本気で意見など訊いていない。立場が下の者に求めるのは同意のみ。
前世ではそれを勘違いして酷い目にあった事がある。
あの時に戻れるのなら、自分で自分を殴りつけたいぐらいだ。
だが現状は勝ち目は薄いが待つしかないのも理解出来る。
師範代は今回の追跡に人材と資金を使い過ぎていて、失敗して戻れば間違いなく失脚するだろう。
師範代付きの私の居場所も無くなるが、フリーランスの忍びと師範代では失う物が違う。
むろん紀伊様の[剣聖]継承も叶わない。
年若い紀伊様が剣聖を継承するには強いだけでは駄目なのだ。
と。
奥の扉が突然開いた。
炎の精霊、サラマンダーがゆらりと現れる。
☆☆☆
「サラマンダー!?待って!入口が開かないの」
「下女を、信濃を引き渡せば争うつもりはない」
女盗賊は状況を理解しておらず、師範代はこの後に及んで上から目線。
これはダメだ。
私は鎌を構える。
逃げるにせよ、投降するにせよ、まずは急場を凌がねば死ぬ。
「争う気はないの!私達は騙されただけなの!」
サラマンダーは容赦なく炎を吐きかけ女盗賊の悲鳴が上がった。(使1残29)前世の記録映像の火炎放射器があんな感じだ。
火達磨になった女盗賊は耳に残る絶叫を残したが、すぐに静かになった。
ついで最後の冒険者、傭兵風戦士も成すすべもなく同じ様に炎に呑まれる。(使1残28)
剣こそ抜いたが、サラマンダーに近づけさえしなかった。
これが精霊の力か……と場違いな感想が頭に浮かぶ。
「カエデはドワーフを抑えろ!サラマンダーは対処する!」
紀伊様の指示がきた。
師範代は既に下女と斬り結んでいる。
竜人にしか現れないの金の瞳が怪しくひかるが、竜力を使っている様子はない。
信濃は竜力頼みの素人ではないらしい。
里の訓練で竜人忍びの私と人間の忍びが競った時は竜力使用ありなら十に一つと言わず、二十に一つも負けなかった。
竜力に頼らず腕前が互角なら、油断が無ければ残念だが下女が勝つ。
強硬派の師範代が死ぬまでが、私の勝負第一弾になるだろう。
☆☆☆
近くでは紀伊様がサラマンダーの吐息を足運びと魔刀[烈風]で、いなしている。
師範代は下女に押されていた状況から間合いを取り態勢を立て直した。
剣士として生きて来た経験は伊達ではないらしい。
問題は私だ。
私の相手のドワーフは戦斧を油断なく構え踏み込む隙を、うかがっている。
私は右手に十字手裏剣、左手に鎌を構え間合いを開けていた。
不用意に近づけば手裏剣を打ち体勢を崩して鎌で仕留める流れ。
それが分かっているからドワーフは踏み込んで来ない。
もし踏み込まれて正面から戦えば戦斧と鎌では戦斧が勝つ。戦斧も鎌も防御には向かない。肉薄し戦ったらなら攻撃力の勝負になる。
ドワーフの歴戦の戦士と竜人忍びで白兵能力比べは勘弁して欲しい所だ。
ただ攻め手がない訳でもない。私には必殺技がある。前世のフィクションの忍者の技を模した[変移抜刀鎌鼬]
短刀のかわりに鎌を使うだけだが、他派の剣聖流の師範代クラスを暗殺した事もある技だ。
初見でなら必ず殺す技。
竜力を一度に三も使うがドワーフを仕留めるのなら可能だろう。
しかし、それ故に悩ましい。
正直、私は[鋼鉄の鍋]に投降したい。
このままでは、もし勝ってもロイターの街まで戻れるか怪しいからだ。
行きは良い良い、帰りは怖い。
少ない人数で人間の支配地域まで帰るのは難しい。この古都に着くまでに何人死んだ?経験のある冒険者に付かねば辺境旅は難しい。
その為にはリーダーのドワーフを殺しては駄目だ。
私は師範代を見習い後に跳んで間合いを外した。
そして十字手裏剣を投げる。
育った里では手裏剣は打つ場合と投げる場合があると習った。
相手に当ててダメージを狙う投擲を打つと言い、牽制や工作の為にする投擲を投げると言う。
手裏剣はドワーフの肩口を掠めて飛び去る。
後で回収出来るだろうか?
トロール戦で一つ失っているので残りの十字手裏剣は二つ。
島の竜人鍛冶での特注品だから、一つ銀貨十枚。
作るにせよハルピアではヲタク工房ぐらいしか受けてはくれないだろう。
命には変えられないが、前世のフィクションの様に投げっぱなしにしていたら、困窮間違いなし。
と。
「[引き分けで良いか?]」
ドワーフが傭兵式ハンドサインで、提案してきた。どうやら手裏剣を投げた事で分かってくれた様だ。金の為に戦う傭兵間では良くあるが、八百長も商売のうち。
フリーランス忍者も傭兵の一種だから、その辺は理解出来る。
「[頃合い見て降参する]」
投降後流れが悪くなり、殺されるリスクは残るが、私は鎌を改めて構えた。
竜人は竜力を使えば技などなくても白兵能力は高いです。(怪力、瞬速、暗視などが可能)
ですが、それ故に技を積み上げた人間には敗れる事も多い。
では技を積み上げた竜人なら?
カエデの感覚では人間が勝つ可能性は5%ぐらいですが……。
私の黒歴史がまた1ページ。




